第11話 カタログ写真
●カタログ写真
写真館に入ると待合室からガラスの壁一つ隔てた公開スタジオが見える。デモンストレーションも兼ねたスタジオで、今は赤ちゃんの撮影中だった。
今、撮影用の衣装を脱がせおむつだけになって居る赤ちゃん。母親と協力してご機嫌を取りながら次の衣装を身に着けさせて行く。
ドレスの次は動物の着ぐるみツナギ。腰の辺りがもこっと膨らんでいてとても可愛らしい。
「お待たせしました。いらっしゃいませ」
今は七五三も入園入学・卒園卒業のシーズンを外れている。けれども立て込んでいるのだろう。やっと受付がやって来たと思ったら館長さんだった。
「藤原様。そのお嬢ちゃんは?」
私は唇に一本、人差し指を立て、
「急で悪いけれど、ちょっと内緒の撮影をお願いしたいの」
見積もりは思ったよりも高かった。
「レンタル衣装が全て買い取りですか」
「済みませんがそこは。一度犬に着せた物を、いくらクリーニングに掛けたとしても人間様の子供に着せる訳にも行かないので。特にお着物は絹製品なので」
「道理ね」
飼い主から見れば我が子同然の愛犬だって、他人から見れば小汚い犬。
「その代わり、撮影の方は早撮り値引きします。それに間も無く入れ替え廃棄する予定の古い衣装でも宜しいのでしたら、ある程度お安く出来ますが」
譲歩案を示す館長。
「だって。どうする? 唯ちゃん」
「古い衣装でいい」
健気な事を言うものだから、益々可愛い。
館長さんはほーっと言う顔をして、
「最小加工でお喋り可能なタイプだと、ちゃんと躾されていない自分を人間だと勘違いしている仔や、甘やかし放題の手の付けられない仔が多いのですが。
この仔はちゃんと躾を為されているのですね。これなら赤ちゃん写真よりもお安く出来ます」
ペット写真や赤ちゃん写真が高いのは手が掛かるからだ。しかし、
「そんなに手が掛かるのですか?」
「ええ。子供のヒューマンアニマルに目立つのですが、自分は人間だと主張する仔が多いのです。
偶に他人様の子供を誘拐して加工する犯罪などもあるため、一々チップを確認する手間が入るのですよ。
最悪なのは人猿の仔でして、加工最小タイプだと人間と手足の指が違うだけなのです。
このタイプの仔はハサミや鉛筆も扱えるし二本足でも歩ける為、ぱっと見には人間の子供に首輪を着けて、裸で連れ回しているようにしか見えません」
「あー。確かにそんな仔が、自分は人間だと助けを求めたりしてたら厄介ですね」
もしもスルーするのが当たり前の風潮になったら、忽ち犯罪天国だ。
人権の有る人間様を、最小加工の人猿名義で飼うような連中も出て来るに違いない。
「では、この中からお選び下さい。×印の着いた衣装は既に処分済みになります」
館長は、五年前から十年前の衣装カタログを取り出した。
古い余り物ほど買い取りが安く済むから、パティーの目の前で昔のカタログから順に捲って行く。
「あ!」
「これは……」
不意に現れた見本に、私とパティーは声を上げた。
「どうなされましたか?」
覗き込む館長。
三歳の子の衣装の見本として映っているのは、左手に千歳飴を下げた、紅い着物の女の子。
覚えてる。まだ人間だった頃のパティーだ。
館長さんはパティーと写真の仔を交互に見比べて。
「ああ」
と短く声を上げた。
「この写真はお嬢ちゃんですね」
全てを察した一言だった。
一般にヒューマンアニマルは刑罰として人間未満に行われる加工。だから普通は、パティー位の仔がヒューマンアニマルになって居るケースは限られる。
そしてその大半は人権の無いヒューマンアニマルの仔として生まれて来て、物心つく前に加工される場合が殆どだ。
「お嬢ちゃんが人犬になったのは何時ですか?」
聞かれた私はありのまま、
「六歳の四月だと聞いています」
と事実を告げた。
館長は額を右手で揉み解しながら、
「物心ついてからと言う事は……。いや、刑罰で加工するなら流石に大ニュースになって居ますね」
しきりに信じられないと口にする。
「人犬が産んだ仔を買い取って人間様の子供として育てる人もいますから。ただ、この仔の場合は引き取った方が籍に入ないまま六歳まで育て、大きくなり過ぎて要らなくなったからと業者に引き取らせたらしいです」
「赤ちゃんから手塩に掛けて育てた子なら情が移って当たり前でしょう。第一、許されるんですか? そんなこと」
「籍に入れなければ、人権の無い人犬のままです。法的には売り買いも加工も問題ありません」
それが動かせない事実なのだから。
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