マッサージ 【休日編】
「…………んん」
甘い香りがする。身体を包むしっとりとした暖かさを感じながらゆっくりと目を開ける。
(ここはどこだろう……?)
「おはよう。目覚ましも使ってないのに、休みになると寝坊できるなんて便利な体質だね」
のぞきこんだ彼の顔に胸がきゅっとなる。そうだ、私たちは先週からこの部屋で同棲を始めたんだった。
「まあ、思ったより時間がかかっちゃったから、ちょうどよかったかな。起きて。ブランチが出来上がったところだよ」
そういう彼の顔から目線を下に動かすと、彼がエプロンを着けていること気づいた。胸に大きなハートマーク、その上に『YES』の文字。私が作ったエプロンだ。真面目くさった君の顔とあんまりにミスマッチで小さく吹き出してしまう。それから私は掛け布団を半分くらいどけて、両手を君に伸ばしながら言った。
「連れていって」
その意味するところを正確に理解して、君はすこしのけぞった。
「えっ、いやその」
「『キスとハグは拒んではならない』、でしょ?」
「これはハグなのか……?」
納得がいかないという風に呟きながら、君はベッドの横に膝をついて私のふとももの下に腕を差し込んだ。
「よい、しょっと!」
掛け声と共に身体が持ち上がる。私は肩に腕を回して、しっかりと抱きつく。お姫様抱っこというのは、じつは持ち上げられる側に技術がいる抱っこなのだ。身体が離れないようにしっかりと抱きつけば、モーメントやらなにやらの関係でそれほど大変ではないのである。
「では、行きましょうかお姫様」
君は、せいぜいカッコつけながら言って、振り返る。
「あ、マズイ!これじゃドアが開けられない!」
「まかせろ!ガチャン!」
リビングの椅子に座る。布団から出てしばらく経ったはずなのに、身体がぽっかぽかする。
(はしゃぎすぎちゃったな)
寝起きで頭が回っていなかったことと、目が覚めて最初に見えたものが君だったことと、その他いろいろのせいでテンションが上がってしまっていたようだ。落ち着いてみれば、お姫様抱っこはかなり恥ずかしい。テーブルにはグラタン皿に、プリンのようなものが入っている。さっきの甘い匂いの正体はこれだろう。他に、コショウを振って焼いた厚切りのベーコンと、レタスとキュウリのサラダが乗った皿がある。
「ブレッドプディング。1本買った食パンが余っちゃったからね」
「いただきます」
さくり、とフォークを入れて口に運ぶ。甘い香りが口いっぱいに広がる。牛乳と、卵、平たくいえばプリンの味がするのだけど、甘さは控えめで、優しい味だ。なるほど、これならデザートとしてではなく食事として食べられる。温かいプリンというのも、新鮮な感覚だ。
「午後はどこかに出かけようか?」
「別にいいんじゃないの?家でのんびりしてても」
向かいに座った君が少しけだるげに言う。
「せっかく一緒にいられるのにもったいなくない?」
「そうは言っても、これから先ずっと週末は一緒にいるんだしさ」
私は少し頬を膨らませた。どうにも、話は平行線を辿りそうだ。と、思ったとき、君が何かひらめいたように手を叩いた。
「そうだ!家でもできることをやろう」
——
「それで、マッサージ?」
「うん。平日の疲れをとっておかないとね」
君にベッドにうつ伏せになってもらいながら僕は言った。
「あー、そうだね。私けっこう肩凝るんだよね」
「ぶふっ!?」
少し身体を起こして、吹き出した私を不思議そうに見ながらユカが言う。
「いま、何か笑うところあった?」
「いや、なんでもない。なんでもないよ。うつ伏せになって」
ユカは腑に落ちないという顔をしながらも体勢を戻した。やれやれ、わざと言っているのか、全く意識していないのか、おそらく後者だろう。ユカは意図的に小悪魔な部分と、天然で小悪魔な部分が交互に顔を見せる。どちらも小悪魔なのだから始末に負えない。そんなことを、うつ伏せ寝になることで押しつぶされる豊満なものを見ながら、いや、見ないようにしながら考えた。
「じゃあ、始めるよ」
私は平静を装って肩に手をかけた。
(小さいな)
こんなところに『女の子』を感じてしまう。息を呑みながらも、肩を揉み始める。筋肉を意識して、硬くなっているところを探して。本人が言っていた通り、ユカの肩はかなり凝っていた。
「あぁ〜〜気持ちいい」
「でしょ。マッサージには結構自信があるんだ」
それを聞いたユカが抑え目に笑いながら言った。
「テクニシャンなんだ」
ゴリッ。
「いったぁ!!」
「変なこと言うから手が滑った。」
「うそ!絶対わざと!」
噛みつくユカを受け流してマッサージを続ける。背中、腰。筋肉をほぐし、滞ったリンパの流れを促していく。
「はい、おしまい」
そういって私は手を離した。ふう、我ながらいい仕事をしたと思う。ユカはぐーっと伸びをした後、身体をひっくり返して仰向けになった。
「こっちは揉まないの?」
「へっ!?!?」
揉むって何を!?その反応を見てユカは、悪戯っぽく笑いながら媚びるように言った。
「揉んでよぉ。気持ちよくして?」
意思に反して心臓がバクバクと騒ぐ。これは、どうやら揉まないとテコでも動かないつもりのようだ。私は震える手を伸ばして、へその左右の肉をつまんだ。ぷにん。
「違うっ!」
エビのようにとびのき、猫のように威嚇するユカ。そんなことを言われたって、他にどこを揉めというのか。
「じゃあ、次はお返しに私がマッサージしてあげる」
1分くらいして落ち着いたユカが、そういいながらベッドに横になるよう促す。私は、枕に顔を埋めるようにしてうつ伏せになる。そしてユカが私の腰の上に座る。ユカの丸く大きなお尻が私の上に乗っていることは、意識しないようにしないといけない。頭が沸騰しそうになるから。ユカは数十秒私の上で止まったあと、身体を重ねるように私の上に横になった。チュッという音が耳元で響く。ユカの唇が耳たぶに触れた。
「これは……マッサージじゃない……」
枕に顔を強く押し付けながら抗議する。
「そう?じゃあ、キスだよ。暫定十戒その3だもんね」
そう言ってユカは耳キスを続ける。声が、息が、耳に入ってくる。甘噛みされて、咥え込まれて、耳穴を舐められる。
「耳、敏感なんだ。身体、ビクンビクンって反応してるよ?エッチだね」
からかうようにユカが言う。私は、顔をくしゃくしゃにしながら快感に耐えることしかできない。だって、ユカの体重を感じながら、胸を背中に押し付けられて、いやらしい水音を立てながら敏感な部分を舐められて……こんなのもう実質エッチじゃないか。エッチは夫婦になってからなのに。
「このくらいにしておいてあげよっか。あんまりいじめるとかわいそうだしね」
そういうとユカは身体を起こした。地獄のような快楽から解放されて、感情がぐちゃぐちゃになって泣きそうだ。
「じゃあ、今度こそマッサージしてあげるね」
そう言ってユカは肩揉みを始めた。細い指、自分のものではない体温。マッサージに自信があると言ったけれど、ユカもなかなか上手だった。さっきまで全身に力をいれていたせいもあって、一気に身体が緩んでいく。ユカの手がだんだん降りてくる。
「背中、大きいね」
もまれて、さすられて、ほぐれていく。
「いくつか元気になるツボも押しておこうか」
そう言ってユカは、ちょうどへその裏側あたりの腰を、両手の親指で押した。
「はい、おしまい。どう?疲れは取れた?」
ユカがそう言ったのは10分以上後のことだった。マッサージした時間より、された時間の方が長くなってしまったかもしれない。
「うん。かなり癒されたよ」
私はそう答えた。本当は、最初のくだりがなければもっと疲れが取れたのにと思っていたけれど。
1時間後。
「いい加減観念して出てきなさい。流石にこの長時間トイレは無理があるでしょ」
「わかってて言ってるよねそれ!」
私はトイレに篭城していた。身体が熱い、息が荒い。そして
「俺の身体に何をした!!」
あれから1時間勃起が治らなかった。
「…………いや〜、ほんとに効果があるんだね。回春マッサージ」
「君って人は本当に!!!」
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