第13話 ペットのお仕置

●ペットのお仕置

 ヒューマンアニマルは人間未満。つまり動物だ。

 サニー君の様な足を長靴で隠しただけで人間と区別の付かない仔だって、人権が無い。


 一応は、他人の飼って居るヒューマンアニマルを事故で死なせれば器物破損に問われるし、自分の所有物でも故意に殺傷したり、理由なく虐めまくれば動物愛護法違反を問われる。

 でもただそれだけの事。サニー君なら人猿が、パティーなら人犬が死んだと言うだけの話。

 いいえ無関係の人から見れば、たとえ人間の子供が死んだとしても軽い憐みを抱くだけ。

 世界は、世の中は何事もなく過ぎて行く。


 現に、泣きじゃくるサニー君の声に参道を通る人は目を向ける。けれども裸の男の子の首に、鑑札付きの首輪があるのを認めると、皆一様にほっとして過ぎ越して行くのだ。


「唯ちゃんは、この仔どう思う?」

 訊ねてみると、

「幸せだよ」

 一言そう答えた。


「そうね。立って歩けるし物も掴める。普通にお箸を使うのは特訓が要りそうだけど、握り箸なら使えるしフォークもスプーンも問題無いでしょうね」


 お箸が使えると言う事は鉛筆も使えると言う事だ。飼い主さん次第だけれど、人犬の唯ちゃんに比べれば恵まれている、殆ど人間の身体のサニー君。

 けれども、その殆ど人間と言うのが曲者だ。現にこうしてサニー君は、自分が人間じゃ無くなったことを納得出来ずに苦しんでいる。

 こんな幼い仔が凶悪犯罪を起こして人間未満になる筈も無いと思う。恐らくはパティー同様、ヒューマンアニマルから生まれた子供に違いない。

 そしてパティーと同じく戸籍に入れないまま、幼稚園に通う歳まで人間として育てたのだろう。


 パチ! 何かが弾ける音がした。


「いい加減にしなさい!」

 いつの間にか飼い主さんの右手には小型の電撃ロッド。家畜に怪我をさせずに痛みを与える為に作られた電気の鞭があった。


「不従順の罪のお仕置をします。本当はこんなことしたくないんだけれど、これもサニーの為なのよ」

 電撃ロッドの電極は、パチ! パチ! と恐ろしげな音を立てる。

 首輪の鎖を手繰り寄せる左手に抗おうとするが、電磁ロッドの電極がもがくサニー君の秘所に当てられ、


「ぎゃん!」

 悲鳴と共に失禁、噴き出したおしっこが飼い主さんのスカートを濡らす。

 そして、

「うぁぁぁん!」


 火の着いたように泣き喚くサニー君。

 飼い主さんは、屈むついでに電撃ロッドを下に置き、涙でくしゃくしゃになったサニー君の顔を胸に押し当てながら言った。


「お馬鹿さん。不従順の罪は絶対許されないって判っていたでしょう?

 口で叱った時にごめんなさいしてれば、痛い事されなくて済むってことも。

 だけど口で言って判らない仔にはこうやって痛い事をしなくちゃいけないの」


「ごめんなさ~い」

 泣き声で謝るサニー君。

「なんのごめんなさい?」

「僕、人間じゃないの。ほんとはお猿さんだったの~」

 飼い主さんが訊ねると、サニーはいっそう大きな泣き声を上げた。


「そう。二本足で歩いていても、スプーンやお箸を使えても、上手にお喋りできたとしても。

 サニーは人間じゃないの。人間そっくりのお猿さんなのよ」


「僕、とっても悪い子なの。悪い子だからお猿さんになっちゃったの。ごめんなさい」

 ひくひく喘ぐ嗚咽の声。すると飼い主さんはポンポンと背を叩いてあやしながら、

「それは違うわよ。サニーは悪い仔だからお猿さんに為ったんじゃないの」

「違うの~?」

「サニーは最初からお猿さんとして生まれて来たの。サニーがあんまり可愛すぎるから、前の飼い主さんが人間みたいに扱っちゃったのが悪いのよ。

 それにサニーは、悪い仔どころかとってもいい仔よ。ちゃんとおトイレの躾が出来ているもの」


 その言葉に、サニー君は治まり掛けていた大泣きをぶり返した。


「おもらししちゃってごめんなさい!」


 けれども飼い主さんは、力強くサニーを抱き締める。


「お猿さんっておトイレの躾が難しい動物なの。いくら教えてもダメな仔ばかりなのよ。

 それなのに、サニーは起きている時は殆どしてないでしょ?」

「うん」


「毎日おねしょしてるけど、私がおねしょの罪で、痛いお仕置した事あったからしら?」

「ない」


「安心して。お猿さんに無理な事はさせないから。第一おしっこ引っ掛けたのは、お仕置のせいだから気にして無いわよ」

「ほんと!」


「本当よ。痛いお仕置なんてしないわ」

 声に綻ぶサニー君の顔。


「だからおもらしの分は、痛くないお仕置にしてあげる」

 飼い主さんはそのまま抱き上げたサニー君を持ち替えて、ちょうど赤ちゃんにおしっこさせる格好にした。


「おもらしは、おしっこ我慢させすぎた私のせいよ。だからここで全部しちゃいなさい」

「嫌だぁ! 恥かしいよ」

「嫌じゃなければお仕置に成らないでしょ? それに誰もお猿さんのおしっこなんて気にして無いわ」

 わざわざ、参道を通る人に見える様に向き直った。


「サニー君! やっぱサニー君だ。おばさんこんにちは~」


 参道を駆け下りて来る十歳位に見える真っ裸の女の子。いや、この仔も首輪と長靴だから多分人猿の仔だ。


「はぁ、はぁ。待ってよメイちゃん」

「だってお兄さん遅いもん」

 追いかけて来たのは、大学生くらいの決してイケメンとは言えない男の子。全体に着てる物がやぼったく、体型も仲人口で恰幅の良いと先様にお伝えすべき形状だ。


 あら。この仔は……。


「おばさん。あたしの顔に何かついてる?」

 覗き込んで来る人猿の仔。何時しか向かい合わせでにらめっこ。


「あ……」

 思い出した。この仔は少し前ニュースで出た子によく似てる。

 確か父親殺しの殺人犯の。

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