第04章 いっしょだよ

第24話 僕も穢い

●僕も穢い

 あれ? 玄関に入るなりいつもと違う匂いがする。

「お客様?」

「あら判っちゃった? パティーちゃん遊びに連れて行ったら、お友達が出来たの。飼い主さんのご厚意でね。今日お泊りに来たのよ」

「へー。どんなわんちゃんかな?」

 僕がそう口にした時。


「きぃ!」

 何かちっちゃいものが僕の足元に飛び込んで来た。人犬じゃない。何か別の生き物だ。

「うわ!」

「ふにっ」

 立ち上がった。しがみ付いて来る。人間の子供? でも、裸みたいだし、さっき飼い主さんって母さんが言ってた。


「人猿のサニー君。最小加工のチンパンジーのヒューマンアニマルの仔よ。

 ほとんど人間の子供と変わりないけれど、首を触って御覧なさい」


 言われて首筋に触れると、無骨な革の首輪と鑑札の金属プレートが確認できた。

「みぃーみぃー!」

 前足を伸ばしてせがんで来る。

「抱っこして欲しいの?」

「ふにっ」

 抱き上げて縦抱っこ。

「んふふっ」

 あ、ほんとにこの仔、ほとんど加工されてない。

 パティーのようにお喋りは出来ないようにされてるみたいだけれど、肘と膝から先も人間のまんまだ。

 股に通して支える腕に当たるから解る。


「びっくりしたでしょう? 本当に人間の仔と変わらないの。手首と足首の先しか違わないのよ」

「えーと。裸人猿はだかひとさる?」

「良く知っているわね」

「今日、行った遊園地の子供動物園で飼われてたんだよ。遊びに来る子のアレルギー対策で、パティーみたいに毛皮を持たないウサギにポニーにお猿さんが居たんだ。

 ポニーは馬車を牽かせる関係で大人が殆どだけど、お猿さんは立って歩くからかちっちゃい仔ばかり飼われていたね。

 ほんとに見分けが付かないらしくてね。水遊び場では人間の子供と混じって、友達の様に遊んでいたよ」


 この名前に裸が冠されるヒューマンアニマル。

 元々はアレルギー対策のペットだったらしいけど。愛玩用途と言う事と、子供動物園で体験した範囲では勘ぐりも生まれて来る。

 人犬タイプのマロンちゃんでさえ、本当のえっちでは無いのにあんなにドキドキさせられたし。

 現にマロンちゃんは、愛玩犬はそうしないと生きて行けない仔が沢山いるって教えられたと言って居た。

 まして人間とほとんど変わらない人猿タイプのヒューマンアニマルは、人間の代わりにそう言う事をする為の生き物なんだろうね。

 見た目は人間の生き物をすっぽんぽんで飼うと言うこと自体に、非常に背徳的な匂いを感じてしまうんだ。


「それでこの仔。どう扱えばいいの」

 念の為に母さんに聞く。

「別に難しい事じゃないわ。人間のちっちゃい仔と同じに扱えばいいのよ。

 甘えて来たら抱っこしてやったり、身体を登らせてやったり。おしっこの時は抱き抱えて赤ちゃんみたいにさせてやったり。公園の遊具で遊ばせてやったり、お風呂でおもちゃで遊ばせたりするの。

 そうそう、こちらは正樹には縁遠い話だけれど。人間そっくりの動物さんだから、可哀想だけれどお洋服を着せて着せ替え遊びしたり、おむつを着けておもらしさせるミルク飲み人形遊びとかする人もいるのよ」

 ちっちゃい女の子がお母さんごっこでしてるんなら、微笑ましい光景なんだけれどね。


「うーん。それって母さん、禁止事項だったんでしょ?」

「昔はね。でも今は変わって来たのよ」


 近頃は以前よりも倒錯的かつ反倫理的に扱われない。だけど最初に人間未満の制度を創った人が、ヒューマンアニマルの着衣禁止にこだわりを持っていたことは事実なんだ。


「でもね。今は少し変わって来てるの」

 母さんは言う。

「本人の不始末で人間未満になった第一世代ではなく、ヒューマンアニマルから生まれて来た第二世代や第三世代が増えて来たからかしら?

 それとも、制度が出来た後に生まれた人が過半数を超えて、わざわざ着衣を禁止しなくても、誰もヒューマンアニマルを人間だなんて思いもしなくなったせいかしら?

 自分のお腹を痛めたい人は別だけども。メスのヒューマンアニマルの活用で、女性が妊娠出産から解放されて、やっとジェンダーフリーが実現した事も関係しているのかも知れないわね。

 今では、ヒューマンアニマルは人間の家畜として役立てる新しい種だと言うのが常識よ。


 そうなるとね。ほら、種としての犬や猫にわんこ服やにゃんこ服を着せて可愛がるのが許されるのに、なにでヒューマンアニマルだけ駄目なの? って話になるでしょ?

 元々ヒューマンアニマルと言うのは、あくまでも人間未満。動物未満ではなかったの。だから今ではヒューマンアニマルも動物愛護法の保護対象になってるのよ」

 確かにそれも道理だけれど。


 僕が考え込んで暫くすると、ピーピーと風呂場の方からブザーが鳴った。

「お風呂が沸いたわね。サニー君。少し後で正樹お兄ちゃんが行くから、それまでお風呂で遊んでて良いわよ。おもちゃ持ってお行きなさい」

「きぃ!」

 嬉しそうに啼くと、身を捩って僕の腕からサニー君は降りた。そして、ドタドタとお風呂の方に走って行く。


「母さん、サニー君って人間の子供と変わりないね」

 肩を竦める僕に母さんは、

「サニー君もそうだけど、裸人猿はだかひとさるの仔は加工された後に、人犬や人猫なんかと違ってほとんど動物の訓練をされてないの」

 と事情を話す。


「へー。普通の人犬なら半年から一年掛るって聞いたけど」

 どうしてと話を促すと、

「人猿は普通の動物と違って四つ足歩きの訓練が要らないのが大きいわね。

 指の長さが変わるから、少し不自由にはなるけれど。加工が完了して直ぐにスプーンもお箸も使えちゃうのよ。だから身体訓練はほとんど要らないの。

 それにね。特に人猿を飼う人に多いんだけれども、自分好みに躾けたい飼い主さんが多いのよ」

 そう話してくれた。


 最近流行の最小加工タイプ。その中でも裸人猿はだかひとさるは特別中の特別だ。なにせ手首足首より先しか人間との違いが無い。なのに扱いは人権の無いヒューマンアニマル。


「つまり、この間まで人間だった仔を人間の意識のまま飼いたい人が居るの? 母さん」

 幼児でも四歳五歳ともなれば、人間としての意識や未発達ながらも羞恥心を持っている。それを矯正しないまま、首輪を嵌めてすっぽんぽんで飼うのだ。

 正直、そんな飼い主さんはいい性格をしていると思う。


「そうね。大人なら女の人が中心だけど、子供なら男の子女の子に関わらず、結構需要はあるそうよ。

 最小加工タイプでない普通の人犬だって、いつでも好きなように使用できる穴だと思ってる人が当たり前に居るくらいだから。

 ふふ。大人は穢いと思うかもしれないけれど、正樹もそのうち判るわよ」

「あ、うん」

 僕はふっと笑いを漏らしてしまった。


 いくらマロンちゃんのっての御願いだからって。人犬にされた女の子とえっちした僕に、大人は穢いと言う資格などないのだから。

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