第十四章 もう一度 1-3
四角く切り抜かれた闇の中に、見覚えのある青白い裸足の足が浮き出ていた。
入り口に、立っている。
あの人が、立っている。
安河内とマリカが潜むベットに向かって、ひたひたと歩みを進めて来る。
女性からは黒い水が流れ落ち、落ちた水は女性の踏み出す足より早く、マリカへと迫った。
互いに互いの口を手で押さえあって、マリカと安河内は叫び出しそうな気持ちを押し殺し合う。
けれど黒い水が喉と鎖骨に触れるように伝って来た時、マリカは思わず小さく悲鳴を上げてしまった。
誰かの声が体の中に流れ込んでくる。
−助けて
−寂しい。一人は嫌よ
−怖い。
−お願い。誰か気づいて
深い水の中で、みんなみんな、溺れている。お互いを引っ張りあって沈んでいく。
耳を
安河内がこちらを心配する様子が、体に触れる手から伝わって来たけれど、返事をする余裕が無かった。
チカチカと点滅する視界の中で、女の足はもう、ベットの
青い血管の浮いた足の甲の様子がわかるほどに近い。
立ち止まった女は、コンクリートのむき出しになった床にがくんと膝をついて、こちらを覗きこもうと屈みこんでくる。
長い髪がベットの底を越えて上から下りて来た。
(神様、どうか助けて)
この言葉にはなんの意味もないことを知っている。
大好きな人と引き離さないで。
もう少し生きていたい。
何度も、病院のベットの中で、繰り返し、繰り返し祈っていた。
それでも願いは叶えられなかった。
どうしてか今、そんなことを思い出した。
神様。
祈りながら諦めている。だから近づいて来る草履の音に気づくのが遅れた。
マリカの右腕を力強く誰かが引っ張った。大きく温かい手のひらに力強く、腕を引かれたような気がした。
「マリカ!」
和泉が呼んでいる。
「ここだ」と声を上げる前にこちらへ駆けてくる和泉の足が見えた。
同時に女の霊が何かに振り払われるように吹き飛び、ベットを越えて後ろの壁に当たった。バケツの水をぶちまけたような音が響いた。
マリカの目の前の床に、はたりと血の雫が落ちる。
怪我をしたのか血に濡れた和泉の手が伸びてきた。マリカに向けて差し出される。
手を重ねるとぐいっとベットの下から引き上げられた。
和泉は右肩から腕の先にかけて、怪我をしていた。
「和泉さん!」
「俺は良い。平気だ。それより見ろ」
「え?」
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