第10話 ニットワンピース
「な、なんて格好してるんだー!!」
今月に入って何度目か、私の叫び声が部屋に響く。
「お、落ち着いて。今日はそんな反応するほどの服着てないよ?」
そんな私を見て、婚約者のユカは困惑して言った。
「……そうだね、ごめん。なんか、条件反射みたいになってた」
改めてユカの姿を見る。今日のユカは、白のリブニットワンピースを着ていた。いわゆる縦セタだ。別に胸も背中も開いていないし、うさ耳も尻尾も付いていない。全然普通のワンピースだ。強いて言うなら、伸縮性がいい生地がユカのメリハリあるボディラインを強調していること、かなり短いスカートから白い太ももがきわどいところまで見えていることはセクシーと言えるだろうか。
「ほら、そんなとこでボーっとしてないで。早く入ってきなよ」
そういってユカは私の手を引く。前かがみになり、胸が揺れる。手のひらの柔らかい感触を感じながら、私の脳裏には(感覚が麻痺してるだけで充分エッチな格好なのでは?)という疑念がよぎっていた。
「さあ、おいで」
夕食を食べ終えてひと息ついていると、ユカが言った。正座をしながら、太ももをポンポンと叩いている。
「それは、何?」
「何って、膝枕だよ」
それからユカは含みのある笑いで続ける。
「君が膝枕好きなのはすでに割れているんだよ。観念して膝枕されなさい」
取り調べをする刑事のような言い回しだな。
「なっ!なぜそれを!そんなことユカに言ってないよね!?」
図星を突かれた私にそれを突っ込む余裕は無く、追い詰められた犯人のようなリアクションをしてしまった。大袈裟に仰け反る私をみてユカは目を丸くした。
「なんでって、そりゃ、7話——」
「7話?」
「好きな人のことだもん、わかるに決まってるでしょ?」
ユカは何かを言いかけて、言い直した。7話ってなんのことだろう?
「そんなことより、膝枕。するの?しないの?」
ユカが上目遣いで急かすように言う。私はユカの太ももを見た。白くて、肉感のある太もも。生脚。心臓がドクンと跳ねる。私は膝枕が好きだ。ユカに膝枕してもらったら、絶対に気持ちいいだろう。けれど、だからこそ膝枕されてしまえば私は“その先”に進むことを止められないのではないだろうか……
「はい、いい子いい子」
太ももに乗った私の頭をユカが撫でる。膝枕の誘惑には勝てなかったよ……
「ふへへへ」
あ〜〜これすごい良いわ。柔らかさと程よい弾力、きめ細やかな肌のすべすべとした感触と体温がダイレクトに感じられる。感触をもっと味わいたくて、思わず頬ずりする。
「んふふ、くすぐったいよ」
笑いながらユカが言う。
「じゃあ、耳かきしようか」
見上げると、ユカがどこかから取り出した耳かき棒を右手に持っていた。
「え゛っ」
「どうしたの?耳かき嫌い?」
ユカが首を傾げる。
「嫌いじゃないんだけど、苦手というか……ひとに耳かきされると、こう、ぐぇってならない?ぐぇって」
「あー、わかるかも。奥の方を耳かきされるとなるよね。……ぐぇってならないように気をつけるから、耳かきしてもいい?」
ユカがねだるように言う。私はこわごわとうなずいた。
「ありがと。じゃあ、穴に入れるね」
ティッシュを2、3枚傍らに置き、ユカは耳かきに取り掛かった。短く持たれた耳かき棒が、耳のごく浅いところをこする。かりかり、かりかり。
(ああ、これは……)
強張っていた肩の力が抜ける。表情筋含む全身の筋肉がゆるむ。多分いま、ユカに見せられないような蕩けた顔をしている。
「どう?気持ちいい?」
「うん」
ユカの問いかけに、自分でも驚くほど甘えた返事がこぼれた。
「そう。よかった」
そういって、耳かきをもう少し奥に入れる。取れた耳垢をトントンとティッシュに落とす。
「膝枕って言うけど、どちらかといえばももまくらじゃない?膝枕だと、ゴツゴツしそう。言いづらいけどね、ももまくら。ももまくら耳かきとか、もう早口言葉でしょ」
ユカの言葉を聞き流す。頭の処理能力のほとんどは耳かきの快感を味わうために使われていた。
「耳かきじゃなくて、耳揉みの方がもっと言いづらいか。ももまくら耳揉み」
「耳揉み?」
耳慣れない言葉が耳に残って聞き返す。
「知らない?耳揉み。こうやって……」
ユカが一度耳かき棒を置いて、右手で耳たぶをつまむ。
「くにくに、くにくにと」
親指と人差し指を互い違いに動かして耳たぶを揉む。上に上がっていって、耳全体を揉む。
(あぁ〜〜〜〜〜)
「ふふっ、これも気持ちいいみたいだね。逆側の耳もしてあげるから、反対向いて?」
促されるまま、ごろんと体の上下を逆にした。その拍子に、うっとりと閉じていた目を開ける。
(なっ!!!!)
なんというか、近い。お腹とか、大事な部分とかが。スカートが短いせいで、この角度だとスカートの中が見えそうだ。暗くて見えないけれど、男性の本能としてどうしても視線を奪われてしまう。
「くにくに、くにくに」
そんな私の内心に構わず、ユカは耳揉みをする。急上昇した心拍数と固まった体がほぐれていく。
「じゃ、耳かきね」
そう言って、さっきと同じように耳かき棒を耳に入れる。リラックスして呼吸が深くなって。夢見心地って、こういう状態をいうんだろうな。油断するとよだれが垂れてしまいそうだ。
「なんていうか、嬉しいなぁ。君がこうやって頭を預けてくれてるの。ほら、耳ってすごくデリケートな部分だし、耳かきされてる時ってすごく無防備だよね。なんか、信頼されてるって感じがする」
ユカがしみじみと言う。苦手だった耳かきは、この数分で大好きになっていた。
「で、耳まで真っ赤になってたけど何考えてたの?」
「ぶっ!!!」
突然投げ込まれたデッドボールに吹き出す。気づいてたのか。
「あー、危ないから動いちゃダメだよ」
動揺する私にユカが笑いながら注意する。ユカめ、私が身動き取れないタイミングまで待ってたな?
「仕方ないんだよ。本能なんだから」
私はやけになってふてくされたように答えた。
「堅物なのにエッチだなぁ、君は。むっつりスケベだ」
耳かきを続けながらユカが私をからかう。私は膝を丸めて顔を赤くする。からかわれることさえ気持ちよく感じる。
「おっきいの取るから、じっとしててね」
ユカが言う。文脈のせいで何かいやらしさを感じるけれど、別にそんな意味あいはない。耳かきが奥に入ってくる。強く、ごりっと耳の壁にあたる。
「取れた!はい、これで耳かきは終わりだから、上体を少しだけ起こして?」
言われた通りに、床に肘をついて身体を30度くらい起こす。あまり長時間は出来そうにない体勢だな。脇腹がつりそうだ。
「えいっ」
ズボッ。
突然目の前が真っ暗になり、女の子の香りに包まれた。
「ほあぁああっ!?!?」
数秒遅れで頭が理解した。いま私はユカが着てるワンピースの中にいる。みぞおちのあたりに鼻先を押し付けられ、柔らかい天井が頭に当たっている。抜け出そうにも後頭部を押さえられていて、身動きが取れない。
「こうして、油断しきっていた君は私に食べられてしまったのでした。めでたしめでたし」
「めでたくない!全然めでたくないよ!」
「またまた〜、ホントは嬉しいくせに。このむっつりスケベ」
この状態から無事に生還するために、10分程度をネゴシエーションを要した。結婚したらまた改めてやってもらおうと思いました。まる。
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