第03章 まぁちゃん怖いよ
第16話 デートなのかな?
●デートなのかな?
「藤原く~ん。帰り付き合ってくれない?」
最近、橋本さんが良く僕を誘う。
「いいけどその代わり」
「うん、解ってる。パティーちゃんのおしっこだね。いいよ、今させて来るから」
「ありがとう」
帰りが遅くなると、パティーの膀胱が心配だ。あんまり我慢させすぎると炎症を起こすんだ。
そんなの可哀想だし動物病院に入院なんてことにでもなれば、僕もまた不自由な生活を強いられる。もうパティー無しの生活なんて考えられない。
そんな暮らしに橋本さんが加わった。学校と家とを行ったり来たりするだけの毎日から新鮮な毎日に。
何をやっても初めての事ばかり。
そんなある日。
「明日の土曜、空いてる?」
と、橋本さんが聞いて来た。
「いつも通りだけれど」
と答えると、
「家で閉じこもってるのね」
と突っ込んで来る。
「うん。でも駄目だよ。土日はなるべくパティーにお仕事させたくな……」
「大丈夫! その日は私が藤原君の目になるから。パティーちゃんにはゆっくりと休日を楽しんで貰うよ」
相変らず力技。でもまあ、いつも行き先は橋本さんが決めるから今更か。僕に案内できるとこなんて無いんだし。
帰ってから母さんに話すと、
「楽しんでらっしゃい。それじゃお母さんも、愛犬のパティーちゃん連れてお出かけするわ。パティーも偶には、お仕事以外でお出かけしたいでしょ?」
「わん!」
パティーも乗り気ならそれでいいや。
「さ、掴まって」
僕から白ステッキを取り上げ、右肘を差し出す橋本さん。
「う~ん」
僕が好ましくないと言わんばかりの唸り声を上げると、
「藤原君の目はパティーちゃん。でも今日は私が付いているから」
何その理屈と思うけれど、全くの善意だろうし実際助かるので断り難い。
「で、今日はどこ寄って行くの?」
すると橋本さんは、
「ペットショップ。賢く可愛らしいパティーちゃん見てると、私も一匹飼いたくなったの。今日はその下見」
遠足のおやつを買いに行くような感じで話す。
「遠いの?」
と僕が訊くと、
「大丈夫。行きは電車だけど、帰りはタクシー使うから」
そう言うと僕を引っ張って前へ歩き出した。
「遊園地? ちっちゃい頃にはよく来たけれど」
「健全デートの定番よ。映画は藤原君が楽しめないし、初デートが焼き肉食べ放題って言うのは私が嫌。
ショッピングに突き合わせるのは藤原君に負担掛かるし、動物園とか今更でしょ?」
「そうだね~」
今では取引出来ない希少種が増えすぎて、本物の動物置いてる所が少なく成っている。
近寄りたくない現実がそこにあるから、とてもじゃないけど女の子と一緒に行く気にはなれない。
「ね。だから遊園地」
少しばかり強引に僕を振り回す橋本さん。
だけど悪い気はしない。橋本さんと一緒にいると、なぜかとっても安心するんだ。
「ここでジュース買って行きましょう」
返事を待つことも無く僕の分までジュースを買う橋本さん。
比べちゃ悪いんだろうけど、パティーと一緒の時とはまた違う安心感だ。
「藤原君」
「はい?」
「私、パティーちゃんじゃないのよ」
少し責めるような口調。考えてる事バレちゃった?
「あ、いや……」
「あーやーしぃー」
「いや。そんな訳じゃ」
言い訳口調でしどろもどろ。
「くすっ。藤原君ったら隠し事下手。今日はパティーちゃんのお休みの日にしたんでしょ?
こんなんじゃ。パティーちゃんの寿命縮めちゃうわよ」
「一言もない」
毎日毎日、パートナーがお休みの日も。一日も休まず働き詰めになるのが盲導犬のお仕事だ。
過労のために命を縮める仔だって中には居るんだと僕は聞いてる。
「それとも藤原君。ちっちゃい子が毛布やぬいぐるみに触ってないと安心できないみたいに、パティーちゃんの身体を触らないと安心できないの?」
否定できないのが辛い。実際パティーの身体は柔らかでとても暖かい。
普通の犬の毛皮の手触りも良いけれど、毛の無い犬だからこそのすべすべした肌の手触りの良さ。
長時間移動した時に強張って来る、首回りや前足の付け根から肘に掛けてを揉み解してやる時。
同じく前モモとモモ裏を両手で挟んで擦り降ろす時。
そしておねだりされてお腹を擦ってやる時や手を当てておしっこの溜まり具合を確認する時。
パティーの一日のお仕事が終わった後、甘えて身体を擦り付けて来る時。
飛び付かれ押し倒されて、覆い被さって来る時。
そしてうんちやおしっこの後始末をしてやる時やお風呂で身体を洗ってやる時。
心地良い弾力と手触りに、パティーの身体の温もりに、なんだか懐かしい汗の匂いに。
いつも僕はほっとさせられる。
僕は傍にパティーが居る事に慣れ過ぎている。
だから橋本さんと二人の時も、無意識にパティーの事を考えて居るのだろう。
「藤原君にとって、そんなにパティーちゃんの存在は大きいのね」
どこか諦観に至った橋本さんの言葉。
「うん。そうだね」
僕はそれしか言えなかった。
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