第14話 寝袋
「私ね、気づいたの。今がとっても楽しくて、幸せで、私たちの関係が、このままでずっと続けばいいのにと、心のどこかで思っていた自分に……」
婚約者のユカが、目を閉じながら、噛みしめるようにいう。
「でも、それじゃやっぱりイヤなんだ!私は、君とエッチがしたい!最近、攻めが甘くなってたけど、今日は過激に攻めちゃうから!!」
決意に満ちたまなざしで君はそういった。
「……それがどうしてこうなるのか。コレガワカラナイ」
私は、かなり脱力しながら言った。
状況を説明しよう。ここは寝室。私はお風呂から上がって、あとは眠るのみだ。そして目の前にはユカ。床の上にユカ。ユカは寝袋から顔だけ出している。寝袋。あの寝袋だ。キャンプとかに使うヤツ。一見するとカフカの『変身』じみた巨大なイモムシにしか見えない。露出も無いに等しいのに、これのどこが過激というのか。けれど、ユカは不敵に笑う。
「ふふふふふ……」
そして、爆弾級の発言を投げ込んだ。
「中はすっぽんぽんです」
「どうしてそうなるんだ君はー!!」
私は一気に赤面した。たしかに、ちらりとのぞく肩は裸だ。それに、見まわすとユカが脱ぎ捨てたであろう下着とルームウェアがあちらこちらに散乱している。つまり、あの中には生まれたままのユカが……
「むふふ。顔、真っ赤になってるよ?ナカ、見たいんだね。強がってても体は正直だね」
ユカが、わざわざいやらしい言葉遣いで私を煽る。私ははぁぁと大きく息を吐いてしゃがむ。それから、床に落ちたルームウェアを拾い、そでを畳んで、
「すうぅぅぅ」
それを顔に押し当てて息を思い切り吸い込んだ。
「な!本人の前で脱いだ服嗅ぐとか!なにしてるのヘンタイ!!」
今度はユカが顔を真っ赤にする。寝袋から腕を出してぶんぶん振って抗議するも、裸だから出てこられない。この状態なら私はやりたい放題だ。まな板の上の鯉だ。
「いや、全裸寝袋イモムシにヘンタイと言われてもな。むしろそっちが完全変態だろ」
こっからサナギになって、蝶になるのかな。私は、まだ温もりの残るルームウェアに頬ずりをして、それから落ちてる下着に手を伸ばした。
「パンツ嗅いだら君のことキライになるから!!」
その声を聞いて、ルームウェアの上にパンツを置いた私の手がピクッと止まった。そして、大きなため息をつく。
「嗅ぐわけないだろ。ひとをなんだと思っているんだ」
……危なかった。さすがに今ユカに嫌われたら立ち直れない。
手に持ったルームウェア他を洗濯カゴに放り込んで、寝室に戻る。ユカは依然として寝袋の中にいた。まあ、裸だから出てこられないのだけど。
「馬鹿なことやめて出てくるんなら新しい服入れてあげるけど」
「まだ……まだだよ。この『寝袋大作戦』の恐ろしさはここからなんだから」
ユカは涙目でそういった。恐ろしいのか、これは。そして『寝袋大作戦』という名前だったのか。
ユカは、一度咳払いして、息を整えた。それから私を見上げながらいう。
「暫定十戒、その5を覚えてる?」
「『特別な理由なく別のベッドで寝てはならない』」
ユカは私の返事に、我が意を得たりという顔をして続けた。
「そう!そして寝袋は一種のベッド!つまり君は、この中で一緒に寝ないといけないのです!」
そう言ってユカは『さあ!どうぞ!』とばかりに寝袋の口を広げた。
「はぁ」
私はユカの横にひざまずいて、背中と太ももの下に腕を差し込む。
「!?」
「よいしょ」
膝を使ってユカを持ち上げ、ベッドの奥に置いた。
「はい、これで同じベッドだね。もう寝るよ。」
そういって私は電気を消してベッドに横になった。無論、ユカには背中を向けている。ふと、ユカがさっきから何も言わないのが気になり、私はユカに訊ねた。
「どうかした?もっと悔しがるかと思ったけど」
「……裸でお姫様だっこされちゃった」
「寝袋は裸じゃないだろ!」
私は噛み付くように言う。
「私は裸だもん。裸だから、寝袋が恥ずかしいところにこすれて……」
ユカが私の背中に抱きつき、私の心臓は飛び跳ねた。
「スイッチ、入っちゃった……」
ユカの細い指が肌着のしたに入ってくる。チュッとうなじにキスをする。
「約束、守るから……君に触れさせて?……ね?」
君の手が、僕の形を覚えようとするように肌をなで、まさぐる。耳たぶをくわえ、甘噛みする。おもわずビクッと体が痙攣する。けれど、ユカはそれをからかうでもなく、僕をむさぼり続けた。君の口から溢れる
「好き……好き……」
という言葉が耳から脳に直接流し込まれて脳が溺れる。脇腹を胸をなでる手がくすぐったくて、時折敏感な部分をかすめて。剥き出しになった背中に胸が押し付けられるのを感じる。ふわふわとした柔らかさだけでなく、先端のかたさまでありありと。
(やばいやばいやばいやばいやばい)
私は熱い息を吐く。今、ユカは寝袋からどれだけ出ているのだろう。もうほとんど羽化しているのではないだろうか。気になっても、振り返ればそこは深みだ。絶対に戻っては来られないだろう。寝返りを打とうとする体を全霊の意志力で抑え込む。でも、これはダメだ。キャパシティを超えている。気持ちいい。だめ……
「ん、んん」
……いつの間に寝ていたのだろう。いや、本当に寝ていたのか?気絶していたという方が正しい気がするのだけど。朝の気配の寝室の中、僕は眠る君の腕をほどいて上体を起こした。それから、反射的に君の方を振り返る。そして、カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされた君をみた。穏やかに眠る君はへそから上が寝袋からはみ出していて、まるで人魚姫のようだった。
「……顔を洗うか。」
僕はユカに毛布をかけると、洗面所に向かった。それから蛇口の下に頭を突っ込み、水を出す。何度か手で顔をこすり、気がついた
「違う。こういうことじゃないな」
顔の洗い方も分からなくなるなんて、私もずいぶん混乱してるな。
「あの……」
頭をバスタオルで拭いていると、いつの間にか背後にユカがいた。ユカはパジャマを着ていた。下着をつけているかはわからない。
「……みた?」
ユカの質問に私は目を泳がせる。けれど、隠し事をしてはいけないのが私たちのルールだ。
「……へそまでは」
「うううぅぅ!!」
ユカは赤面し、顔を覆ってへたり込んだ。
「……恥ずかしい。もうお嫁にいけない」
……………
「いや来るんだが!?」
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