レベル276 エンテッカルの現在
「これで満足か、新国王モブディ……いや、喜んでいるのはそちらの方だったな、国王補佐、フロワース」
「ええ、上出来ですわ、ガイル前国宝陛下」
険しい顔をしている人物に、満面の笑みで答えるフロワース。
その険しい顔をしている人物は、先ほどまでエンテッカル国の国王をしていたガイルという人物であった。
エンテッカル国王の座は本日行われた戴冠式により、ガイル国王よりモブディに移ることになったのだった。
「お約束の例のブツですが……」
その人物の耳元で何やらささやくフロワース。
すると、険しかった顔が急にニッコニッコになって「うむ、そうか」と答えた後、スキップするような足取りで部屋から出ていく。
「フロワース……」
実力主義で、国民に人気がある人物が王となれる国、エンテッカル。
しかし、どんなに人気があろうとも、裏で政治を仕切っている旧貴族を取り込もうとも、現在の国王がウンと言わなければならない。
その現国王を取り込む為にフロワースが用いた手段、それが、枕営業である。
かの人物が向かった先では、アイドルユニットの一名が控えている。
「変装してL・O・V・Eと叫んでいたのを見たのは驚愕でしたわね」
ラピスの知識とクイーズの力を借りて、歌って踊れる、アイドルプロジェクトを開始した。
娯楽の少ない時代、聖王都を中心として急激に広まっていった音楽。
それに乗っかって新たなプロジェクトを作る。
男女それぞれのアイドルユニットを結成し、モブディのスキルをフルに活用し、才能のある人物を集める。
そしてそんな娯楽にハマるのは、国王とて例外ではなかった。
「僕のスキルは英雄を探す為のものであって、アイドルを探す物じゃないんだけどなぁ」
「あら、あなたは『英雄の導き手』というスキルを持っていながら、英雄の定義すらご存じありませんの?」
「英雄の定義か……英雄とは才に溢れ、人にできないことを成し遂げた人物。その定義に当てはめれば……」
彼ら彼女らが英雄と呼べないこともないか……と考え込むモブディ。
「なら僕らは、そんな英雄をあんな目にあわせてもいいのかね?」
「それが彼女をスカウトする時の条件でしたのですよ」
ガイル国王は武で人気を集めた人物。
モンスターの襲撃から、数々の村や町を救ってきた、まさしく英雄と呼べる存在。
そんな国王を慕う女性は数多くいる。
その先で控えている者も、かつて、彼によって村を、家族を救われていた。
彼の為になることがしたいと、彼の為にならアイドルになってもいいと。
彼女の志望動機はガイル国王の役に立つことであった。
「ですから、陛下の一番近くて、一番為になれるポジションを提供しただけですわ」
「…………呆れてものも言えないよ」
フロワースには未来操作というスキルがある。
そのスキルは、望む未来を得るためにはどのようにしなければならないか、が分かる。
彼女が望む、彼の為になれる場所、それこそがアイドルであった。
また、ガイル国王が幸福になれる場所、それも彼女を傍に置くことだとスキルが告げている。
「赤い糸、というのはきっと本当に存在するのでしょうね」
「そうなのかなぁ……」
「あら、それでしたら私の赤い糸はどこにあるのかしらね」
それまで、無言で居た女性が口を開く。
その人物はこれまで、国王の補佐をしていた人物。
実質的なこの国の影の支配者であった女性だ。
「叔母様にはこちらをどうぞ」
アイドルユニットの中には、勿論、男性ユニットだってある。
モブディが英雄の導き手のスキルを駆使して集めて来た人物だ。
見た目も才能も言う事はない。
特別スポンサーと書かれたそのカードがあれば、最優先で公演に参加できるし、アイドル達との交流も可能だ。
「あとは叔母様の努力次第で…………イケメンハーレムだって可能ですわよ」
「あら、あなたは協力してくれませんの?」
「叔母様は私のスキルをご存じですし、あまり、私に手を出されない方がよろしいでしょう?」
ホホホ、フフフと笑い合う二人。
それを見て、なにやら冷たい汗が背中に流れるモブディであった。
女の戦いは水面下で行われる、まさしくその状況を見ている気分だ。
「そう言えばあなた、あれだけこっぴどくやられたと言うのに、未だクイーズ卿の陣営に関わっているらしいわね」
「彼はジョーカーなのですよ、叔母様」
どれだけ策略を廻らそうが、どんだけしっかりと場を整えようが、彼は全てをひっくり返してしまう。
何の価値もなかったものが、貧しさに喘いでいたものが、急激にその価値を変え、黄金色に輝いていく。
ほんの一瞬でこれまで常識が覆されていく。
何を起こすか分からない札、どのんな予想も当てはまらない、そんなカードこそが、クイーズという人物である。
「彼が持つスキル『モンスターカード』それ自体が、この世界におけるジョーカーとなりうる札なのですよ」
「ならば猶更、近づくべきではないでしょう?」
「いいえ叔母様、ジョーカーと言うのは、どこにあるのか分からない状況が一番危険なのです」
確かにそれ自身は脅威であろう。
価値が一変するということは、元々、価値の高かったものが下がる事だってある。
そう言った場所に居る者にとって彼は恐怖の対象となりえる。
できるだけ遠く、彼の影響が及ばない場所へ離れたいと思うのも当然であろう。
だが、それは悪手である。
一度、嵐が起これば、どこに居ようとも巻き込まれる。
たとえどんなに離れた場所であっても、巨大な嵐は大陸全てを手荒く掻き混ぜる。
そんな嵐の中で最も安全な場所は、実は嵐の中心であったりする。
さらに、ジョーカーのある場所が分かれば、嵐の起こる場所も特定できる。
何が起こるか分からなくとも、どこで起こるか分かれば、事前に取れる策も多くなる。
「彼が居る場所に異変あり、ですわ」
「あら、それでしたら、今ジョーカーがある場所はご存じで?」
「ええ、彼は今、聖王都で潜んでいますわ」
「ほほう……その情報、古いのではなくて?」
叔母様はそう言って一枚の紙きれを、これ見よがしにヒラヒラとさせる。
「それは……?」
「クルーザーの優先購入権ですの」
「クルーザー?」
それは海の上を走る旅客船。
海上を自由に走り、様々な場所へ移動できる。
壮大な眺めを楽しみながら、大自然を満喫し、誰もが行ったことのない場所へ行ける。
「そんな、海の上を行くなんて危険な…………もしかして、メタル船舶で……!?」
「急激に進化している頑丈な船、それがあれば可能らしいわよ。まあ、海の上はさすがに危険でしょうけど、湖ならどうでしょうかね」
「彼はラピス様が戻ってくるまで……いや、動かないなんて保証はどこにもなかったですわね」
フロワースはウロウロと室内を歩き回りながら考え込む。
貴族の中には旅行を楽しみにしている層もかなりいる。
資産家の中には、空を飛ぶ竜車を所持している者もいる。
湖の上、ひいては海の上を自由に旅行できる物が出来たとしたら……
「経済がまた変動しますわね……」
「ええ、かなりのお値段でしたが……わたくしのように欲しがる人物はかなりの数に上るでしょうね」
「まあ居るんだろうね、そういった所に彼が。彼だけじゃない、彼の部下だって要注意だ。ラピス君が魔境に調査に行っているんだろう、僕は魔境の先に新たな文明を見つけて来たと言っても驚かないよ」
忙しなく考え込んでいたフロワースが止まる。
「大丈夫ですわ、私だって何が起こってもいいように手は打っています」
そう言うと部屋を出ていく。
暫くして戻ってきたフロワースは一人の男性を連れてきていた。
その男性がモブティの前に進み出る。
「王位継承おめでとうございます。これはお祝いの品でございます」
スーツケースのような物を机の上に置く。
カチリと開いたその中には――――ぎっしりと詰まった札束が入っていた。
「彼は?」
「アルギス・ファ・ゼラトース。クイーズ卿の実の父親ですわ」
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