第3話

寝返りを打って驚いたのは、そこにアキがいたからだ。そう、確かにここにいるのは、6年間ずっと電子画面だけを通して会話をしていた相手なのだ。そう考えると不思議でたまらない。家に帰ってから、夜ご飯のことを何も考えていなかったことに絶望し、家で留守番をしていた妹のゆきも含め3人でコンビニに食べ物を買いに行った。せっかくこんな辺鄙な田舎まできたのだから、ここにしかない特産品でも用意できたらよかったんだけど、それはおいおい、ということになった。家からコンビニまでは歩いて10分くらいで、さっき通りすぎたのにな、なんて話しながら向かう。ゆきがいると、さっきまで2人で歩いていた時とは雰囲気が全く違って不思議な感じがした。アキもゆきに対しては優しく、いいお兄さん風だ。ゆきを真ん中にはさんで、アキと僕でそれぞれゆきの手を繋ぐ。凹の形に長く伸びた影を見て、新鮮で少し変な感じがした。

「いらっしゃっせー」

入店音と共に聞こえてくる店員の気だるそうな声。この時間帯のコンビニはやけに混む。陳列されている商品もいつもより少なくて、ゆきはミートソースパスタを買い、炒飯とあとは揚げ物を幾つか買ってみんなで分けよう、ということになった。

「こんなとこまで来て、ありきたりな夜ご飯でごめんな」

僕は冗談交じりにそう言ってみる。美味しいものならここよりアキの住んでいる場所の方がはるかに多そうだ。

「いや、十分だよ」

アキは笑いきれない笑い顔で言う。

何が十分なんだろうか。僕にはわからない。

あとは宴用のお菓子とジュースとアイスをこれ以上ないくらい買い、レジに並ぶ。

「ここは俺が全部払うよ、これからお世話になるわけだし」

母に貰っているお金があるから大丈夫、とは言ったものの、頑なに譲らないアキ。

「いいよ別に、そんな気使わなくて」

「いいから、そのお金でうまいもん作ってよ」

なんか、あんまりずっと持っておきたい金でもないしね。

それはアキの独り言なのか、自分に問いかけるようにしてぼそっと聞こえたその声は、

「お待たせしましたー」

という元気な店員の言葉にかき消されてしまった。

家に帰り、大皿に揚げ物を並べ、パスタや炒飯を温め、少しだけ野菜を切ってサラダを作り、3人でテーブルを囲む。

コンビニで売られている商品はなぜかとても美味しく、とてもジャンクな味がする。良くないとは思っていても、コンビニでご飯を買う時はいつも高カロリーなものばかり選んでしまうのは僕だけだろうか。そんな話をしたら、俺もだよ、とアキが笑うのでやっぱり皆そうなんだと思った。

すでに夜ご飯でぱんぱんの腹を追い詰めるようにそのままお菓子も広げ、バラエティ番組を見たりしながら楽しい時を過ごす。

これ以上楽しい夜はないんじゃないかと思うくらい楽しくて、ずっと眠ることも出来なくて、ゆきがぐっすり寝たあとも2人で布団に横になりながら話をした。

「なんか、めちゃくちゃ楽しいな 俺だけかな」

「いや、僕もありないくらいたのしい」

「なあ、なんで今までこんな話なかったのに

急にしゅうのとこ行くとか言ったのか、理由とか聞かないのか」

「え、聞いて欲しいの?」

「別にそういう訳じゃないけど…気になんないのかなって」

「気にならないって言ったら嘘になるけど、無理に聞き出してまで知りたいことでもないし、来るって言ってくれて単純に嬉しかったから」

窓の外から夏の虫の音が聞こえる。

タイマーをつけた扇風機は首を回しながらやわい風を送り続ける。60分のタイマーが切れるまでに眠れそうにないので、タイマーを切る。

「やっぱ真剣な話を面と向かってするのは照れるな、しゅうだから大丈夫かと思ったけど」

「なんだよそれ でもまあ、確かにそれは分かる」

それからも話は尽きることはなく、結局母が帰ってくるまで話をした。

「あ、あなたがあのアキ君?

ちゃんと挨拶できなくてごめんなさいね」

夜に帰ってくる母は大抵酔っていて、強い匂いがまとわりついている。きっと後でまた母を見れば、あまりの顔の違いようにびっくりするだろう。

酔った勢いでマシンガントークをかます母をもう遅いんだからとなだめ、おやすみなさいと自室に戻る。

「楽しそうな人だね」

だいぶ引かれたんじゃないかと心配したけど、そうだ、アキは母という存在をあまり知らないんだった。僕は思い切って聞いてみる

「アキのお母さんはどんな人だったの?」

アキは仰向けで、目を瞑ったまま、ゆっくりと答えてくれた。

「もう、あまりはっきりとは覚えてないんだけど」

てっきりそういう事を話すのは嫌なのかと思っていたけど、ひとつひとつ遠い記憶を辿っていくアキの声は、絵本を読んできかせているかのように優しく、柔らかかった。

母はあまり料理が上手ではなかったこと、

のくせに誕生日には張り切ってケーキを手作りしてくれたこと、

鍵っ子だったけど、帰ってくるとたまに母が家にいることがあり、その時はいつもおやつを一緒に食べたこと、

多分、アキはもっといろいろ話していたと思うけど、僕が覚えているのはここまで。

アキの声を子守唄がわりに、いつの間にか寝てしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る