第12話 僕人間だよ

●僕人間だよ

「良いんですか? この服お高いでしょう」

「なぁに。十年近く前の備品で、流石にそろそろ廃棄予定の物ですから」


 懐手で千歳飴を下げるパティーの晴れ姿。

 今様は萌え袖などと言うけれど。

 世間で着物が当たり前に着られていた頃。女性の懐手は当たり前の習俗だった。


「それより早く撮って仕舞いましょうね。立ち姿はわんちゃんにとって負担ですから」

 綺麗な写真を撮るためとは言え、人犬の身体にこの姿勢。長時間は当に拷問。


 カシャ! カシャ!

 銀塩式写真機でこの姿勢で数枚撮る。


「衣装交換します」

 やっと金魚の帯を解かれ、素肌が露わになるパティー。

 直立姿勢を保つ支柱に拘束され、犬の後ろ足では支える事の出来ない全体重を受け止める股ハーネスが、痛々しく秘所に食い込んでいる。


「唯ちゃん。辛いなら立ち姿じゃなくていいのよ。痛いでしょこれ」

 すると、明らかに辛そうな顔をしながらも、

「平気。もっと着て撮りたい」

 と頑張るパティー。


「なら良いんだけれど……」

 衣装は全部で七つ買った。さっきのお着物に、見た目ほどには高くないプリンセスドレスが二着。

 カジュアルでお転婆な遊び着風が三着に、ピアノの発表会風が一着。


 お着替えの度にお化粧直し。やっと全て撮り終えた時、来店してから二時間が経過していた。



「綺麗だったわよ。お写真は一週間後だって」

 本人の希望で紅い着物を選んだパティーを車椅子に乗せて、また人間の子供の様な体裁を作る。

 そのまま電車に乗って駅三つ。宮の森駅で降りて小高い山の参道を進む。橋を越えると間もなく、アスファルトが土の道に変わった。


 緩やかな七曲りの道を車椅子を押して行くと、

「嫌ぁ~だ! 僕もう嫌だ!」

「サニー! いつまで言ってるの。いい加減にしないと不服従の罪でお仕置しますよ」

 前の方からぐずる子供の甲高い声と、叱る大人の女の人の声が聞えて来た。


 そのまま道を進むと、素っ裸のちっちゃな男の子を連れた女の人。

 長靴を履いた男の子の首には革の首輪。首輪に繋がれた細い鎖を女の人が握って居る。


「どうしたんですか?」


 尋ねると、男の子は私に向かっておちんちんを隠しながら訴えた。

「助けて! 僕、人間だよ。お猿さんじゃないよ」

 すると女の人は苦笑いしながら。

「ご心配なく。この仔は先日ペットショップで購入した人猿なんです。猿と言ってもチンパンジーですが。

 今流行の最小加工タイプでなまじ手が使えたり二本足でも歩けたりするから、この通り自分を人間様だと勘違いしてまして」

 と頭を下げる。


「一応、長靴を脱がせて見せて貰えますか?」


 普通よりも、親指が短く他の指が長いなど不自然だけれど、他は人間の男の子と何も変わりない。お尻を見ても尻尾は見当たらない。いや、チンパンジーなら人間同様に尻尾が無いのも当たり前か。


「構いませんよ。サニー! 長靴を脱ぎなさい」

 命令と同時にジュリっと鎖を上下に揺らした。


「サニーじゃないよタイヨウだよ」

 恨めしそうに言いながら、右の長靴を脱ぐ。

「あらぁ~」

 肌色の足は、土踏まずが無く手の様に親指と他の指が分かれた形。確かにチンパンジーの足だった。


 これが写真館で聞いた裸の人間に見えてしまうヒューマンアニマルなんだ。

 私は、縋る瞳の男の子の頭を撫でながら。


「サニー君。あんまりご主人様を困らせちゃ駄目よ。

 不服従のお仕置されないよう、おばさんも謝ってあげるから。早くごめんなさいしてしまいなさい。ね!」

 言い聞かせると人猿の仔は、

「違うよ僕タイヨウだよ。お猿じゃなくて人間の子供だよ。前は幼稚園だってずっと行ってたんだよ」

 と泣き出した。


「この通り、見掛けは殆ど人間と変わらない仔なので。ぐずる度にこうなんです」

 怒って居ると言うよりは、困っている飼い主さん。

「サニー。あんよが痛いなら抱っこしてあげるって言ってるでしょ?

 なにして欲しいの?」

 飼い主さんが屈んで、泣きじゃくるお顔を見つめると、

「はだかんぼ嫌だよ。パンツ穿かせてよ」

 と訴える。


「駄目よ。サニーは人間じゃなくてお猿さんなんだもの」

 言い聞かせる飼い主さん。

「どうしてもだめ?」


 この仔おねだりが可愛い。私だったら着せてあげると言ってしまいそう。

 こうしておめかしさせたパティーを人間に見せかけて連れて来ているのだから。


「どうしても駄目!

 お猿さんはお洋服着ないし、パンツも穿かないのよ。だいたいサニーは、はだかんぼ大好きだったでしょ? どうしていまさら恥かしがってるの」

 だけど飼い主さんは、さらりと流して問い詰めた。


 するとサニー君は、

「ユカちゃんに笑われたの。ユカちゃんのママに『悪い子でいるとああなりますよ』って言われたの。僕、悪い子じゃないよ」

 涙をポロポロ溢しながら言う。


「ユカちゃん?」

「幼稚園のお友達」

「さっき会った女の子ね」

「うん」


 どうやら、人間だった時に通って居た幼稚園のお友達に見られたらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る