第14話 今は幸せかな
●今は幸せかな
「あー。やっぱバレちゃった? あたし、菅井さつきだった
妙に明るい声で言う。
今散歩のリードを引かれて通り過ぎて行く普通の人犬も辛いだろうけれど。思春期に入り掛かった、ついこの間まで人間の女の子だった仔が、人間にしか見えない姿のまま裸で飼われる辛さはどんなものだろう。
私なんかはそう考えてしまう。
それに、この仔が父親を殺すような仔には全然見えない。
「あなた、つい三ヵ月前まで人間の女の子だったでしょう。恥ずかしくないの?」
するとメイちゃんは、きょとんとして。
「ぜーんぜん。だってあたしお猿さんだもの」
と言った。
「どんなに人でなしでも、殺しちゃう以上こうなっちゃう事は覚悟してたし。人前で裸って言うのも、あたしが男の人の生きたえっちなおもちゃって言うのも、動物になる前と大して変わってないもの。
あー。反対に良く成ったのかな? 人猿になる前と違って、いやらしい目で見られても首輪見て人猿って判った瞬間興味無くすんだよ。そうじゃないのも偶に居るけど、そう言う人は皆優しいし。
ね、お兄さん」
「なんでこっちに振る」
飼い主の青年が唇を尖らせるけれど、メイちゃんはお構いなし。
「だってあたし、人殺しの罰で動物になったんだよ。しかもわざわざ手首の先と足首の先しか違わない動物に。
加工に立ち会った人達は、あの人で無しが鬼畜過ぎるからとか、あたしが可哀想だからとか言っていたけれど。こんな身体にしたのは、絶対そっち目的なんだと思うのが普通でしょ。
正直言うと、ペットショップからお兄さんに売られた時。これからこの太った吹き出物だらけのキモオタのおもちゃになって一生終えるのかぁって思うと、なぜか笑いしか出て来なかったよ。
それでもあの人で無しのおもちゃのままよりはマシと思って、その場であいつに仕込まれた事をしようとしたら……。
あははは! 人は見かけによらないってホントだね」
「メイちゃん!」
「お兄さんったら、いまだにあたしのお股直視できないくらいヘタレ……じゃない! 純情な人だし。
扱いだって、エアコン付きの快適なお部屋で、三食昼寝お散歩付きの天国なんだよ」
「天国?」
ペットを飼うなら、甘やかして居る方だけれどそれほどおかしくない条件だ。
訝しがる私にメイちゃんは、
「聞いてよ。
あの人で無し、あたしをずっと檻に閉じ込めて、ご飯も一日一回残飯くれたらいい方だったんだよ」
と声を上げた。
飼い主さんが止めないので、彼女の義理の父親に対する悪口のマシンガントークが続く。
「ずっと檻に閉じ込めて、食事も酷い時には三日に一度?
それで非合法の撮影会やら殿方への性的奉仕強要?」
何て親だと怒りを覚える。
「……あ、本当に辛かったでしょう?」
「うん。今みたいな天国になるって知ってたら、あたしもっと早くあいつを殺してた。
痛い事ばかりして、嫌な事ばかりさせて。それでいてお兄さんみたいに可愛がってくれなかったし」
メイちゃんの口から洩れる話は、鬼畜な義理の父親の話。いったいなんでこんな仔の反撃が、彼女をヒューマンアニマルにしてしまったのだろう?
殺された義理の父親には、彼女の量刑を割引くに相応しい罪科があるのだから。
「仕方ないよ。お母さんがあたしの事、泥棒猫って言ってたんだもの。
でも今更だった。それ初めて言われたの、五歳の時だから」
家族からも見捨てられた罪人。それでヒューマンアニマルへの加工が決定したのだ。
「お姉ちゃん可哀想」
今は普通に抱っこされているサニー君が呟いた。
「可哀想? 違うよ。あたしはやっと幸せになれたんだ。あんな親よりずっとお兄さんの方がいいもの。
人猿になったおかげで、男の人からいやらしい目で見られなくなったし、それでもいやらしい目で見る人は、あいつが連れて来たお客さん達みたいに酷い事しないんだよ。
サニー君だって、打たれて力づくでさせられるより、猫撫で声でプレゼント差し出してお願いして来る人の方がいいよね?
流石に、『お願いだからお股開いておしっこ見せて』って、土下座された時にはこまっちゃったよ。
その人、お兄さんが蹴っ飛ばしてくれたけど」
「くすっ」
そのあまりにも滑稽な情景を想像したのか、パティーが笑った。
「唯ちゃん失礼よ」
「だって、おかしいんだもん」
「そうね。でも困った人だけど、悪い人では無さそうね」
ヒューマンアニマルは人間未満。人権など存在し無い動物だ。
人間の女の子に遣らかしたら直ちに事案になる事とは言え、お猿に土下座して頼むと言う発想自体が有り得ない。
メイちゃんは、ツボに嵌ったのか笑い転げるパティーに近付き、小首をかしげて、
「おばさんこの子とお友達になってもいい?」
と、私に聞いた。
動物の方から人間にそんなことは先ず言わない。メイちゃん気付いているのかしら?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます