レベル262

「まあ、かわいい! ね、抱いてもいい? いいよね!?」


 そう言いながらクイーズの母親である公爵夫人が、エクサリーが置いて行った双子の片割れを抱き上げる。

 その子は抱き上げられてキャッキャッと喜んでいる。


「まったくあやつらも、この俺に子守など出来ないと分かっていようが……」


 エクサリーとローゼマリアが祝賀会参加のため、急遽、子守を仰せつかったペンテグラムが呟く。

 二人の赤子を前に途方に暮れていた所、赤子の泣き声を聞きつけて、この夫人がやってきたのだった。

 ローゼマリアは、なんだかんだ言っても王家の血筋で滅びはしたが正当な王位者。


 その王国の騎士であったペンテグラムは、命令されればやらざるを得ないのあった。


 しかもこの双子は取扱注意の危険ブツ。

 傷一つでも付こうものなら、どんな目にあうか分からない。

 特に竜種であるホウオウは、双子の事を目に入れても痛くないぐらい可愛がっている。


 出ていくときも、何度念押しされたことか。


 さすがのペンテグラムも実態をもたないホウオウ相手では分が悪い。

 竜種はめったに子が生まれないため、そりゃもう甘やかし度合いが半端ない。

 あの暴れん坊のロゥリですら、子供達にはそっと触れる。


 それになによりあの腹黒ウサギ……


「クイーズから子供達を鍛えろと指示でもあればまた別だろうが……」


 あいつらが許してくれるかどうか。


「あら、それならいい考えがあるわ! 一人、こちらで住めばいいじゃない。二人いるんだからいいよね!?」

「ふむ……いや、あやつは分裂もできるし意味は……ないこともないか?」

「今頃、うちの旦那さんも男の子の方を貰えないかラピスちゃんと交渉中よ」


◇◆◇◆◇◆◇◆


「へえ……あなたが相談ですか?『敵』であるこの私に」

「おぬしの敵なのは私だけであろう。『ゼラトース家』についてはむしろ味方であると認識している」


 食えない人ですねえ、と、目を細めるラピス。

 そしてそんなラピスの前にいる人物、それは現ゼラトース家の当主、クイーズの父親であった。


「まずはこれを見てくれ」

「これは?」

「現在のゼラトース家の資産、及び状況だ」


 ゼラトース家は今、非常に微妙な立場となっている。

 竜王の庇護のおかげで、表立って攻撃を仕掛けられはしない。

 しかし、ゼラトース家を脅威と感じている者は少なくない。


 その筆頭が現ヘルクヘンセンの国王。


 このヘルクヘンセンではゼラトース家は一切手を出せなくなっている。

 ヘルクヘンセン以外でも、ゼラトース家が何かを成そうとすれば、世界規模で妨害が入る。

 『手を出さない』ということは『手を貸さない』ということでもあり、たった一人では何も成す事は出来やしない。


 このままでは、緩やかな衰退しかまっていない。


「それにしては資産、増えていますね?」

「このまま緩やかな衰退を、唯、指をくわえて黙っている訳にはいかぬ。幸い今なら十分な資金も持ち得ている」


 だが何事にも、裏道というものは存在する。

 ゼラトースの名を使わず、かつゼラトース家に関わりのない人物を使う。

 衰退してからでは遅い、資金の潤沢な今のうちに行動を起こさなければならない。


「工場設立に運輸業までですか……これじゃもう、貴族というより商家ですね」

「もはや貴族には拘らんよ。それは現王が復帰した時点で切り捨てた。私は次なる未来を見据えておる」

「ほほう」


 ラピスが感嘆の声を漏らす。

 今、ダンディが起こしている産業革命。

 その先にあるのは資本主義社会の台頭。


 それは貴族社会の衰退となろう。


 資金があるものが力を持ち、伝統と権威は失われる。

 性格は置いといて、時流を捉えるその力は本物であろう。

 まあ、お坊ちゃまをサクッと切り捨てたせいで、窮地に陥ったことは忘れてるのかなこのオヤジ、と思わないことはありませんが。


「しかし、そんな未来にどうしても必要なものが、一つだけ欠けている」


 ラピスの事を睨むように見据えてくる当主。


「そうそれは『後継者』である」

「……なるほど、お坊ちゃまを飛ばして、その次をいただきたいと」

「うむ、男児のほうを養子に貰いたい」


 ラピスが考えるしぐさをして当主に語り掛ける。


「それは私に言うセリフじゃありませんね。お坊ちゃまにお伺いしてください」

「当然、そうする。ただ、その前にそなたの理解を得ておきたいと思ってな」

「そんなことで、私なんかの理解は必要ありますかね?」


「そなたが望むかどうかで難易度は格段に違うであろう」


 全ての出来事は、このラピスの思い通りに進んでいると当主は睨んでいる。

 クイーズがここを出てから歩んできた道を辿れば、山あり谷ありの苦労の連続だっただろう。

 しかし、その全てはラピスにとって理想的な道筋ではなかっただろうか。


 まるでラピスこそが主人公のストーリーのように。


「ひどい言われようですね、私は常に『お坊ちゃまの為』にしか動いていませんよ?」

「本人の意思を差し置いてもな……今回の事はその『お坊ちゃまの為』になることだ」

「どうでしょうかね……ま、私は別に賛成も反対も致しません。その事は、お坊ちゃまとエクサリーの二人と相談なさってください」


「クイーズの為でなければ、その子供達についてはどうでもよい訳か……」


 ポツリとそうもらす当主。

 それを聞いてラピスの目がスッと細くなる。

 当主は慌てて付け加えた。


「子というのは親の一部。それに、万が一クイーズが居なくなれば、その子にお主は引き継がれるのだろう」


 ラピスが無言で当主に近づいていく。


「お坊ちゃまの子供であろうとも、それはお坊ちゃまではありません。お坊ちゃまの代わりなど、存在しませんよ」


 ――そうですね、万が一お坊ちゃまが居なくなったら……


「全てを壊してしまうかもしれません」


 そう耳元で囁く。


 驚愕の表情でラピスを見つめる当主。

 なにやら背筋に冷たいものが走る。

 この腹黒ウサギは……クイーズが居なくなれば……世界を滅ぼ……


「あら、本気にしましたか? 冗談ですよ、先ほどの意趣返しですね」


 そう言ってラピスは無邪気な笑顔を見せる。


「そ、そうか……」

「別に私は、あの双子をないがしろにするつもりはありませんよ。この家も、あなたさえも」

「そうクイーズが望む限り、か……?」


 その問いかけには何も答えず、ただ、微笑むだけのラピスであった。

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