上こがれの片道坂
昔々、私がまだ善悪の区別がつかないくらい純粋だった頃。私は偶然であった人物に憧れた。
記憶の糸を辿ると、夕暮れの公園で自分より背丈の大きい人影が目の前にいる。そのぼんやりとしか思い出せない人物に、とても強い憧れの感情を向けている、それだけの記憶。
どこに惹かれて、何故憧れたのかは今になってはもう覚えていない。
ただ、憧れていたことだけを記憶していた。
「やっぱそれって恋じゃない? 小さい頃はその辺の感情が曖昧だって言うし」
ふと思い出した拍子で友人に話したところ、そんなことを言われたが、多分違うと思う。
そのまま近くにいた先生にも聞いてみた。
「吸血鬼は人を魅了し操るって言うけどね。もしかすると、その人は吸血鬼だったのかも」
笑いながら先生に言われたことがある。それを聞いていた周りの人も笑っていたなかで、私は一人静かに考えていた。案外その可能性が高いのかもしれない。
子供であったときの話だ。
吸血鬼であることを知った上で、憧れてもおかしくないかもしれない。
ただそれが強制的だったのなら、少し悲しい。
言うなれば偽りの感情だったのだから。
友人や先生と別れた後、私は思い出の公園に行ってみることにした。
入り口のすぐ近くにあった鉄棒が目に止まる。
子供の頃はうんせこいせとがむしゃらに挑戦していた逆上がりも、今では簡単にこなしてしまう。あの頃の感動はもう二度と戻ってこない。
「生命の進化は一方通行の非可逆的なものだ。一度進化すると戻ることはできない。そうだね、初めて逆上がりができた感動を、もう一度体験するのはできないだろう。それは君たちが成長し大人になった証だからだ」
生物の授業中、先生はそう話していた。
カバンを下ろし、目線よりも低くなった鉄棒をしっかりと逆手で握りしめ、勢い良く地面を蹴り、空を駆け上がる。
へその下を中心に縦回転した私はそのまま、両足を地面につける。確かに感動はなかった。
「……帰ろ」
こみ上げる喪失感で作られた帰巣本能に従い、公園から出ようとした先に、ぼうっと突っ立っている少年がいた。
少年の目に、ひどく懐かしいものを見る。
どうやら私は吸血鬼になったようだ。
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