レベル3

「クイーズはずるい」


 仏頂面の少女が口をとがらせている。

 ちなみに、クイーズとはオレのことだ。クイーズ・ファ・ゼラトース、それがオレの正式名である。いやあった。今はただのクイーズである。なんせ奴隷だしな。家名なんて付く訳ない。

 そして、この少女はオレを買ってくれた主人の娘、親子で小さな道具屋を営んでいるそうだ。


 最初会った時はとても怖い顔で、オレを買ってきた親父さんに対し怒っているのかと思った。

 実は地顔だと聞いて、えっ、バカな……そんな般若な地顔がある訳が、なんて言って本当に怒らせたのは苦い思い出である。


「別にずるはしていない」

「でもスキルでしょ?」


 オレがスラスラと計算を解いているのを見てそう言ってくる。

 残念ながらスキルではない。経験だ。と言っても納得しないか。


「オレのスキルはコイツ」


『モンスターカード!』


 突然、何もない空間に3枚のカードが現れる。


「この中にモンスターを取り込み、使役することが出来る」


 だが残念な事が発覚した。

 3枚しかない。なにがって? カードだよ。

 3枚しか出なかったんだよカード!

 すなわち、3体のモンスターをゲットしたら終わり。……この先増えなければだが。増えるよね? 増えてよね?


「えっ、俺、計算系のスキル有るって聞いたら買ったんだが?」


 えっ、オレ、そんなこと一言も……もしかしてあの奴隷商人。


「たぶん、騙されたのではなかろうかと……」

「かー! マジか! いや、なんかそれにしては安すぎるとは思ったんだよ! なんたって相場の10分の1だったしな」


 親父さん……そこは、気づこうぜ。


「それにしては出来すぎてる」


 オレが解いた計算を見て娘さんが呟く。


「まあ、ほら、貴族だったから、それなりに勉強もしてたさ」

「えっ、貴族だったのか? にしてはやけに堂が入ってたが」


 なんのだよ? そんなに奴隷が堂が入ってた? バカな……確かに前世では、誰もが社会の奴隷のようなものかもしれないが……


「くっ、聞いて驚け、見て驚け、なんとっ、隣国ヘルクヘンセンの大貴族! 公爵家ゼラトースの長男、クイーズ・ファ・ゼラトースとはオレのことだぁああ!」

「そんな大貴族がなんでこんなとこにいるのよ」


 あっ、信じてないな、まあ、信じらんないよね。証明する手立てもないし。


「しかし敵国の貴族となると色々まずいな、そんなの匿っていると誤解されたら首が飛ぶ。普通の奴隷にしても半額ぐらいだったのはもしかして……」


 おやっさん……あんた商売向いてないぜ。


「ふうむ、今からでもへんぴ・」

「あっ、冗談す! オレ奴隷! 生まれた時から奴隷! 前世でも奴隷! 奴隷ハッピー!」


 もう2食、具なしスープは勘弁して欲しいっす。

 育ち盛りの10歳になんてもの食わすんだよ。背が伸びなくなったらどうしてくれる。


 お二人は訝しげな顔を向けてくる。

 特に娘さん、顔、怖いんであんま近づけないでくれないっすか?


「顔……怖い……」


 ちょっとショックを受けたような感じで、頬の辺りをグニグニ指で押さえている。

 笑顔でも作ろうとしているのだろうか。

 それを見て、娘さんの頭をグリグリしながら親父さんが言ってくる。


「エクサリー、おっと、この子の名前な。エクサリーの母親は王都を騒がせた盗賊団の団長だったんだよ」


 おっとぉ、とんでもない話頂きました。

 えっ、母親が大盗賊? 父親はおやっさん? おやっさん、しがない小さな道具屋っすよね?


「ああ、今はしがない小さな道具屋だが、親父から家を継いだばかりはそこそこ大きな商団を纏めてたんだぜ」


 で、商隊を組んで遠征途中にその盗賊団に襲われ監禁。

 団長に気に入られて致した結果、お腹に子供が出来たと。


「そりゃもう、男かと見紛うばかりの見た目でさ、ごっついのなんのって」


 よく致せましたね。


「いやあま、見た目はまあ、でも心は意外に乙女だったよ。初めて女だと気づいてくれた、なんて大層喜んでいたっけ」


 いったい何があったのか、聞きたいような、聞きたくないような。


「そんでま、エクサリーは母親の血を、多くひいちまったってことだな」

「母はたくさん罪を犯した。人だっていっぱい殺した。これはその報い」


 そう言って、自分の頬をグニグニと両手で揉みしだく。


「子が親の罪を償うなんて、そんな報いはないよ。報いっていうのはオレのようなことを指すんだよ」


 フィアンセにぶっ飛ばされて、親に勘当どころか暗殺されそうになって、盗賊に捕まった上に奴隷落ち。

 どんだけ落ちれば気がすむんだよって感じ。


「親に……殺されそうに……!?」

「それは本当なのか?」


 オレの話を聞いて絶句している二人。


「いったいどんな悪い事をしたの?」

「あー、そりゃあれだ、権力を傘に来て威張り散らしたり、持ってもないスキルを持っていると言って人をバカにしたりかな」

「それのどこが悪い事なんだ? そんなの貴族なら誰でもやっているじゃないか」


 ふむ、言われてみれば周りも同じような事やってたよな?

 いや、天啓のスキルがあるとか言って、王族まで巻き込んでやらかしたのはさすがにオレだけだよな。


「それって相手が悪かっただけじゃないの?」


 そうかも知れない。だけど、オレが調子に乗ってやらかしたのも事実だ。

 こんな事になったのは、それ相応の報いだと思う。


「そんな報いが有るのなら、貴族全部が奴隷に落ちないとおかしい」


 真剣な顔をしてそう言ってくるエクサリー。


「だからクイーズのそれは報いじゃない、ただ、運が悪かっただけ」


 どうやら慰めようとしてくれているみたいだ。

 確かに、顔は怖いが中身は優しい。

 そんな優しい言葉を掛けてくれたのは、こっちの世界では初めてではなかろうか?

 貴族の女性連中と言えば、口を開けば他人の悪口。あるいは小言。

 そう思うと、奴隷になった事も悪い事ばかりじゃないかもしれない。


「確かに報いじゃない気がしてきた。意味の有る転身、そう思ってもいいかも知れない」


 ここからもう一度、このモンスターカードのスキルを使って這い上がって、オレのスキルをバカにした奴を見返してやる。

 なんてストーリーもいいかもしれない。


「そうだよな、エクサリーのそれだって報いじゃない、きっと、なにか意味が有るはずだ」

「そ、そうかな? でも顔が怖くていい事なんてあるのかな?」

「ある! そうだな、たとえば、その顔が好きな奴とかな。エクサリーの運命の相手は、きっとその顔が好きな奴なんだよ!」


 一瞬、ポカンとオレを見上げるエクサリー。

 グッと親指を立ててニカッと笑ってやる。

 そんなオレを見てエクサリーは、笑った。確かに笑った。そしてその笑顔は何よりも誰よりも、かわいらしく見えてしまった。

 ヤバイ、オレがその運命の相手かも。


「ふむ、やはり母娘だなあ……」


 そう呟いたおやっさんがの声がやけに心に残った。きっと親父さんもコレにやられたのだろう。

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