第十四章 もう一度 1-4
マリカが振り向くと、黒い液体が薄闇に染まる病室の壁を闇よりも深く濃い色に染めていた。
壁にへばりついた液体が粘度を持って
水面を波立たせているのは沢山の「人」だった。手が生え、足が生え、顔が浮き出て、次から次に忙しなく変化する。
子供……男の子、女の子、小さな耳、革の靴、手袋をした男性の手、ハイヒールの足、長い髪。
「先生!」
マリカには
「動くな。できることはもうない」
「そんな!」
安河内を片腕で制して、和泉が言う。
「もう、深く沈みすぎていて他と切り離せない。諦めろ」
液体は壁から床に流れ落ち、マリカ達の元へ迫ろうとしたが、何かに阻まれてこちらへは近づいてこなかった。
阻んでいるのは間違いなく和泉だろう。
彼が静かな目で、かわいそうな魂たちを見下ろしていた。
『死後に形を保っていられなくなった霊魂の行き着く先』。
いつか怪我を治してくれたとき、和泉はそう言った。
今ならマリカにもわかる。苦しみや悲しみ、恐怖を癒したくて足を踏み入れたはずの場所で、みんな溺れているのだ。
「恨むなよ」
和泉が手を
黒い水面がさざめく。
激しい耳鳴りにマリカは耳を塞いだ。
そうしなければ立っていられないような騒音だった。
けれど安河内は耳も塞がずに、どこかにいる大切な人を探すように目を忙しなく動かしていた。
泣きそうに唇を噛み締めながら。
少しずつ、少しずつ、一人ずつ、一人ずつ。
息を引き取るように声が消え、それと同時に床へと染みるようにじわりと、水の量も減って行く。
やがて、青色の薄闇に満たされた室内に、静寂が戻って来た。
和泉に安河内、マリカ。部屋には三人と、あともう一人が残された。
髪の長い女性がうつ伏せに倒れていた。
もう、彼女にまとわりつく霊の気配は無い。
髪の間に額の白色が覗いている。
女性の顔が戻って来ているのがわかった。
「せ、先生!」
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