ガラス玉に映るは
猫の目は不思議だ。まんまるとはまさにこれ、というくらいの丸さで、黒目はゴマになったり大きなボタンのようになったりで忙しい。月もびっくりの変わりようだ。
そんな猫の目を、横からみたことがあるだろうか。僕は猫を飼うまで、猫の目を横から見たことなんて一度もなかった。そもそも、そんなまじまじと観察できる距離に近付いてじっとしてくれる生き物とも思ってなかった。この猫がいっとうのんびりなだけで、他の猫だったらもっと違ったのだろうか。
「ガラス玉みたいだな」
こたつに横になった僕の目の前で、まるっと寝ている猫をなんとなく見つめているときに初めて気付いた。不思議だった。ゴマみたいな黒目も、その周りの黄色も、たしかに見えるのに、その前には透明なガラス玉の半分が、ぱこっとはめられているみたいだ。まるで真ん中に花びらの入っている、お祭りで売られているビー玉みたいだった。猫はというと、見つめる僕の視線なんて全くお構いなく、パタパタと動き回っている彼女の足元を……正確に言えば、彼女の履くスリッパをじっと見つめている。
彼女はよく動き回る人だから、猫からしても飽きないのかもしれない。自分はのんびりしているくせに、似たようにだらけた僕のことよりも彼女の方に余程興味を持っている。その動きに合わせて、猫の目もゆらりゆらり。その度に、水の上に絵の具をちょんと落としたように、向こうの景色がゆるく歪んで見える。そうして、時々猫の耳が動く。ぱたぱたぱた、ぴこん。ぱたぱたぱた、ぴこん。ぱた。ふいにスリッパが止まった。その爪先は僕らの方に向けられている。
「ねえ、ふたりとも」
彼女が僕らに呼び掛け、僕は目を、猫は耳を彼女の顔に向ける。
「まったくねえ、寝てばかりいないで、少しは動きなさい」
腰に手をあてて、呆れたようにこちらを見る。兄弟みたい、そう言った彼女は優しく笑った。そういう彼女は、まるで小さな子どもに呆れる母親のようだった。
僕はこたつ布団を肩までかけ、目を閉じた。ゴロゴロ、隣で微かな唸りが聴こえる。猫もきっと、スリッパの音を子守唄に、その目を閉じるだろう。まぶたがゆっくりと降りてくる。そうして、その瞳を完全に隠してしまう。
ガラス玉のような、透明な瞳。混ざりもののない、澄んだ水が満ちているような。
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