第2話

駅を出ると、生ぬるい風が体中にまとわりついてくる感じがした。

市で一番大きな駅前の癖に、蝉の声は街中で一番大きな声で聞こえてくる。

陽はほんの少し傾き、さほど高くもない建物の間から覗く空の下方は淡い橙に染まりつつある。

ここでアキが来るまでしばらく待たなければならない。まだまだきつく照りつける空の陽を見上げ僕は小さく溜息をついた。

アキが乗っているバスが来るまで、まだ1時間近くもあったが、さっきの汽車に乗らないと時間までに来ることができなくなってしまう。

もう馴れたけど、ここも田舎の悪いところだな、と思ってしまう。

このまま駅の前でずっと待っているわけにもいかないので、僕は駅に併設されている市民サロンに入った。中はもちろんエアコンがガンガンに効いていて、オアシスのような空間だった。

エアコン万歳。

僕はそこで何をするわけでもなく、ただ時間が経つのを待った。バスが来るまでほぼ1時間。時間の潰し方が良くわからない僕は、とりあえず鞄にたまたま入っていた、表紙の端が折れて跡になっている小説を取り出した。ページをぱらぱらと捲ってみるけど、文章が頭によく入ってこない。

時間があるのだからと腰を入れて読んでみるものの、結局10分も経たないうちに読むのをやめた。

諦めて、ぼーっと地元の名産品が紹介されている地上波番組の録画が永遠に流れているテレビを見ていると、4,5人の塊になったおばさん達が入ってきた。これは悪い予感がする…という僕の推理そのままに、やはりこの人たちの話し声は大きくて騒がしく、この空間は私たちだけのものよ、という主張をぎゃははという笑い声やばちばち手を叩く音でしてくる。まるで威嚇みたいだ。

心なしか、おばさんたちの熱気で涼しかったサロンの温度も上がってしまったような気がした。僕はたまらず、アキに報告する。

「駅の市民サロンで涼んでたら、

おばさん達のせいで気温が上昇したんですけど!?はやく来いよ」

いつものように軽い口調で文章を打ち、送信すると、すぐにふきだしの左端に既読の文字が付いて少し驚く。しかし、しばらく待ってもアキから返事が返ってくる気配が無い。何だよ、画面開いたまま寝落ちでもしたのかよ…。少し寂しいような、いや、腹が立ってきたような。

そういえば、僕達は対等なはずなのに、どこかアキの方が上手で僕が一方的に振り回されることが多い印象がある。

ただの会話に上手も振り回されるもないけど、とにかくそんな感じがして、これから少しの時間を同じ場所で過ごすアキのことを想像し、小さく溜息をつく。

ふと気がつくと、アキからの返信が来ていた。

「ごめん、ちょっと寝落ちしてた。

市民サロンって何?」

これだからシティボーイは…。

落ち込みと同時に呆れの感情も入り交じり、このままエアコンの効いた空間で、一向に迎えが来ず狼狽しているアキの様を見てやろうかとも思ったが、次のメッセージを読み、そんな考えも一瞬で忘れてしまった。

「それより、高速道路降りて市内っぽいとこに入ったんだけど、もうすぐだよな?」

本当に意図せず、自然と、顔が緩む。

そしてやっと、僕はアキと会えることを楽しみにしていたんだと気づいた。

アキに素っ頓狂なことを言われたのが夏休みのはじめ、そして今はもう夏休みも終盤のラスト1週間だ。それまでに僕達は綿密な話し合い、打ち合わせを何度もしてきた。それでもアキと会う、ということに対してあまり実感がわかなかったのだが、今になってようやくわいてきた。

「そうだな」

それだけ返事をして、僕は市民サロンを出る。

市民サロンの向かい側にあるコンビニで飲み物を2本買って、バス停の前に立つ。

実はこのとき買った飲み物は、袋に入れられたまま、水滴で濡れても、中身がぬるくなっても、フタを開けられることはなかった。

飲み物をスマートに差し出すのも忘れるくらい、アキとの6年越しの出会いに感動した、わけでは全くない。

夢中で2人、ずっと話をしていたのだ。

飲み物を渡すのも忘れるくらい、ずっと。

市内を走るバスに乗って家まで帰るつもりが、歩けば1時間30分程度で帰れるということを知ったアキが、歩いて帰ろうと提案してきたのだ。そしてその間、話が途切れることはなく、くたくたになった足で家に帰り、荷物を下ろしてようやく気づいた。

忘れていたことをアキに話すのは少し恥ずかしかったので、気づかれないようにそっと冷蔵庫に入れ、明日にでも渡してやろうと思った僕だった。

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