第二幕ノ二十二ガ結 花魁道中前夜――それぞれの想い


 花魁道中を翌日に控えた夜。

 それに関わるそれぞれの者達は、それぞれの思いを抱いていた。



 化け物長屋の楓の部屋では、楓と蒼龍と煉弥と凛の四人が集っていた。


「うふふぅ♪ ついに明日ねぇ♪」


 嬉しそうに弾んだ声をあげながら、物凄い勢いで夕餉ゆうげを作っていく楓。本日の夕餉は、釜飯に焼き魚、それに煉弥の好物の白菜漬けに、凛の好物の甘い卵焼きときて、蒼龍の好物のあさり汁だ。


「か、楓殿。指を切ったりしないように、お気をつけくださいね?」


 ズタタタタタタン!! という、楓のあまりにも素早い包丁さばきを見て、凛が心配そうに楓に声をかける。


「だぁいじょうぶよぉ♪」


 ふんふんふ~~ん♪ と鼻声高らかに、さっきよりも素早い動きで夕餉を作り上げていく楓。


「まあ、楓さんがヘマするこたぁありえねえから大丈夫だ」


 煉弥がため息交じりにそう言うと、確かにそうかもしれぬが……と複雑な表情を浮かべる凛。そんな凛に、蒼龍も、


「煉弥の言う通りだよ。我々は楓殿を信じて、腹を鳴らしながら座って待ってるのが一番さ」


 と、追随した。


「は、はあ……」


 それでもやはり楓のことが心配なのか、凛が複雑な表情で楓の後ろ姿を見つめていると、蒼龍が小さく噴き出した。


「どうされましたか?」


 凛が蒼龍に視線を移して聞くと、蒼龍は優しい笑みを浮かべて言った。


「いや――よくよく考えれば、こうやって凛と食事を共にするというのは、とてもひさしぶりだなと思ってね」

「……そう言われれば、そうですね。いつ以来でしたか……」


 凛が思案し始めるとすぐに、


「俺が、藤堂家を出ていった時以来だ」


 と、煉弥が言った。


「……そうか。あの時以来だったんだねぇ」

「……あの時か」


 蒼龍と凛が、どこか想いを馳せているかのような表情となった時、二人の追憶を遮るかのように、


「できたわよぉ♪」


 という楓の満足そうな声が響いてきた。そして出来上がった食事が乗ったお盆を、ちび楓たちが、


 ――なのっ! ――なのっ!


 と、皆で力を合わせながら、煉弥と蒼龍の前へと運んできた。


「はい、ご苦労さん」

「すまないね」


 ちび楓たちに労いの言葉をかけてやる煉弥と蒼龍。


 ――なのなのぉっ♪


 ちび楓たちが嬉しそうに台所の方へと戻っていくと、それと入れ替わりに楓が自分の分のお盆をもって三人の元へとやってきた。


「あらぁ?」


 凛の前にだけお盆がきていないことに気づいて、少々不穏な声をあげる楓。そしてチラリと台所の方へと目をやると、そこにはちび凛が一人で凛の夕餉が乗ったお盆を必死に、


 ――ふぅ~~~ん……!!


 と、引っ張っていこうとしている姿があった。


「こらぁっ!! 意地悪してないで、お手伝いしてあげなさぁ~~いっ!!」


 楓が頬を膨らませて怒ると、台所へ戻りかけていたちび楓たちが、びびくぅっ?! と身体を跳ねさせた。


 ――な、なののぉ!! ――なぁ~のなのぉ!!


 ほら見ろお前のせいだ!! 違うお前のせいだ!! というようにお互いを指さして罵り合いながら、ちび楓たちは慌ててちび凛の手伝いをして、凛の前へとお盆を持ってきた。


「あ、ありがとう」


 凛が少々うろたえながら御礼を言うと、ちび凛が、


 ――ふんっ!!


 と、小生意気な態度をとった。すると、そばにいたちび楓の一人が、


 ――なのぉっ!!


 思いっきりちび凛の尻を蹴飛ばした。


 ――ふっ?! ふんっ?!


 思いがけぬ一撃にうろたえるちび凛。それを見た凛がため息をつきながら言った。


「今のはキサマが悪い。いい加減に、少しは愛想よくしろ」


 ――ふっ、ふんっ!!


 凛からそう言われ、瞳からきらめくモノをこぼしながら部屋の隅へと消えていくちび凛。それに、ちび楓たちも追従して、部屋の隅へと消えていった。


「……今のって、自分自身に言ってるようにしか聞こえなかったがな」


 煉弥のつぶやきに、なんだとッ?! と凛が目を吊り上げると、


「そうねぇ。式神に命令するのなら、まずは御主人が範をもって示さなきゃねぇ。というわけでリンちゃん、少しは愛想よくなんなさいっ♪」

「うっ?! そ、それは……」


 思わぬところから飛び火を受け、うぐぐ……と渋面を浮かべる凛に、蒼龍が笑いながら言った。


「いやはや、一本とられたってとこだね、凛」

「ぐっ……!!」

「まあまあ、とりあえずお食事にしましょうっ♪ ほらほらみんな、手を合わせなさいなぁ♪」


 楓から促され、手を合わせる一同。


「はいっ♪ いたぁ~だきぃまぁすっ♪」


 楓の音頭に合わせて、いただきますと合唱し、各々は箸を手に取り、目の前に並べられた出来立ての湯気立つ夕餉を食べ始めた。

 ぼりぼりと小気味よい音をたてながら白菜の漬物を口にする煉弥。

 硬すぎず柔らかすぎずといった具合の、絶妙な加減の卵焼きを箸で丁寧に切って口にする凛。

 あさりの身を箸で口にし、箸を一旦おいてお椀を手に取って、ずずずっと汁をすする蒼龍。

 最初に箸をつけたものは違うが、それを口にした瞬間の顔は共通していた。


 あぁ……美味い……。


 ふぅ……と満足げな表情となっている三人の顔を見て、楓もまた、満足げな表情を浮かべた。

 それからというもの、実に静かな時間が流れていった。

 部屋の中に響くのは、箸の音と、それぞれの咀嚼音そしゃくおん、それに幸せそうな吐息のみ。人間であろうが妖怪であろうが、本当に美味いモノを食うときというものは、自然と黙ってしまうものなのだ。

 やがて静かながらも幸せな夕餉の時間の終わる時がやってきた。


「それじゃあみんなぁ、手を合わせてぇ♪」


 楓の音頭に、手を合わせる一同。


「ごぉちそぉさまでしたぁ♪」


 ごちそうさまでした、と楓に合わせて口にする一同。その表情は、実に満足げだ。


「さ~てさてぇ、お片付けといきたいところだけどぉ――――」


 楓がキツネ目細めて蒼龍に目をやった。


「ちょっと、タッちゃんに提案があるのだけどぉ?」

「ふむ? うかがいましょう」

「明日、リンちゃんも吉原に行ったほうがいいと楓さんは思うのよぉ」

「なッ?! ま、まことでございますかッ!!」


 まさかの楓の助け舟に、思わずお盆の上に乗った食器が宙に浮く勢いでお盆を叩いて前のめりになる凛。そんな凛を蒼龍が、どうどうと手で制しながら楓に聞き返した。


「楓殿のことですから、きっと何か深い考えがあっての提案であるかと思います。ですがね、当日の花魁道中に凛を同行させるのは目立ちすぎるので、凛が今後、仕置き人として行動するには、そういう目立つ行為は――――」


 蒼龍が至極当然な理由で、凛の同行をやんわりと拒否するが、そこは百戦錬磨の口八丁女狐、きょとんとした顔して蒼龍に、


「あらぁ? いつ、楓さんが凛ちゃんを花魁道中に同行させてほしいって言ったかしらぁ?」


 とぼけた口調でそう言った。


「……そいつぁ、どういうことですかい?」


 何やら嫌な予感がする。女狐が、事態を面白おかしくしてほくそ笑んでやろうと企んでいる気がする。長い付き合いで、楓の悪だくみを敏感に感じ取った煉弥が楓に問いかけた。


「どういうことも何も、凛ちゃんは普通に見物客としていけばいいわけじゃな~い?」

「あ……」


 まさに盲点。一同は一様に茫然とした。


「でも、凛ちゃん一人で行くというのはやはりちょっと問題があると思うから、袖ちゃんたちと一緒に行くことっていう条件付きだけど、どうかしらタッちゃん?」

「そ、そうですねぇ……」


 確かに、仕置き人として同行させるわけにはいかないが、一やじ馬としての凛を止める権限は蒼龍にはない。どうしたものかと困っている蒼龍の姿に、いつもならばここぞとばかりに自己主張をしてくる凛だが、


「袖たちと一緒ですか……」


 と、凛も少々微妙な反応を示した。ここはもう一押しねぇと、楓がキツネ目をキラリ☆ と光らせ、ダメ押しとばかりに言った。


「リンちゃんが今後仕置き人として大成するには、色んな世界をのぞいていたほうがいいと思うのよぉ。何事も経験ですからねっ♪ もし、楓さんのこの提案が嫌だというのでしたら、楓さんにも考えがありますからねっ」


 むふぅ~と鼻息荒く言う楓。


「……ほんとにそれだけが理由なんすかねぇ?」


 煉弥が不審げな目を楓に向けると、楓がケモノミミと尻尾をピコピコ動かしながら、


「とぉ~ぜんでしょぉ~♪」


 と、誰が聞いても胡散臭く感じる声色でそう言った。


「う、うん、確かに楓殿の言もごもっとも。それじゃあ、凛。明日、凛が吉原に観客としてくることは許可するけど、凛はどうするつもりだい?」

「そ、そうですね――――」


 少し迷いの色を見せる凛に、女狐がボソリと呟いた。


「吉原は愛らしい女の娘だらけだから、レンちゃんが羽目を外さないように監視する人が必要だと思うのよねぇ」

「参りますッ!! ええッ!! 参りますともッ!!!!」


 煉弥を睨みつけながら豪語する凛。それを見て、楓が満足そうにキツネ目細めてうふふぅ♪ と笑みを漏らした。


「あらぁ♪ じゃあ、そうと決まれば、リンちゃんはお屋敷に戻って明日の準備をしたほうがいいわねぇ♪ ほら、レンちゃん、リンちゃんを送ってやんなさいっ♪」

「……楓さん、頼みやすから、変な考えはおこさんでくださいよ?」

「なんのこっとかっしらぁ♪」


 すっちゃらかちゃんちゃんっ♪ と変な踊りをする楓。まったく……ぜってえ何か考えてやがるぞ。


「子供でもあるまいし、私は一人で屋敷に戻りますッ!!」


 ふんっ!! と勢い込んで部屋から出ていこうとする凛のそばに、楓がひゅんっ! と駆け寄って耳打ちした。


「……せっかく二人きりになれる機会なのに、それを捨てちゃうのぉ?」

「――――ッ?!」


 ぼんっ!! と顔を真っ赤にする凛。


「おい、どうした凛。またなんか変な事でも吹き込まれたか?」


 やれやれ……といった様相でめんどくさそうに腰を上げる煉弥。


「やっ、ややややかましいッ!! さっさと行くぞッ!!」

「さっさと行くぞって、てめえ、一人で十分だとほざいたばかりだろうが?」

「ううううるさいうるさいッ!! ほら、楓殿の言うことはきかなければならぬだろう?! さあ、行くぞッ!!」


 勢いよく部屋の障子戸を開けて出ていく凛。それに、ったくわかんねえやつだなぁと、かったるそうに煉弥も部屋から出ていった。


「うふふぅ♪ 若いっていいわねぇ♪」


 楓がキツネ目をキラキラ輝かせながら、二人が出ていった障子戸に向かって言う。


「いつも言っていることですが、あまり二人の仲をひっかきまわさないであげてくださいよ?」


 蒼龍が楓に軽く釘を刺すと、


「でも、あんな風に背中を押してあげないと、仲の進展どころか、微妙な現状維持を続けていきそうじゃな~い?」


 楓が蒼龍に訴える。ま、確かにそうかもしれませんねと蒼龍が苦笑したところで、


「ところで、本当によくもまあ今回の話を許可したわねぇタッちゃん」


 悪い笑みを浮かべながら楓が蒼龍の横に座った。


「時間がありませんから、即効性の劇薬を使うのも仕方なしといったところですね」

「しかしねぇ……だからといって、八重ちゃんをタッちゃんが買うだなんて、倫理的にとんでもないことよぉ♪」


 愉快でたまらないといった様子で、ニヤニヤする楓。蒼龍は渋面をして、


「それはそうですが、実際に買うわけではないのですから問題ないでしょう」

「かもしれないけどぉ……でも、タッちゃんが、八重ちゃんをねぇ……」


 くくくくくっ……と身体を震わせて忍び笑いをする楓に、蒼龍が肩をすくめて言った。


「ココノエに変な風に吹き込まないでくださいよ?」

「わぁかってるわよぉ♪ 夫婦喧嘩はキツネも食わないですからねぇ♪」

「犬ですよ、義母上殿」

「まぁっ♪ 久しぶりにお義母さん扱いしてくれたわねぇ♪」

 楓は嬉しそうに立ち上がり、すっちゃらかちゃんちゃんっ♪ と妙な踊りをまたはじめた。だがすぐにその足を止め、


「あ、そうだ、お義母さんで思ったのだけどぉ――――八重ちゃんとタッちゃんの関係を八重ちゃんや皆にそろそろ話したらどうなのぉ?」


 と、珍しく真面目な顔して蒼龍にそう言った。


「う~ん……父上もそうしたらどうかと仰ってはいるのですが、多重殿のことを考えるとどうも二の足を踏んでしまうといいますか……」

「あぁ~たしかにぃ。全部話しちゃったら、多重ちゃんが激怒しそうよねぇ。でもさぁ、いつかはわかることなんだから、もう言っちゃったらどう?」


 うぅ~む……と考え込む蒼龍。やがて観念したかのように、苦笑しながら言った。


「今回の事件のかたがつきましたら、皆に公表しようかと思います」


 蒼龍のこの言葉に楓は嬉しそうにキツネ目細めて、


「きゃんっ♪ それじゃあ前祝いに飲みましょうっ♪」


 四次元袖口から、お銚子と徳利を取り出し、蒼龍に一献注ぎ始めた。


「前祝い……いや、祝っていいものなんですかね、義母上殿?」

「家族が増えるんだもの、お祝いでしょう?」

「ふむ……確かに、そうかもしれませんね」


 ぐいっとお銚子を傾けて酒を飲み干したところで、蒼龍の脳裏にふとした疑問が浮かんだ。


「そういえば、オオガミの姿が見えませんが?」

「ああ、オオちゃんも誘ったのだけどぉ、なんか今日は一人でいるって、珍しく神妙な顔してたわよぉ?」

「おや? そうだったんですか――明日のことで、オオガミも何か思うところがあるんでしょうかね」

「さぁ――どうなんでしょぉねぇ♪」


 何やら感づいているらしい女狐が含み笑いに、蒼龍は何やら妙な不安を抱かずにはいられなかった。





 さてさて、こちらは自分の長屋の部屋の中で、布団にくるまって寝ているオオガミ。その胸中は、なんとも複雑なものであった。


「……小姓の変装カァ……」


 つまり、男に化けろということである。

 以前ならば、二つ返事で引き受けていたであろうこの変装、しかし今のオオガミにとってはあまり乗り気になれぬ仕事であった。

 それはなぜかというと、オオガミの周囲の環境の変化が大きいといえた。

 煉弥と凛と八重の三角関係。まさか八重も煉弥にホの字だったとは、考えてもいなかった。

 仮に、煉弥と凛がくっついたとしても、オオガミは笑って祝福できたであろう。

 なぜなら、そこには妖怪と人間であるからこその大きな差があったからだ。


 その差とは、寿命。

 凛が人間である以上、長くても七十年くらいが寿命だろう。しかし煉弥は妖怪の血の入った半人半妖。その寿命は妖怪に近いかそれと同じくらいであると考えていいだろう。

 つまるところ、煉弥と凛がくっついたとしても、凛の寿命が先に尽きてしまうことは明白。ならば、その後の無限に近い時間のうちに、いつか煉弥とくっつくようなことがあればいいやと、オオガミは余裕をぶっこいていたのであった。

 しかし、ここで八重というダークホースが現れた。

 妖怪である八重には、寿命で勝ることはできぬ。さらに言えば、八重のあの愛くるしさはオオガミも認めるところ。

 となれば、凛の後釜に八重が煉弥とくっつくのではないか? そんな疑念が、ここ最近、オオガミの心を悩ませているのであった。


「……いまさら、女の子らしくつってもナァ」


 何百年という長い時を、今のような大雑把であっけらかんとした性格で生きてきたオオガミにとって、今さら女らしくしおらしくなれといっても無理な話である。

 明日、八重はいったいどんな姿になっているであろうか。

 おそらく、この間の浴衣姿なんかとは比べ物にならないほどに愛くるしくなっているであろう。


「……ハァ」


 そのことを思うと、なんとも憂鬱な気分がオオガミにのしかかってくる。

 何百年という長い時を経て、ついに異性に好感を抱くことになったオオガミ。

 初めての感情は、オオガミの単純な心を複雑なモノへと変貌させつつあったのであった。





 ところ変わって、松竹屋の双葉の部屋の中。

 部屋の中心に布団を敷き、布団の中で明日への不安を抱いている八重と柚葉の姿がそこにあった。


「八重さん……まだ起きていますか?」

「は、はいぃ~……」


 もぞもぞと布団の中で身体を動かし、お互いに顔が見えるように位置取りする二人。


「とうとう明日ですね……」

「は、はいぃ~……」


 お互いに見つめ合いながら不安そうな表情を浮かべる八重と柚葉。


「いったい、どうしてこんなことになっちゃったんでしょうね」


 たはは……と苦笑する柚葉。


「そ、そうですねぇ……」


 えへへ……と八重も苦笑しながら言葉を返す。そしてしばらくの間、二人の間に静寂が流れた。やがて、柚葉が何かを決心したかのような表情となって、八重に言った。


「私――花魁道中をすることが夢だったんです」

「そ、そうなのですかぁ」

「はい――ですから、本当は夢が早く叶って喜ぶべきなんでしょうが、逆に言うと、夢が早くに叶ってしまったから、なんだか、今後の目標がというものがたてにくいといいますか……そういうのも、吉原において、花魁道中というものは吉原に生きる娘たちの最終目標みたいなものでして――――」


 柚葉がそこまで言ったところで、寝間着の襦袢に着替え終えた双葉がやってきて、八重と柚葉の布団の間にその身を滑らせてきた。


「一度の花魁道中だけで満足してはいけませんよ、柚葉」

「えっ?! はっ、はいっ!!」


 まさか聞かれていたとは思っていなかった柚葉が、うろたえながら言うと、双葉が柔和な笑みを浮かべながら、


「一度で終わらず、何度もやってごらんなさい。あなたには、それだけの力があるのです。ですが、おごってはいけませんよ。常日頃から勤勉に生きている者だからこそ、今回のようなご褒美があるのだと、肝に命じておきなさい

「は、はいっ!!」


 柚葉が元気よく答えると、双葉が今度は八重の方へと顔を向けて言った。


「八重さんも、同じことですよ。あなたが普段から人の役に立つことや人に感謝されることを愚直にこなしていたからこそ、今回のご褒美があるのだと、そう思っていてくださいね」

「は、はいぃ~……」


 人前に出るのが苦手な八重にとって、花魁道中がご褒美と言えるかどうかは甚だ疑問だが、そこはまあそういう風に思っておいたほうがいいだろう。


「さあ……明日は忙しくなります……せめて今だけは、安らかにお眠りなさい……安らかに……夢を……」


 双葉は囁くようにそう言うと、八重と柚葉を両手で自分の身体のそばへと寄せて、優しく包み込むように抱きとめた。

 すると、先ほどまで不安で不安でしかたがないといった様子だった柚葉と八重は、まるで催眠術にかかってしまったかのように、一気にまどろみの中へと誘われていった。

 安らかな寝息を立てはじめた年端のいかぬ少女たちの姿に、双葉は思わず頬を緩めた。

 そう――私もせめて今だけは、ただ安らかに眠りにつくことにしよう。ただ安らかに――何も、考えずに――――。

 双葉は、八重と柚葉が目を覚まさないように細心の注意を払いつつ、二人のおでこに優しくキスをした。

 そして、双葉もまた、二人の無垢な少女と同じように、安らかな眠りに落ちていくのであった。


 それぞれの想いの中、明日は大掛かりな花魁道中。

 果たして、どのような結末となるのだろうか――――。

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