08. record

「悪いな。何かしてたか」。

「まあ、曲作り中だけど大丈夫」。

「そうか、よかった。レコードができた」。


 環が視覚モードを要求してきている。

環はたしか、視覚モードの要求をセミオートにしていたはずだから、この要求に深い意味は無いだろう。

「セミオート」というのは、環が通話の際に視覚モードを求めているのをネットが感知した場合、いちいち環の意志を確認せずに、通話相手に視覚モードを要求する設定になっているという事だ。

そして人は普通、話している相手の姿を見たいと無意識にでも要求する。


 翔太は右手の人差し指を軽く曲げて視覚モードを承認した。

日の当たる道端に立っている環の姿が、瞳の仮想スクリーンに照射された。

レザー張りのデスクチェアに座っている翔太の姿も、左スクリーンに付いたカメラの映像で環に見えているだろう。


「なんだ、お前。どこにいるんだ?」

 翔太がそう尋ねた時には、翔太の意志はネットに感知され、環に向けて位置情報を要求していた。

これはすぐに承認された。

そこは翔太には馴染みのない場所だった。

「へー、新宿富久町。よく知らないな。駅から少し歩くのか。」

「知らないだろうな。俺の好きな作家が、昔暮らしてた」

「へー、そうか。で、レコード、出来たの? 見ていい?」

「いいよ。二十分前ぐらいかな」

「オーケー。ちょっと待って」

「オーケー」

 そこで翔太は、ネットへの要求を声に出した。

「今の環の位置の二十分前。そこの音声と映像出して」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る