第二幕ノ二十ガ中 お化けの調査――限定される下手人
化け物長屋の、八重の部屋兼お化け先生の部屋に、タマとお化け先生と蒼龍が集っていた。
「タマから召集をかけるなんて、珍しいね。よっぽど大事な用があるみたいだね?」
蒼龍がそう言うと、幼女姿のタマが仏頂面で、
「そうなんだけどにゃ。なんでこんなに集まるやつが少ないにゃ? 楓やレンニャたちは何してるにゃ?」
『あぁ~楓君たちは、久しぶりに楓君が稽古をつけてやるって、煉弥君たちを竹林の修練場に連行していたよぉ』
「……なるほどにゃ。じゃあ、しかたないにゃ」
やれやれ、助かったにゃ……。楓の修練なんて、二度とうけたくないにゃ。
「それで? どういう用件なんだい?」
「実を言うとにゃ――さっき、ぬらりひょんが双葉のところに押しかけてきたんだにゃ」
「……なんだって?」
『ぬらりひょん……やれやれ、
興奮してか、ひゅるりらぁ~と部屋の中を縦横無尽に飛び回るお化け先生。しかし、あることに思い至って、ピタリとその動きを止めた。
『ひょっとして蒼龍君、君はぬらりひょんと面識があったのかいぃ?』
「ええ。何を隠そう、ヒルコ神の眷属の総元締めがぬらりひょんなのですよ。それで、双葉との関連でいくらかの面識があります」
『ふぅ~むぅ。ぬらりひょんが、なぜヒルコ神の眷属になったのだろうねぇ?』
「さすがにそこまでは僕も知りません。本人に聞くわけにもいきませんでしたしね」
『まあ、確かにそうだろうけどねぇ』
歴史書の記述で何度も見かけた大妖怪の名を聞き、知識欲をくすぐられるお化け先生だが、そんなことなど知ったことかと、タマがさっさと話を先に進め始めた。
「それでにゃ。ぬらりひょんが言うには――――」
かくかくしかじかにゃと、松竹屋にての顛末を二人に話して聞かせるタマ。
『ふぅ~むぅ。となれば、今回の下手人が人間であることは、もう間違いがないだろうねぇ』
「僕もそう思います」
「にゃんもそう思ったからこそ、こうやって相談にきたにゃ。お化け先生、おみゃ~が朝に話してた、生き血で身体を洗うとかいう儀式のことをきかせてほしいにゃ」
『聞かせてほしいと言われても、概要は今朝に話した通りだけどねぇ』
「それはそうかもしれんがにゃ。じゃあ質問のしかたを変えるにゃ。あの儀式の効果は間違いなくあるにゃ? 本当に、美女になれるにゃ?」
『ああ、効果に関しては間違いはないだろうねぇ。だが、余が朝に話した中国の逸話には、続きがあるんだよぉ』
「続き?」
タマと蒼龍が顔を見合わせる。そんな二人を見て、お化け先生が、うぉっほぉんと仰々しい咳ばらいを一つして、話し始めた。
『美少女の生き血で身体を洗って、永遠の美貌を保っていた貴婦人だったが、生き血で身体を洗えば洗うほど、その心は人のそれではなくなっていき、やがて貴婦人は美しい姿をした醜い心の化け物となってしまったそうだよぉ』
「とすれば、結末は聞かずともわかりますね。その貴婦人は、最後には悲惨な結末――つまり、死をもってして、それまでの
『然り、然り――いやはや、いつの時代であろうとも、己が犯した罪咎の清算は必ずや己にのしかかってくるものだねぇ』
「お化け先生のその口ぶりですと、どうやら身に覚えがおありのようですが?」
『さあ…………どうだろうねぇ?』
お化け先生はねちっこい声をあげながら、ひゅるりらぁ~と部屋中を飛び回った。
実のところ、お化け先生が、いつ、どうして、お化けになってしまったのか、そのことは誰にもわかってはいない。楓すらも知らないその謎は、化け物長屋七不思議のひとつだ。
「ってことはにゃ、吉原の下手人も、話の中の貴婦人と同じようになってる可能性が強いってことにゃ?」
『然り。ただ、余が気になるのは、早朝に発見された男性の死体なんだよねぇ』
「その心は?」
『何度も言うけど、中国の貴婦人がやっていた儀式は、あくまでも美少女の生き血じゃないといけないわけだねぇ。とすると、今朝に発見された男性の遺体は、儀式の被害者ではないと断定してもいいんじゃなかなぁ』
「つまり、今朝の男性の事件については、今まで起こっていた事件の下手人とは別人の犯行だと、お化け先生は仰りたいのですね?」
『そう考えるのが筋だと思うけどねぇ』
「にゃんも、そうじゃないかと思うにゃ」
タマも自信ありげに、ネコひげをぴくぴくと動かしながらお化け先生の言葉に同意した。
「珍しいね、タマがそこまで断言するのは」
「吉原の性質――というか掟を、にゃんはこのネコ目で見てきたにゃ。今朝の下手人が今までと同じというのならば、どうして下手人は今さら吉原の外に遺体を放り出したのかわからんにゃ。それに、今までの下手人と同じなら、今朝の被害者はおそらく吉原の中で殺されてるはずにゃ。となれば、吉原から外に遺体を運んだということになるにゃ。でも、それは不可能にゃ。吉原の掟は厳しいにゃ。それを誤魔化すことなんか、不可能にゃ」
「なるほどね」
「そこで、にゃ――にゃんに、ちいとした考えがあるんだにゃ。それが正しいかどうかを、皆に判断してもらいたくて、集まってもらったにゃ」
『ふぅ~むぅ? では、その考えとやらを話してくれるかなぁ?』
うむ。とタマはうなずき、自慢の尻尾を左右に振りながら言った。
「春姫の一件もあるし、一旦、吉原の外で起こった事件の方は保留しておいて、吉原の中で起こっている事件の方にカタをつけたほうがいいと思うにゃ。まだ二つの事件に関連性があるかわからんにゃ。そこをハッキリさせるためにも、まずは吉原の中の事件を解決させるほうが得策だと思うにゃ」
「まあ、それが一番理想的だろうねぇ。だけど、そう簡単に、吉原の中の事件を解決までもっていけるものかな?」
蒼龍のこの疑問にタマが反論する前に、
『それに関しては、意外と早く決着がつくかもしれないよぉ』
と、お化け先生が誇らしげに口にした。
「と、いいますと?」
『ふぅ~むぅ~。では、順繰りに説明していくことにしようかぁ。まず、一番最初の被害者だけど、これはウガチとかいうヒルコ神の眷属が、吉原の中の人間を甘言でたぶらかして殺害し、その生き血を捧げた――そうだよねぇ?』
「そうだにゃ」
『そして吉原は、遊女はそう簡単に外部へ出ることができない――そうだよねぇ?』
「だから、そうだって言ってるにゃ。色情理屈お化けはまどろっこしいにゃ」
タマがぶぜんとした顔でそう言うと、蒼龍が笑いながら、
「まあ、そう言ってくれるなよ、タマ。こういう大事な事柄の検証というものは、しつこいぐらいの確認作業をするくらいでちょうどいいのさ」
『さすがは蒼龍君。そう言ってくれるとありがたいねぇ。では続けての確認だけど、ウガチは、吉原の女と契約したそうだけど、それも間違いはないねぇ?』
「ぬらりひょんがそう言ってたから、そうなんじゃないかにゃ」
投げやりな態度のタマ。情報屋として、自分が正確に確認できていない情報の信ぴょう性には、あまり太鼓判を押したくないのだ。
「しかし、ぬらりひょんが出張ってきて、わざわざそんな嘘をつくなんて考えられないから、僕は信じていいと思いますよ、先生」
『うん、うん。ではでは、ここまで確認できれば、おのずと下手人の条件は絞られてくるんじゃないかなぁ』
「そうですね。まず確実に言えることは、今度の事件の下手人が女であるということですね」
『そうだねぇ。そして下手人が女であるということは、その下手人にはいくらか身の自由の利く共犯者がいるということでもあるわけだねぇ』
「なんでそうなるにゃ?」
『タマ君も言ってたじゃないかぁ。吉原の遊女が吉原の外に出るのは、容易ならざることだってねぇ。それに、その双葉君とやらは、吉原の中に妖怪がいれば、それを察知できるのだろぉ? となれば、ウガチは吉原の中に入れない。すなわち、ウガチの契約は吉原の外で行われたということになるねぇ。まあ一歩譲って、吉原の遊女が
「にゃるほど……うむ、確かにその通りだとおもうにゃ」
「吉原で自由の利く者というと、若衆辺りが適当でしょうな。そして――吉原の若衆には、春姫の実兄である
うなずき合う面々。
『そういうことだねぇ。これらの事実から鑑みて、長次郎が今回の事件に大いに関係しているのは、まず間違いがないだろうねぇ。さらに言えば、長次郎が入れ込んでいるという遊女こそが――――』
「此度の外道――ですな」
「そうと決まれば、これからどうするにゃ?」
「まずは、長次郎が入れ込んでいるという、遊女のことを探るべきだろうね。並行して、最近、吉原の遊女が吉原の外に所用で出ていたような事案があるかの調査をすべきじゃないかな」
「それは双葉に任せるにゃ。むしろ、双葉じゃなきゃできないにゃ。で、にゃんと八重はどうするにゃ?」
そうだねぇと、顎に手をやり考え込む蒼龍。
「双葉の調査が終わるまでは、今まで通り吉原で生活してもらうほうがいいだろうね。ただ、八重に危害が及ばないよう、しっかりとした注意をしてやっておくれ」
「うむ、任されたにゃ。じゃあ、早速にゃんは――――」
と、タマがそこまで口にしたところで、長屋の外から物凄い轟音が響きわたり、次いで、地面が淡く震動した。
顔を見合わせる面々。
『地震かなぁ?』
「地震……ならマシなんだけどにゃ」
「……そうだねぇ。煉弥達が無事に戻ってきてくれるといいんだけどねぇ」
おそらく、竹林の修練場から響いてきたのであろう轟音に、蒼龍とタマは、煉弥達の身を本気であんじるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます