第13話 メイド服

「おかえりなさいませ!ご主人さま!」

 白のヘッドドレス。モノクロのエプロンドレスに、くびれを出しながら胸を強調するコルセット。サイハイソックスの上からのぞく絶対領域をミニ丈のスカートのレースが彩る。今日の私は、男の子の三大欲求がひとつ、『メイドさん』だ!

「着替えなさい」

「未だかつてない塩反応!?」

 帰ってきた君は鞄を玄関に置いて、深いため息をついた。それから、私の横を素通りして、ローテーブルの前にクッションをふたつ並べた。

「食事の前に、少し話をしようか」


「君がこれからなるのは、僕の妻だ。僕のメイドでも家政婦でも召使いでもない。僕も、君の夫にはなるけれど、君の主人にはならない。僕たちの間に上下はない。僕たちは、互いに対等な立場で支え合うパートナーだ。冗談でも『御主人様』なんて言うもんじゃない」

 正座で向かい合って座ると、遊びのない目で君は切々と語った。

「あ、あぁ……うん」

 私は気勢を削がれて、曖昧な返事をした。君の言うことは正論だった。正しいから、反論はできない。でも、悪ふざけと下心でメイドコスをした私にぶつけるにはちょっと重すぎる正論だった。

「わかってくれた?じゃあ、着替えてきて」

「むう……いつも私のお願いばっかきいてもらってるから、たまには君のお願いを聞きたかったのに」

 せっかく買ったメイド服が惜しくて私はむくれる。私の言葉を聞いて、君は頭からハテナマークを飛ばした。

「そうかい?そんなことないと思うけど」

「そんなことあるよ。背中流してもらったり」

 私は指を折りながら君がこれまでに聞いてくれたお願いを数える。

「下着を見てもらったり」

 君の目が丸くなる。

「一緒に脱衣ババ抜きしてくれたり」

 君の顔が赤くなる。

「耳かきさせてくれたり」

 手があわあわしてきて。

「キスしたいときにはキスさせてくれるし、ハグしてって言えばハグしてくれるし。それなのに君は……」

「ま、待った!そう列挙されるとなんかすごく恥ずかしい!!」

 両手で顔を覆いながら君が叫んだ。乙女かよ。でも、有効打が入ってるな。私は、追い討ちに君の胸元の服を握りしめて上目遣いで言った。

「ご主人さま……私がして差し上げられることはないのですか?私は、ご主人さまの喜ぶ顔が見たいんです……」

 真っ赤だった君の顔がもう一段階赤くなって、耳から湯気を出しながら君は叫ぶ。

「だから!そういうことは夫婦になってからだって言ってるだろ!」

 語るに落ちる。

「ぷっ!」

 私は思わず噴き出すと、胸から離れて君の肩にしなだれかかった。

「そういうことってなんのこと〜?私は別に、エッチなことしてあげるなんて言ってないけど〜?」

「なっ!?」

 君がのけぞりながら目を丸くする。そう、私は『君のお願いを聞きたい』とは言ったけれど、『エッチなお願い』には限定していない。君が勝手にエッチなことを連想したのだ。

「そっかそっか〜、君は私にエッチなことをして欲しいのか〜。ご主人さまはエッチだなぁ」

「だああああ!」

 あらわになった隙を容赦なくいじると、君は叫びながらテーブルに突っ伏した。

「なはは、ごめんごめん。からかいすぎちゃったかな?で、何か私にしてほしいことはないの?エッチなこと抜きで」

 私もテーブルの上に身を乗り出しながら、君の耳元で囁いた。君は、顔を腕で半分隠しながらこちらを向く。キスできそうなくらい顔が近くて、君のまつげが見える。

「そう言われても……。一緒にいられるだけで充分に幸せだしな——」

 ああ、君は私のことが大好きすぎる。そんなんだからこっちの顔が赤くなるようなそんな言葉がさらっと出てくるんだ。私が息を呑んでいると不意に君が立ち上がって、手を打って言った。

「そうだ!あれがあった!」


「物持ちいいんだね。結構古いゲーム機なのに2つも」

「名機だからな。昔はこれで随分遊んだものだよ」

 収納の奥から取り出したのは、かなり旧型の携帯ゲーム機2つと充電器、それと、ゲームソフトをひとつ。

「それで、何をするの?」

 セットアップをする君に私が尋ねる。

「『ふたりではるかぜ』」

「『ふたりではるかぜ』?」

「うん。ちょっと変わった協力プレイでね……」

 そう言って私に片方のゲーム機を渡す。軽快な音楽とともにタイトル画面が表示されている。

「1Pの側にしか画面が出ないんだ。」

 君が自分で持つゲーム機の画面をこちらに見せた。こちらには、ちょうど私たちと同じようにひとつずつゲーム機を持って遊ぶ2人のキャラクターが映っていた。

「今日は、ユカが1Pをやって。私がヘルパーをやるから」

 そう言って、君は私の隣に座って私の画面をのぞきこむ。肩が触れ合う。

 ……

「大丈夫、大丈夫。飛べるから慌てないで」

「よし!爆撃爆撃爆撃」

「ちょ!今すっぴんビームはやめて!」

「これがラスボスだ。落ち着いてやれば勝てるよ!」


「終わった!あっという間だったねぇ」

 最後のボスを城から放り出して、主人公が終わりのプラカードを掲げたところで私はゲーム機を置いた。

「そうだね。楽しかった。……僕は、これからもこれがしたいんだ」

 君が、心の底からといった様子でしみじみと言う。

「え?レトロゲームが?」

 私が首をかしげると、君はふふっと笑う。

「そうじゃなくてね。ユカと寄り添って、同じものを見て、笑いながら、助け合いながら生きていきたい」

 君は、まっすぐに私を見つめながら言った。

「そっか…うん、私も同じ気持ちだよ……」

「ユカ……」

「ところで、さっきは何を考えてあんなに顔を真っ赤にしてたの?」

「いい話で終わりそうだったのに言わなきゃダメですかねそれ!?」

 私が蒸し返すと、顔の赤さが帰ってきた。

「ダメだよ。気になるもん」

「もんじゃない!」

 拗ねたように顔を背ける君に私は抱きつく。

「むー。暫定十戒その7!」

「あ、あう……」

 君は弱々しい声を上げた。『互いに隠してはならない』というこの約束がある限り、弱味を見せた時点で詰んでいるのだよ、ふふふ。君はあーとかうーとか言いながらためらって、それから意を決したように言った。

「あー!もう!わかったよ!俺は[この部分はユカの検閲により削除されました]」

 私は腰が抜けて後ろに転んだ。今度は私が真っ赤になる番だった。熱い頬を両手で押さえる。

「へぅっ!?そ、そっか、君はそんなことを……。い、今は無理だけど!心の準備ができてないけど、君のお嫁さんになったら!ちゃんとしてあげるから!」

 そう言って、私は力が入らない足腰に鞭打って立ち上がる。それからよろめきながら寝室のドアのドアノブにしがみつく。

「着替えてきます!」

 あんなこと考えてる君の前でこんな服を着ていたら、すごくすごくすごく危ない。

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