第4話 バニーガール
「なんて格好してるんだーー!」
「何度でもそれくらい反応してくれるから楽しいね」
言葉通り楽しげに笑いながらユカが言う。でも、私の反応だって無理もないと思う。肩と背中、胸の北半球まで露わになった、艶やかな黒のボディースーツ。下半身に目を移せば骨盤の高さまでむき出しになったハイレグで、すらっと伸びた脚を網タイツが包んでいる。そして頭には堂々たるうさ耳。振り返ればきっと尻尾もあるはず。仕事から帰ったら、最愛の婚約者がバニーガールになっていたら、誰だって私と同じ反応をするだろう。
「ぴょん!」
ぴょん、ではない。跳ねるな、こぼれる。別に期待してるわけではないからな!
「せっかくこの格好してるんだし、夕飯食べたらトランプしよう」
そう言ってユカは、玄関からリビングに向かってとてとてと走っていった。バニーはともかく、それは楽しげな提案だ。ふと気になって、前を行くユカのお尻を見てしまった。可愛らしい丸い尻尾が動きに合わせてふりふりと左右に揺れていた。
(レオタードが、食い込んでる…!)
私は鼻血が出そうになり、口元を手で覆った。
「食洗機買った方がいいかもな」
食器洗いを終えて、手を拭きながら私は言った。夕食はフライドチキンだった。Chicken dinnerとは洒落が分かっている。ユカはテーブルを拭いて、トランプを用意している。
「さ、早く早く」
子供のように急かすユカの対面に座って訊ねる。
「で、何をやるの?やっぱりブラックジャック?」
「脱衣ババ抜き」
「やるかそんなもん!!」
立ち上がった私をユカが不服そうに見上げる。
「やんないの?やってくれないの?」
「やるわけないだろ!そんな……えっちなこと」
「そう……ならこっちにも考えがあるよ。」
「はい?」
訝しんで訊き返す私にユカは、打って変わって穏やかな笑顔で両手を広げた。
「ほら、おいでおいで」
「よし!ババ抜きだな!」
私が座り直すと、ユカはそれはそれでむっとした表情を見せた。しかし、こちらとしても他に手はないのである。『暫定十戒その3 キスとハグは拒んではならない』。ユカの行動はつまり「脱衣ババ抜きしてくれないならハグしてもらいます」という意味だ。こんなセクシーバニーとハグして理性が保てますか!ますか!
「分かればよろしい」
気をとりなおしてユカがトランプを配る。
「あ、勝った方が負けた方になんでも命令していいやつね」
「なんでさ!」
「私が勝ったら当然えっちしてもらうよ」
そう言ってユカは不敵な笑みを浮かべる。
「やんないからな!」
私が立ち上がると、ユカは少し呆れたような顔で両手を広げた。
「……おいで〜」
「勝てばいいんだろもう!」
私は観念して座り直す。そう、罰ゲームが何にせよ勝ちさえすれば何も問題はないのだ。
「全然!勝てない!」
「ふふ、あと少しだね」
ストレートで上半身全部と靴下までかっぱがれてしまった。1対1のババ抜きでここまで連敗できるものだろうか……いやわかっている。私が全然集中できていない。こう、艶やかな肩や胸の谷間に視線を奪われてしまっている。自覚はないけれど、ジョーカーかどうかも顔に出てしまっているのだろう。けれど、これ以上負けるわけにはいかない。今、私は、ズボンまで剥かれたら穏やかじゃないことになっている。
ユカのカードは2枚、私は1枚。ここでジョーカーじゃない方を引けば私の勝ちだ。深呼吸をする、頭の中でアヴェ・マリアを諳んじる、ありとあらゆる手段で目の前の2枚のカードだけに集中する。そして、右側のカードに手を伸ばした。ふと、ユカの顔を見ると口角の表情筋に妙に力が入っている。具体的に言えば、にやつくのを抑えているように見える。
(……これは)
そのまま右に手を伸ばして……左のカードを引き抜く!
「ぃいよっしゃあぁっ!!!」
私は手元に揃った赤と黒の7を場に投げつけて勢いよく立ち上がった。いける!ユカ思ってたより顔にでるぞ!
「あ、あはは。負けちゃった…」
焦りを滲ませながらユカが笑う。けれど、腹をくくったように立ち上がった。
「ちょっと恥ずかしいから目閉じててよ」
そう言われて、目を閉じながらすとんと腰を下ろす。視界を塞ぐと、きぬ擦れの音が大きくなって聞こえる。
「目、開けていいよ…」
ユカの声に、私は目を開けた。衝撃で全身が硬直する。
「えへへ、これはちょっと続行不能かな。私の負けだね」
恥ずかしそうに笑いながら、ユカはそう言った。ユカが脱いだのは、バニースーツだった。丸くて大きい胸も、へそも、下腹部も何もかもが露わになっている。一番大事な部分だけは、かろうじて両手で隠しており、左腕が胸を柔らかそうに押しつぶしている。その状態で網タイツだけは履いているのが背徳感さえ煽る。
「いやなんでそこから脱ぐ!もっと他に脱ぐところがあるだろう!耳とか!」
「や、耳は外せないよ」
自分では常識的だと思った突っ込みに、ユカは「わかってないな」とばかりに首を横に振って言った。
「なんでさ」
「だって、バニーの耳は…」
ユカは大事な部分を隠したまま、向かいに座っていた私の隣まで歩いてきて、しなだれかかる。そして甘えた声で囁いた。
「……『いつでもえっちできます』ってサインなんだよ?」
一気に血液が沸騰する。顔が真っ赤になって、何も考えられなくなる。
「それで…君は私にどんな命令をするの?私に何してほしい?それとも、私に何をしたいのかな?」
混線した思考はユカの言葉に誘導され、脳裏に100通りの「シたいこと」を描く。頭の中でユカが跳ねて、揺れて、鳴いて……
「何もしないでそのまま寝てくれ!」
頭の中を埋め尽くしたうさぎを振り払うように私は叫んだ。これ以上何かをされたら、理性が保たない確実に。ユカは一瞬不服そうな顔をしたけれど、すぐに頭上に電球を浮かべて立ち上がった。
「わっ!思ってたより大胆な命令。でも、仕方ないよね。命令だし。じゃあ、おやすみなさい」
ユカはそのまま寝室に向かった。なんだ、今のリアクションは。不審に思った私が追いかけて寝室のドアを開けると、ユカが素肌に掛け布団をかけているところだった。
「待って待って待って!パジャマを着て!」
「残念。命令はひとつまでです」
そう言ってユカはくすくす笑う。うさ耳が揺れた。私は頭を抱えた。
『暫定十戒その5 特別な理由なく床を異にしてはならない』
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