第19話 子供動物園

●子供動物園

 一通り乗り物を網羅した後。僕達は遊園地内の子供動物園に入った。

 あちこちから子供のはしゃぐ声が聞える。


「これがチップになります。乗り物代やドッグランの利用代。他にも餌遣りの餌代とかに使えます。ウサギさんやお猿さんの抱っこや、お馬さんに乗るのも一回これ一枚ですよ」

 紐で綴じられた楕円形のプラスチックの板が渡された。一人分が全部で十枚ある。もちろんこれは人間の分だから、マロンちゃんには無い。


「悪いけど。僕はアレルギーがあるんだ。楽しんでおいで」

 そう言いながらマロンちゃんを下に降ろすと、

「問題無いわ。入ったのはアレルギーの子でも触れあえる、最小加工で毛の無いヒューマンアニマルばかり集めた方だから」

 橋本さんが教えてくれた。

「言ったでしょ? パティーちゃんの代わりだって。藤原君に害のあるとこ、連れて来る訳無いじゃない。

 ここに居るのは、裸人兎はだかひとうさぎ裸人はだかひとポニー。それと裸人猿はだかひとさるね」

「それってなに?」

 聞きなれぬ言葉に聞き返すと

「最小加工で毛皮を持たないヒューマンアニマルよ。因みにパティーちゃんやマロンちゃんは、正確には裸人犬はだかひといぬね」

 との事。


「へー。そう言う風に言うんだ」

「盲導犬の場合はアレルギー対策で仕方ないけど。こんなの私は趣味悪いと思うわよ。

 特に裸人猿ってチンパンジーだから尻尾も無くて、手の指と足の指見ないと人間と区別付かないから、あの中に裸の人間の子供が混じってたって、離れて見てたら判らないわよ」


 知らぬうちに、そんなものが生まれていたんだ。


「はぁ~~~~」

 橋本さんが幸せが逃げてしまいそうな、溜息を吐いた。

「どうしたんです?」

 聞いてみるとやれやれと言う感じで、

「ほんとは来たくなかったのよねー。こっちには。ほんとあんたらが猿? ってお馬鹿なモテない男ばっか」

 おぞましそうに険の有る声を吐き捨てる。


「人間の女の子にしたら、即座に人間未満になりそうな事案をやってるの。人猿があれだけ人間そっくりなのにお猿さんなのをいいことに。

 あ、咬み付かれて逃げられちゃった。アイツらあんなんだから女にもてないのよ。

 そんなに人猿を人間代わりに使いたかったら、ペットショップで買えばいいのに。それとも百万から二百万のお金作る甲斐性も無いのかしら?」

 うんざりした声でぶつぶつ言いだす橋本さん。



「巡回馬車です。ドッグラン・水遊び場・緑の広場を回ります」

 鈴の音も高く巡回馬車がやって来た。子供動物園はかなり広い。だからこうして巡回馬車が回って居る。


「うぁ~。ちっちゃなお馬さんだ」

 駈け寄って行く子供達。


「ひーん!」

 けたたましく啼く馬はもちろん人ポニー。こちらはアレルギー対策の為、裸人馬が牽いている。

「あ。駄目だよそこ、お馬さんの大事な所だから。乱暴に扱ったらとても痛いんだよ。

 爪なんか立てちゃ駄目。抓ったりするのも駄目。触るならそーっと優しくしないといけないんだよ」

「はーい」

 係の人が子供を窘めている。

 何をどうしてるのかは判らないけれど。これもふれあいの一部らしく、触ること自体は問題ないらしい。


「まぁちゃん。僕も乗りたい」

 何度も僕の脚に飛び付いておねだりするマロンちゃん。


「そんなに面白い所?」

 僕が訊くと

「うん。水遊び場や幼稚園でやるサーキットみたいな所もあるんだって」

 とマロンちゃんは答えた。


「でも前に見た時、泣きながら遣らされてる仔もいたわよ。

 自転車に乗った人に首輪の鎖で引きずられてた仔なんか、可哀想にアスファルトの道路に擦られて、肉球の皮が破れていたわ」

「うわ……」

 想像するだに痛々しい話をする橋本さん。だけどマロンちゃんは俄然乗り気。

「それきっとドッグショーとかの競技に出る仔だよ。その仔達と僕とじゃ、野球と野球ごっこくらいの違いがあるよ」


「見に行くだけは行ってみましょう? 無理っぽそうだったら、あたしが止めるから」

 

「じゃあ行ってみようか? 抱っこする?」

「うん」


 馬車で移動する事五分。ドッグランコーナーに到着した。

「良い子は降りる時、運んでくれたお馬さんにお礼を言って撫でてあげて下さい」

 係の人の指示に従い、

「ありがとうございました」

 ふーふー息の荒い裸人馬にお礼を言って降りて行く子供達。


「子供が見てますからお兄さんも」

「あ、そうだね。ありがとう!」

 お礼を言ってお腹を撫でてやる。


 肘膝から先が馬のそれになっているせいか身体は結構高い位置にある。やはり身体は人間のままだけれど、人間から変化していないお尻の付け根から、馬の尻尾が生えている。

 身体全体にべったりと汗が滲み、馬車牽きが相当の重労働である事を思わせた。


「橋本さん。タオル。水筒の水で濡らして僕に頂戴」

「そう言うと思ったわ。はい」

 汗をタオルで拭ってやると、気持ち良さそうに

「ひょよよよよよよっ」

 気持ち良さそうに嘶く裸人馬はだかひとうま


 人犬や人猫のように愛玩用途も多いヒューマンアニマルと違い、使役中心の人馬になったこの仔は。いったいどんな罪を犯したのだろう? あるいはどんな罰符を喰らったのだろう。

 もやもやとした心のままで馬車を後にした。



「平均台にトンネルに……。シーソーや輪潜りもある」

 はしゃぐマロン。

「ドッグレースのコースもあるわね。チップで競馬みたいにわんちゃんに賭けられるんだって。

 マロンちゃん、こっちどう? 選手募集しているわ。五匹で走って一等賞には景品だって。今三匹エントリーよ」

「行く行く~」

 声だけ聞いていると、本当に八歳の女の子だ。

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