レベル50

「私はクイーズに言っている」


 アポロの方は見ずに、ジッとオレだけを見つめてくるエクサリー。

 アポロがそんなオレとエクサリーの間に体をねじ込んでくる。


「……クイーズはあなたの物ではない」


 なんだか随分興奮しておられる。

 まるで二人の間で、バチバチッと火花が散って居るかのようだ。


「凄いッスねー、あの怖いエクサリーさんに一歩も引かないッスよ」

「アポロだって頑張っているんだから、引けないでしょうね」


 ちょっと止めてくれよそこの二人。

 ムリムリって首を振られる。


「……クイーズは、こんなちっぽけな店に収まる器ではない」


 ちょっとちょっとアポロさん! おやっさんも居るのにそんな事言っちゃダメですよ!

 そのおやっさんジッと腕を組んでウンウンと頷いている。あんたが頷いたらダメだろ!


「ダメなの? ここで私と一緒に、ずっとこの店で暮らしていくのはそんなに嫌な事なの?」


 いや全然嫌じゃないッス。むしろバッチ来いッス!


「……誘惑しないで。将来、クイーズが英雄となれなかったらそれは貴方の所為」

「……っ! でもっ、死んだら何にもならないじゃない!」


 珍しくエクサリーが声を荒げる。

 今にも泣き出しそうな表情だ。


「前回だって、今回だって、一つ間違えば死んでたじゃない! もし、王家が生命の雫を持ってなかったら? もし、ラピスの救出が間に合わなかったら? 死んでたんだよ! クイーズが!」


 それを聞いて悔しそうに唇をかみ締めるアポロ。


「……もし、の世界は現実にはありえない」


 苦し紛れに呟く。


「その、もし、な現実がこの先には訪れないとでも言うの!? それは冒険者をしていれば、この先何度も訪れるものじゃないの!」

「……っ! 何もして無い奴が言うな! 私はクイーズの為に一日たりとも修行を疎かにしてはいない! そんな、もし、が訪れない為に全力を尽くしている! 唯、愛されていると言うだけで、ぬくぬくと過ごしているお前とは違うんだ!」


 ハァッ、ハアッ、と荒い息をつくアポロ。


「アポロ……」

「うっ、がんばるッス……」


 エクサリーがとうとうアポロの顔を凝視する。

 一瞬、ウッと怯んだアポロだが、堪えて睨み返す。


「でも、今回、あなたは何の役にも立たなかった」


 いやそれは言いすぎ。

 アポロだって頑張っている、入り口の岩を粉砕したり、ドラゴンを凍らせたり。


 アポロの両目からポロポロと涙がこぼれ始める。


「…………確かに、私は無力だった」


 そう呟くと駆け出して行ってしまった。

 それを見たエクサリーの目にも涙が溜まる。


「私……こんな事言うつもりなんて……」


 そしてエクサリーもフラフラと立ち上がって部屋へ戻ってしまう。


「「「………………」」」


 残りの全員の視線がオレに集まる。

 どっどっど、どうしたらいいと思う!? 助けてラピえも~ん!


「誰がラピえも~んですか。どっちか選ぶなら今しかありませんよ?」

「そっ、そっ、そんな事言われても!」


 唯オロオロすることしか出来ない。

 心はエクサリーの元へ駆けつけたいと思っている。

 だがアポロだって放っておけない。オレの所為でこんなにも不幸にしてしまった訳だ。


 その時、パンパンと手を叩く音が聞こえる。


「どうやら意見は出尽くしたようだね。だったら逃げちゃダメだ。意見を出しつくした後は、これからどうするか相談しなくちゃね!」


 カシュアが、サヤラとティニーにアポロを連れ戻すように指図する。

 エクサリーには、おやっさんに連れて来るように言っている。


「えっ、でも帰って来るでしょうか?」

「クイーズ君が言いたい事がある、と言えば必ず帰って来るよ。時間はかかっても構わない、ここでずっと待っていると伝えてくれたまえ」


 なんだかカシュアの背後から後光が差しているような気がする。

 伊達に王子様やっていなかったんだな。

 オレは、なんまんだぶなんまんだぶと拝んで見る。


「きっ、気持ちわるっ。なんの呪文なの? ちょっとラピス君止めてくれないかな?」


 暫くしてエクサリーが戻って来た。座った後ずっと俯いている。

 それからさらに時間が経ってアポロ達も帰って来た。サヤラとティニーがしきりにアポロを励ましている。

 二人とも目が真っ赤だった。


「「「………………」」」


 なぜか全員がオレを見つめてくる。

 あっ、そういえばオレが何か言わないとダメなんだった。


「…………冒険者は今後も続ける」


 バッとエクサリーが顔を上げて、信じられないといった表情で見てくる。


「そしてオレは、必ずここに帰ってくる」


 次はアポロが顔を上げる。


「心配掛けて済まない、だけど、オレの帰る場所になってくれないか?」

「クイーズ……」


 オレはエクサリーの背後に回り、背中から抱きしめる。

 そんなオレの手をそっと握り締めるエクサリー。


「クイーズは必ず私の元に帰って来るの?」

「勿論だ! オレがエクサリーに嘘を吐いた事が有るか?」

「ふふっ、嘘ばっかりじゃないクイーズ」


 えっ、そんなに嘘吐いてたっけ?


「本当は貴族なのに前世から奴隷だって言ってたでしょ? どうみても人間なのにラピスの事モンスターだって言ってたでしょ? それと……」


 そう言って指折り数えていくエクサリー。

 ず、随分記憶力がいいのですね?


「だけど信じてあげる。だから、帰って来ないと承知しないんだから」


 そう言って振り返ったエクサリーは――――オレの唇に自分の唇をぶつける。


「私には待ってる事しか出来ない。アポロのように、クイーズの為に何かを頑張っているなんて、とてもじゃないけど言えない。だけど……クイーズを好きな気持ちは誰にも負けない」


 そう言うとしっかりとアポロを見つめる。

 アポロもその目をジッと見つめ返す。


「それでいいんじゃないかな。夫は戦場にあり、妻は平凡を守る。うん有名なセリフだね」


 戦争でささくれだった心を癒すのは、平穏な日常である。なんて言っている。


「これで一件落着だな。良かった良かった。でさぁ、さっき娘を連れて来るときに聞いたんだけどさぁ、クイーズ……婚約ってなんの事だ?」


 おやっさん! せっかく一件落着したのにさっそく次の爆弾を投下しないでくださいよ!

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