第15話 遊びに来てね

●遊びに来てね

「どうする唯ちゃん。唯ちゃんに任せるわ」

 すると頷いたパティーは、

裸人犬はだかひといぬのパティーよ。よろしくね。

 ご主人様がアレルギーだから、こんななの」

 あっさりと正体を打ち明けた。


「……お姉ちゃんわんちゃんなの?」

 サニー君は目を真ん丸。今の今まで、パティーを人間の女の子だと信じ込んでいた目だ。


「うん。盲導犬だよ。今日はお休みなの。七五三のやり直しなの」

 普通に、ただ平然と言う事実。


「盲導犬って、あの凄いわんちゃん!」

 サニー君の口振りに尊敬の念が籠る。私は嬉しくなって割って入った。


「そうよ。唯ちゃんはとってもお利口なわんちゃんなの。

 盲導犬はいつもはお仕事だから、滅多に遊びに来れないけれど、それでいいならお友達になってくださる?」


「うん!」

 元気に答えるサニー君。対してメイちゃんはしょんぼりして、

「盲導犬かぁ~。愛玩犬じゃなかったんだ。

 愛玩犬でここがお散歩コースなら、サニー君みたく沢山逢えるかもって思ってたけど。

 お仕事だったらしょうがないね」

 寂しそうに言う。


 そんなメイちゃんに私は水を向ける。

「条件は付けるけれど、そちらから遊びに来ても良いですよ。電車で直ぐです」

 すると壁がボールを打ち返す様にすぐさま、

「無理だよ。ご近所じゃないんでしょ?」

 そう言いながら、ちらっちらっと飼い主さんの方を見るメイちゃん。

 あ、メイちゃんのご主人様が苦笑いして、

「いいよメイちゃん」

 とOKサイン。


「やったぁ! お兄さん大好き」

 勢いよく飛び付いたメイちゃんは、

「おっとっとっと」

 飼い主さんに抱っこで受け止められた。


「ふぅ~」

 と飼い主さんは溜息を吐き一言ぼそり、

「ずっとこう言うの期待してたんだけ、うぉ~い! なんだその口は」

 言い掛けたが、けたたましく悲鳴を上げると引き剥がす様に地面に置いた。


「お兄さんへの感謝のキス。あ、お口でご奉仕の方が良かった?」

「いつそんな事求めた。いつ!」

 声を荒げる飼い主さんに、しゅんと大人しくなるメイちゃん。

「ほら、帰るぞ」

 メイちゃんに背を向けてしゃがむ。


「何してるんだ。早く負ぶされ」

「いいよ。あたしちゃんと歩けるよ」

「いつまで人間様の積りなんだよ」


 自分を動物だと認められないヒューマンアニマルに対するありふれた譴責。

 これからお仕置でも始まるかと思って居たがそうじゃない。


「今のメイちゃんの足の裏は掌と同じなんだ。長時間歩けるようには出来てないよ」

 ペットの人猿の後ろ足を気遣う飼い主さん。


「うん。それもそうだね」

 素直に負ぶさったまではいいが、負ぶさった背中でもぞもぞと左右に腰を動かし始めた。

「おい。何してるんだ」

 声に困惑の入った飼い主さんは少しばかり赤ら顔。


「えー。人間の女の子と変わらない身体を楽しんで貰うのも、ペットのお仕事だよね」

「メイちゃん!」

 揶揄いなのか本気なのか、大胆に迫るメイちゃんの後ろ足を、膝裏に通した腕でぎゅっと引き付けながら飼い主さんは言った。

「あ~。宜しかったら電話教えて下さい。そちらさえ宜しければお泊りしても構いませんよ」

 本当に甘い飼い主さんね。私は携帯をリンクさせた。



「サニー君の飼い主さん。そちらもお帰りですか?」

「あ、いえ。お散歩コースを上がって行く途中でした。お宮はこの上ですから一緒に参りますか?」

「はい。よろしくお願いします」

 少し前を先導するように、サニー君を縦抱っこした飼い主さんが案内してくれる。


 七曲りの一本道を登って行く事二十分。赤い鳥居が見えて来る。

 木造の神社の事務所に立ち寄って名前を告げると、五分ほどして若い神職さんが遣って来た。


「人犬の女の子と伺いましたが、とてもそうは見えませんね」

 車椅子に乗せられたパティーを見て一言こぼす。

「うちの子がアレルギー体質なので。所で本当に、わんちゃんが来てよかったんですか?」

 一応念のために尋ねると、


「うちは祭神の一柱ひとはしらがサルタヒコ様です。

 本地垂迹説によるとサルタヒコ様は地蔵菩薩であり馬頭観音。

 ご存知の通り地蔵菩薩は六道に坐して、地獄・餓鬼・畜生からもお救いなさる仏さまで、特に子供の守護尊です。そして馬頭観音は畜生界救済にあたる菩薩様です。

 ご奇特にも、畜生道に堕ちた人犬の仔の七五三を行うと言うなら、うちほど相応しい神社はありませんね」


 なるほど全く問題無い事が判った。


「御費用は」

「普通の七五三と同じですよ。お札とお祓いと福豆のセットだけでしたらそれほど掛かりません。初穂料の他はお賽銭と寸志です」


 入口で見ていたサニー君が、

「いいなぁ~」

 と声を上げた。


「そちらのお子さんは? 見た所、人猿と思いますが。ぼく、いくつ?」

 神職さんに問われて、サニー君は広げた掌を突き出して、

「五歳」

 と言う。


「飼い主さん。宜しかったら、お祓いだけでも受けませんか?」

 神職さんの勧めで、サニー君も一緒。



 お祓いを済ませ、お守り札と福豆を受け取り御朱印を頂く。

 晴れ着姿のパティーと違い、サニー君はすっぽんぽんに首輪と長靴姿だったけれど。

 便乗だからお祓いだけでお守りも福豆も無かったけれど。

 諦めていた七五三をやって貰い、去年の余り物で埃を被っていた千歳飴を一本貰い、サニー君はご満悦。


「ねー、ねー、おばさん。今度お家に遊びに行っていい?」

「これ! 無理言っちゃだめでしょう。お姉ちゃんは普段はお仕事なのよ」

 窘める飼い主さん。


「サニー君も遊びに来たいの?」

「うん。お姉ちゃんとお友達になりたいの」

「じゃあ。メイちゃんには言いそびれたけれど、来る時は一つお約束をして欲しいの」

「うん。お約束だね。なあに?」


 パティーからも期待に満ちた視線が刺さる。


「お約束は一つだけ。おしゃべり禁止よ。人間の言葉を話しちゃいけないの。お約束できるなら遊びに来ても良いわ。

 但し、おばさんはお仕事で夜まで居ないし、お姉ちゃんも夕方までお仕事だから、五時を過ぎないと帰らないわよ」


 正樹はまだ、パティーが唯ちゃんだと気が付いていない。けれども知ってしまえば正樹の事だ。自分がお嫁さんにすると言った幼馴染が、自分の為に人犬になったと考えてしまうに違いない。

 最悪、唯ちゃんを人犬にしてしまった自分を責め、自分も人犬になると言い出しかねないのがあの子だ。


 だからせめて正樹が資格を取って、独り立ちできるようになるまでは、隠して置かないと拙いだろう。

 資格さえ取れば、結構な報酬が期待できる職に就ける。


 そうして正樹が売れっ子の調香師になって充分な安定収入を確保出来たら話してみよう。

 噂に聞く、滅茶苦茶高価だと言われるヒューマンアニマルを人間に戻す薬の事を。

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