第11話 セーラー服
「ただいまー」
「おかえりなさ〜い」
ずいぶんと慣れてきたこのやりとり。私が靴を脱いでいると廊下の向こうから、おたまを持ったセーラー服の少女が現れた。
……出る作品間違えたか?私?
いやいやいやいや、ないな、それはない。さすがにうっかり作品の壁を超えてクロスオーバーするなんてことはないな。
「すいません、部屋間違えました」
「間違えてないよっ!?」
頭を下げて、後退して部屋を出る私を、セーラー服の女の子の声が追いかける。ガタン、と戸を閉めて私は首を傾げた。はて、表札の名前も、部屋番号も間違いなく私の部屋だ。もう一度部屋に入るが、セーラー服の女の子はまだいる。
(見間違いでもなかったか)
私は顎に手を当てて考える。高校生にこんな知り合いはいなかったはず。知り合いがいたとして、私の家に勝手に上がって夕食を作っているなんて不可解だ。そんな私を見て、セーラー服の女の子は居心地悪そうにしている。よく見るとその顔は、恋人のユカにそっくりだった。そうか!
「ユカの妹ちゃん!」
「本人だから!!!」
本…人…?特大の疑問符を頭に浮かべる私を前にして、セーラー服の女の子は頬を膨らませて、みるみるうちに不機嫌になった。
「どうせ『その歳でセーラー服?うわキッツ』とか思ってるんでしょ」
そこでようやく私は今の状況を理解した。慌てて靴を脱ぎ捨てて、ユカを抱き寄せてなだめる。
「大丈夫!もう完全に女子高生だから!なんなら女子高生にしか見えないから!」
「それはそれでなんか複雑……」
そうは言いながらもなんとか機嫌は直ったように見える。
「ところで、おたまを持っているけど何か作ってる途中じゃなかったの?」
「ああっ!味噌の香りが飛ぶ!!」
そう言ってユカはスカートひらり翻しキッチンへ戻っていった。
「これが実家から?」
「そう、それで懐かしくなっちゃって。その頃の制服を引っ張り出して着てみたの」
そういいながらユカが広げるのは高校の卒業アルバムだ。私も卒業アルバムは持っていたはずだけれど、実家に残っているだろうか?
「ほら、これが私」
そう言ってユカが写真を指差す。ちょうど今と同じ服装のユカが、アルバムの中で少し硬い笑顔で笑っていた。
「ほんとだ。今より少し幼く見えるね」
「部活はテニスで、三年間保健委員をやってたんだ」
そういいながらユカはページをパラパラとめくって、末尾の寄せ書きを開けた。当然といえば当然なのだけれど、私の知らない名前が並んでいる。
「懐かしいな。みんな今頃どうしてるかな」
ユカが名前をひとつひとつ指差しながら思い出を話す。出会う前の君のことを。私が知らない君のことを。当たり前のことなのに、すごく痛い。
「この頃からこんなに可愛かったんなら、かなりモテたんだろうな」
自然と口から転がり出た言葉に、私は表情に出さずに驚いた。何故ひとは、時に一番深く傷つきそうな問いを投げてしまうのだろう。それを聞いたユカは照れたように、戸惑ったように眉を下げながら言った。
「そんなことないよ。浮いた話なんてひとつもなかったし」
「なら、相当数の男子が想いを秘めたまま卒業していったというわけだ。罪作りだな、君は」
私の言葉を聞いて、ユカは少しムッとしたように言う。
「何もなかったって言ってるでしょ。なんでそんなこと言うのさ?そんなこと言うんなら、そっちはどうなの?かなりモテたんじゃないの?」
「このツラでか?」
「いや、どのツラよ。言っておくけど私、君の顔も結構好きなんだけど」
ユカの言葉を聞いて、私は小さくフッと笑った。ユカの眉間に皺が寄る。
「なーんにもなかったよ。ええ、なんにも」
それを聞いたユカが、フフッと笑う。私の笑いよりもずいぶんと温かい。
「それでいいんだよ、きっと。私たちは恋愛小説の主人公じゃないんだから。ドラマチックな恋なんて、実際には滅多にないからドラマになるんだよ」
そう言って、私の肩に頭をこつんとぶつける。
「それでも、ちょっとだけ主人公になってみない?」
「それは、どういう?」
「ふっふっふー」
含みをもった笑いを浮かべながらユカは私から離れる。そして、なにやら紙袋を取り出した。ガサゴソと中を探る。嫌な記憶が頭をよぎる。自慢気な顔でユカが取り出したのは…
「じゃーん!」
学ランだった。よかった、今回は常識的な中身で。ちなみに学ランのランはオランダの蘭という説が有力である。
「これを着てね、学生時代の告白を体験しようという寸法、です!小道具にラブレターも用意したんだよ〜」
楽しげにユカが言う。なるほど、これはそういう趣向だったのか。
「いいけど、私の制服はブレザーだったんだよな」
私は学ランを受け取りながら言った。
「そっか、じゃあ君の学ラン姿を見たことがあるのは私だけってことになるね」
「?まあ、そうなるか……」
言葉の陰に何か後ろ暗さのようなものを感じて私は首を傾げた。間違ったことは言ってないのだけど。
「ほらほら、早く着替えてきて」
「わかった、わかったよ」
ユカに背中を押されて部屋をでる。それから私は学ランに着替えた。第1ボタンにホックまで着けると、少し窮屈に感じる。
「着替えたよっと」
「んふふ、似合うよ」
入ってきた私をみてユカは笑いながら言った。頬が熱くなるのを感じる。
「今、『うわ、この年齢で学ランとかキッツ』って思ったでしょ?」
「ごめんね?ちょっとだけ」
「容赦がないな!?」
怒る私をみてユカは腹を抱えて笑った。
「ごめんごめん。でもちゃんとカッコいいよ」
それから、気を取り直してユカがいう。
「じゃあ、ここは夕焼けの教室。君は私に呼び出されて来たっていう設定で!用意、アクション!」
勢いがすごい。もう始まるのか。
「先輩、来てくれたんですね」
私は先輩なのか。いや、年齢的にはそうなんだけど。いつのまにか、ここは夕日が差し込む教室で、目の前には恋する乙女が立っていた。その手にはハートのシールで閉じられた封筒がキュッと握られている。
「先輩、私……先輩のことがずっと好きでした!受け取ってください!」
そう言ってユカはラブレターを突き出す。俺はそれを受け取って、頭をかきながら言った。
「ありがとう、すげー嬉しい」
ユカは顔を真っ赤にして俯いた。
「あの、先輩は私のこと、好きですか?」
「ああ、俺もユカのことがずっと好きだった」
ユカが笑顔で顔をあげる。目尻には涙が溜まっている。ユカは俺の右手を取って胸に導いた。
「先輩、私の気持ち、感じてください。こんなにどきどきしてる」
確かに早鐘を打つ鼓動も感じるけれど、柔らかさでそれどころじゃない。真っ赤になった俺の顔を見て、ユカはスカートをキュッと握った。
「私、先輩なら、いいですよ」
そう言ってユカは、スカートをゆっくりとたくし上げる。ささやかなレースがついた白のショーツが露わになる。心臓が一度キューッと縮まって、それから高速で動き出す。頭が真っ白になる。もう目の前のユカのことしか考えられない。私のことを受け入れてくれる、私が好きな人が目の前にいる。鉄の匂いがする。
「ってちょっと!鼻血出てるよ!」
指摘されて初めて気がついた。慌てて垂らさないように上を向く。
「上向かない!座って顎引いて小鼻押さえて!」
近くにあった箱からティッシュペーパーを3枚取って私に渡す。私は指示に従って鼻を押さえた。ユカが、ポリ袋に氷水を入れて持ってくる。
「これで鼻を冷やして」
「ありがとう。鼻血なんて何年ぶりだろ」
私がそう言って受け取ると、ユカは私の隣に座ってため息を吐いた。
「どうかした?」
「別に。今夜もまたえっちできなかったなって思っただけ」
私は苦笑いした。確かに魔法は解けてしまったという感じがする。ここはもう夕焼けの教室ではなくて、私たちの我が家だ。
「でも、今回はかなり危なかったと思うよ。我ながら」
私がそうフォローするとユカはぷいと顔を背けた。それでも隣に座っている。君が隣にいるだけで、僕にとっては充分にドラマチックで、それだけで僕は主人公になれると思った。
数分経つと、鼻血は止まった。
「ところで、さっきのラブレターって中身あるの?小道具って言ってたけど」
私はポケットから取り出したラブレターを開封しながら言った。ユカがビクーンと飛び上がる。
「今読んじゃダメーー!!」
飛びかかって来たユカをひょいとかわして私は手紙を開いた。手紙を読んだ私は、思わず綻んでしまった。さて、何が書いてあったと思う?
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