第4話

目が覚めると、昼前だった。逆さまに見える青い空が眩しすぎてはっと起き上がった。時計を見ると11時23分。部屋には僕しかいなかった。やってしまった。そう思いながら台所へ駆け込むと、キッチンでお皿を洗っているアキがいた。

「おはよ、しゅう。朝ごはんつくったから食べて」

一応許可もらったから、と何事もなく皿洗いを再開する。

なにこの光景…?

許可って冷蔵庫の中のもの使ったり、キッチン使ったりの許可、っことか?

それはまあ、自由にどうぞって感じだけど。って、だめだろ、客人にそんなことさせるのは。僕はとっさにアキの腕を掴む。

「僕がやる。アキは座ってて」

恥ずかしかった。こんな汚くて狭いキッチンで僕は皿洗いをしているのかと。皿同士があたり掠れて鳴る音は、こんなにもみすぼらしいのかと。

そんなことをアキにさせているのがとても恥ずかしくなった。

そしてアキが来ているにも関わらずこんな遅くまで寝ていた自分にも嫌気がさす。

「いいよ、そんな、むしろタダで泊まらせてもらってるんだから、これくらいはやらせろ」

昨日も聞いたような言葉だ。

本当にいいのだろうか。だってアキは遠くからの長旅で疲れていて、慣れない場所で、こんな狭い家で…早く起きて食事を作るのは僕の仕事のはずなのに。

蛇口からサーと流れる水が、皿に付いた泡を押し流していく。ごぽごぽと排水溝に水が流れてゆく音がかすかに聞こえる。

「そうだよお兄ちゃん、アキさんのご飯美味しかったよ?」

見ると、オンラインゲームの勝利画面が映し出されたテレビを背にしてゆきがこっちを見ていた。

「そうそう、たまにはゆっくりする日があってもいいだろ」

アキは僕に片腕を掴まれたまま手についた泡を洗い流し、掴んだ僕の手をとってそのままテーブルへと誘導された。テーブルの上に置かれていたのはフレンチトーストだった。

女子か。

「ま、まあ…そこまで言うなら…」

僕がここで意固地になってもただの我儘みたいになってしまうのだろうか。

ゆきにまで説得されすっかり毒気を抜かれてしまった僕は、大人しくアキの作ったフレンチトーストを頂戴する。うまい。そう思いながらも、今日の夜はとびっきりのご飯を作ってやろうと心に決めた。

一通りの家事や身支度を終えて、アキに今日はどうする?と聞くと

「しゅうの地元巡りがしたい」

という意味が分かりそうで分からないお言葉を頂いたので散歩に行くことにする。

海にも行くことになり、タオルと空のペットボトルも持っていく。

「なんでペットボトル?何に使うんだ?」

「これは海行った時に足を洗う時用。海水をこのペットボトルに汲んで、砂を洗い流すんだよ」

そう説明すると、

アキはとても関心したように

「ほー」

と、言っていて少し照れた。

「あれだな、海の近くに住んでるからこその知恵だよな」

普通帰りのことまで頭に入れて海行かねえもん。と、なぜか興奮した様子のアキ、嬉しいのだろうか。

他に?他に持ってくもんは?と若干ウザイくらいに聞いてくる。

ゆきは昼から友達と遊ぶらしいので、一緒に家を出る。携帯ゲーム機を片手に走り出すゆきを見て

「やっぱり小学生って元気だよな。うらやましい」

俺より早く起きてゲームしてたんだぜ!?

やっぱりどこか嬉しそうなアキ。正直、アキと会うまでは会話をしていてもアキの笑った顔がよく想像出来ないでいた。文脈から感じ取れるのはせいぜいにやっとした不敵な笑みくらいだ。

だからこんな風に年相応なアキの笑った顔が見られて良かったと思う。

僕の住んでいる団地は長い坂を登った所にある。坂は急でのぼるのもくだるのもきついけど、そのおかけで海がよく見える。

「あそこに向かって歩いて行くんだな」

「そう、でもまずはこっち!」

団地から海へと1本につながる坂をすたすたと歩いて行くアキの手を引いて路地に入る。

この辺りに住む子供たちのオアシス的存在であるよしもと商店。

日用品から野菜、食料品とかもあるけど、子供たちはいつも駄菓子目当てで来ている。

こじんまりとしているけど長年続いてるお店で、いかにも「昔ながら」という感じがする場所だ。僕も小さい頃はよく妹と来ていたけれど、高校生になってからはそれも減り、夜ご飯の材料が足りない時に少し買いに来ることが多くなっていた。

それを少し寂しく思っていたから、今日は駄菓子を沢山買うためだけに来た。

アキは初めて見る駄菓子ばかりあるのか、

「これはどんな菓子?」

と何度も聞いてきた。3個入りの小さいチューイングガム、プラカップに入ったラーメンスナック、きなこが全体にまぶされた棒状のお菓子、唇の形をしたグミ、とにかくもう手当たり次第にカゴへと入れられてゆく駄菓子たち。結局、アイスとジュースも買って総額734円。この商店でこんな量の駄菓子を買ったのは初めてで驚いたけれど、アキはこんなに買ってもこの値段!?と安さに驚いていた。ソーダ味と謳われている水色のアイスは、木の棒が2つ付いているもので、真ん中で半分に割ることができるようになっている。これを割って2人で食べる。夏の終わりの炎天下、下り坂を歩きながら、アイスを食べる。この暑さではすぐに溶けてしまうので、お互い食べるのに真剣になり無言になり、僕は下を向きながら歩く。僕と同じくらいの背丈の影が少しうしろに見えて、変な気分になる。ん?昨日もこんな事考えてた?とふと昨日のことを思い出し、思わずふっと笑ってしまう。

「なに笑ってんの?」

アキが不審そうな顔をしてこちらをのぞき込んでいる。やばい、見られた。

「なんでもない!」

僕は少し走って道の脇にある自販機の横に置いてあるゴミ箱に食べ終わったアイス棒を投げ入れる。僕が今まで過ごしてきた夏、そしてこれから過ごす夏の中で、きっとこのとき、アキと過ごした夏が1番楽しくて、夏らしかっただろう。

一緒にいてそう思わせてくれるのはアキだけだ。

海に向かって走っている中、僕はそう思った。

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