第06話 いーち、いーち

●いーち、いーち

「パティー。どうせ洗い流すんだからここでしていいよ」

 わざわざ服を着直して外に出るのもなんだから、僕はここで排泄の許可を出す。

「わん!」

 嬉しいのだろう。弾んだ声が返って来る。


 犬には人間様の様な娯楽は無い。楽しみと言えばおさんぽとたまに連れて行くドッグラン。それを除いたら餌を食べる事と、排泄すること位だろう。

 特にパティーは盲導犬だから、毎日おしっこを我慢させられている。しかも埋め込んだ弁によってどんなに溜まって居ても自分では決して出すことが出来ない。

 だから、おしっこをすることそのものが楽しみの一つだ。


 弁を開いてやるともう我慢出来なかったんだろう。僕が手を引っ込める暇さえ無く、キシューっと音を立てておしっこが噴き出した。

 臭いと共に、掌に温かいおしっこが当たる。どうせ洗い流すからと僕は咎めず、指先でふの字を描くように下腹をマッサージしてやった。


 本当に一杯溜まっていたんだろう。出しても出しても止まらず、かなり長い間おしっこは途切れない。

 やがて間欠泉の様に噴き出しては止まりを何度か繰り返し、ようやくパティーのおしっこは止まった。


「気持ち良かったかい?」

「わん」


 僕は笑いながら、膀胱の辺りを揉み解す様にぐりぐりと撫で、

「偉いぞパティー。よくこれだけ我慢したね」

 と褒めてやる。盲導犬は排泄を我慢させられるお仕事だからね。


「へっへっへっへっ」

 音で判る。

 降参のまま舌を垂らすパティーの有りようは、盲導犬ではなく僕の愛犬。盲導犬の訓練の合間に受けた愛玩犬の訓練は、いかに可愛らしく振舞うかに重点が置かれていると聞いていてる。

 パティーの可愛らしい姿や仕草を見れないのは残念だけれど、きっと昔見たわんちゃんより素敵だと思う。


 少し熱めのシャワーでおしっこを洗い流した僕は、一分ほど更にお湯を掛けてやる。僕が身体を洗う時間、温水で濡れたパティーの身体を冷やさない為だ。


 先に自分の身体を洗い、シャンプーをし終わった僕は、ちっちゃい頃に母さんがしてくれたようにパティーを洗う。手で良く石鹸を泡立てて、それで身体を洗うんだ。


 身体の毛を取ってしまった犬種であるせいか、パティーは普通の犬より怪我をしやすいし、本来毛に吸収される筈の皮脂が皮膚の表面に溜まる。本当に汚れやすくなって居る。だからこうして毎日マッサージをしながら洗ってやらないと、直ぐ皮膚病に罹ったり身体の調子を崩すんだ。


 首・胸・お腹。そして汚れが溜まりやすい股間。一度軽く流した後で再び石鹸を泡立てる。

 パティーには本当に苦労懸けているからね。感謝の気持ちを込めて僕は洗う。


 数少ない毛のある部分はシャンプーで洗い、ブラシで梳いて毛並みを整える。

 おしっこの所を指で広げその中まで、お尻の穴も丁寧に皺の一つまで。指の腹を使って丁寧に洗う。

「へっへっへっへっ」

 気持ち良いのか荒くなる息。ひょっとしたら自分よりも念入りかも知れない。

 良くトイレ掃除で、舐めれるくらいに綺麗にしましょうって言われるけれど。パティーの身体のどこを舐めろと言われても平気なくらい綺麗に洗った。


「お湯に浸かるよ」

「わん!」

 手摺を使って湯船に入った僕は、前足を預けたパティーを持ち上げて膝の上に降ろす。

 パティーの顔と僕の顔が向かい合わせになり、

「へっへっへっへっ」

 息が顔に吹きかかる。


 僕はお湯の中で溺れぬようにパティーを抱っこで支えたまま、肩までゆったりとお湯に浸かった。

 毛の無いパティーの感触は心地良く、すべすべしてとても柔らかい。


「百数えたら出るよ」

 僕がそう言うと、

「わぅ~ん! わぅ~ん! わぅ~ん!」

 と数える様に吠えるパティー。

「いーち、いーち、いーち、かい?」

「わん!」

「それじゃいつまでも出れないよ」

「わぅ~」


 そんないつもの一時を過ごし、頃は良しとパティーを抱いてお湯から出ようとすると、


「あ、こらぁ!」

 甘えて身体を擦り付けるパティー。


「母さ~ん」

 このままでは出れないと思い応援を呼んだ。

「大口の割には情けないわね」

「だってパティーが暴れるんだもの」

 僕もあまえんぼになって居るのかな? 出て来た言葉はちっちゃい頃と変わりない。


「はいはい」

 パンツ・シャツ・パジャマを順に手渡してくれる母さんに、

「あとお願い」

 温まって眠気を感じた僕はさっさと着替え、母さんにパティーを任せてそのまま布団の中に入った。

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