第02章 五年遅れの七五三

第08話 初めてのお休み

●初めてのお休み

「それじゃお母さん。お預かりします。パティーちゃんも学校お休みの日くらいゆっくりね」

 その日、家まで迎えに来たのは橋本さんと言う女の子。パティーの代わりだと言って正樹に右肘を貸して歩き出す。

 正樹はただのクラスメイトだと言うけれど、あれはどうして。それ以上の関係を望んでいるとしか私には思えない。

 だけどずっと一緒に居てパティーが幼馴染の唯ちゃんだって事に気が付かないのだもの。他は鋭いくせにこう言う所は鈍すぎる。

 ともあれ、ガールフレンドに連れられて正樹はお出かけした。


「正樹に女の子がお迎えって何年ぶりかしら? 幼稚園の時以来ね」

 私はちょっと不満そうに見送るパティーの方を見る。

「そう言えば、前にお迎えに来た女の子は、人間として暮らしていた時の唯ちゃんだったわね」

「はい」

 正樹にはないしょでお喋りさせるようになってから、段々と活舌が良く成って来たパティー。

 私以外と話さないせいか、まだ幼い喋り方はそのままだ。成長抑制措置のお陰でまだほとんど二次性徴が現れていない仔だから、可愛らしさがとても引き立つ。


「大丈夫よ。まぁちゃんあの子に取られたりしないから」

 揶揄うように言うと、

「そんなんじゃないもん」

 と、いい感じに狎れた返事が返って来た。あ、その言っちゃったってお顔も本当に可愛い。


「ごめんなさい」

 はっとして泣きそうな顔で降参するパティー。舌を突き出しお腹を見せ、後ろ足を大きく開いて、秘所やお尻の穴まで丸見えにする。顔がソッポを向いているのは恐怖を感じているサインだ。


 そうよね。人犬がそんな口の利き方したら罰を受けると教えられているのだから。


 私は屈んで

「唯ちゃん。赦すからもうやめなさい」

 穏やかな声でお腹を撫でる。撫でながら言う。

「どうせ降参するなら、赦してじゃなくて可愛がっての降参になさい」

「はい!」

 ほっとした声。


「それじゃお出掛けの用意するから待っててね」

 言って顎の下を撫でてやると、とってもいいお顔で返してくれた。



「よいしょ」

 素肌の上にブランド物の丈の長いワンピースを着せたパティーちゃんを、専用の車椅子に乗せる。

 前足には詰め物をした肘まである手袋。後ろ足にも同じく詰め物をした膝上のハイソックスを穿かせ、靴下をおしゃれな靴に収納。時間があれば義手や義足を用意するのだけれど、急にこんな話になるとは思ってもみなかった。

 見た目を犬から人に変えて行き、最後に犬の耳を髪飾りで、首輪をネッカチーフで隠せば出来上がり。


 車椅子に乗ったパティーを大きな姿見の前まで運んだ私は、

「どうかしら?」

 と声を掛けた。


 鏡には紛れも無い人間の女の子が映っている。年の頃は七歳から九歳くらいだろうか。少し日焼けした肌ながら、どこかのお嬢様風。

 掴めない手に歩けない足だけれど車椅子ならば見た目は誤魔化せるだろう。


 パティーは目をぱちくりさせて、

「お姫様みたい」

 と驚きの声を上げた。


「お姫様ぁ? ちょっと余所行きの服なだけよ。今時の女の子なら小学生でもこれ位持って居るわ」

 唯ちゃんには無縁だったかもしれないが、幼稚園の子でも発表会に出る時はこの位のグレードはおしゃれをするものだ。


「じゃあ。七五三?」

 パティーの言い様に、くすっと笑った私は、

「行きたいなら、今からお宮参りする? 写真館でおめかしした写真を撮ってもいいわよ」

 と誘ってみた。すると、

「いいの? おめかし写真撮ってもいいの!」

 釣り堀の養殖池に餌を投げ込んだかのよう。パティーの食いつきが良く、嬉しがる様子は只事ではない。


 そうだった。この仔は人間の七五三の、三歳は知って居ても七歳は知らない。七歳に成る前に犬に成ったのだから。


 幼稚園のお免状を貰って、四月から学校に上がるのだとばかり思って居たこの仔が入ったのは、犬になるための学校。

 大好きだった両親から本当の娘じゃないと告げられるだけでも衝撃なのに。お前は人犬から生まれた犬なんだと明かされて売り飛ばされ、そこで手足を犬に変えられて、二度と掴むことも普通に立って歩くことも出来ない身体にされた。


 なまじ最小限の加工だから怪我や寒さから守ってくれる毛皮も無く、人間の時と変わらぬ裸体を晒し続ける運命だ。

 そして手足は犬に変わっても、心は簡単には犬に成れない。彼女がどんなことをされて来たのかを想像するだけでも胸が痛む。


 私は努めて優しい笑顔で、

「これなら、パティーがわんちゃんだなんて、誰も思わないわよね」

 とウインクを一つすると、

「はい!」

 と、小学一年生の様なお返事が高らかに響く。


 成長抑制措置の為、年より幼いパティーの身体。その見た目よりさらに幼い話し方。

 堪らなく愛しくなって、

「もっと早くこうすれば良かったわ」

 つい唇から洩れた。


「パティー。遅すぎるかも知れないけれど、今から七五三の七歳のお祝いをしましょう。身体もそんなに大きく成って居ないから、七五三のでも大きめの子向けのドレスなら着れるわよ。今なら神社も空いているし、写真館も空いてるわ。綺麗なお洋服を着て、写真撮りましょうね」

「うん!」


 盲導犬のお仕事の時には絶対に見ることが出来ない子供らしい笑顔。愛玩犬の時だって見るのが難しい心からの喜び。最近は正樹さえ殆ど見せてくれない飛び切りのお顔だ。


 そんなことを思いながら、私は買い取りの時に無理を言って手に入れたパティーの訓練アルバム。

 いや調教アルバムを開いた。

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