万能薬の回帰2
五、
何事も起こらないまま、半月ほどが過ぎた。
そして、シゲが依頼通りに物品を追納した、その帰り道のことである。
見覚えのある風景を通り過ぎようとしてふと足を止めたのは、あれからもずっとマサオのことが気になっていたからだ。
シゲは、どこか不器用なマサオのことを気に入っている自分を自覚していた。少なくとも、何らかの場面に偶然居合わせたならば、手を貸してやっても良いのではないかと考える程度には、マサオのことを気に入っていた。
掃除屋とは、記憶操作のスペシャリストだ。その掃除屋がシゲが立ち去るのを黙って見送ったということは、必然的に掃除屋のターゲットはマサオだったということになる。
だが同時に、シゲは掃除屋がヤクザ絡みの白い錠剤ごときで動かないことを知っている。嘘のような冗談のような最中にこそ立ち止まり、彼なりの仕事を終えてみせるのが、掃除屋という煮ても焼いても食えない爺さんなのだ。
シゲが知る限りでは、掃除屋が動く時、それは国家の何やらが揺らぐだのテロリストがどうのとやたらドラマチックでいて壮大なストーリーが展開されるものなのだ。
はたして自分は、掃除屋の描いたページのどの部分に関わっているものか。そこはかとない不安を感じるのは、シゲが掃除屋のことをそれなりに知っているからなのだろう。
――だからといっては何だが、シゲは道端でいきなり拉致られた。
神の手を持つシゲ様をターゲットにした不届き者は、先日のボクサーくずれの下っ端ヤクザ、それに加えてプラチナブロンドに青い目をした薄らハゲと、褐色肌のマッチョという国際色豊かなチンピラコンビである。
日本ではあまり見る機会のないはずの、黒光りした大型の銃で脅された際にはむしろ納得したものだったし、せっかくだからとマッチョに抱え上げられても抵抗せずに攫われてみたりなんかもした。
やっぱりか。
口には出さなかったが、シゲにとってはその程度のことである。
「むー! んむー! んんー!! (ばかー、はげー、まっちょー)」
下っ端ヤクザの指示により、外人チンピラコンビの手で廃墟のようなビルの一室へと運び込まれたところで、シゲは猿轡をされたまま適当なことを叫んだりなんかして、縛られた四肢を芋虫のように動かしてみる。
見て取った限りでは車移動したようだが、それほど遠くまでは来ていないようだ。都心からは出ていないだろうと思われた。
「※※※※、※※※※※!!」
日本語を話せないらしい青い目の薄らハゲは、相変わらず何を言っているのかさっぱりとわからない。とりあえず英語ではなさそうである。
しかし、野生のカンは持ち前があるらしく、シゲが日本語でハゲハゲと連呼するたびに青筋を立てているのがおもしろい。
一方の褐色肌マッチョはというと、寡黙に仕事をこなすタイプであるらしく、シゲをコンクリートの床上に乱雑に転がし終えると、さっさと部屋を出て行ってしまった。
振り返りもしないあたり、いっそすがすがしい性格をしている。
「んんー! んんう、んんぐうんー!! (こらー! 美少女は、もっと丁寧に扱えー!!)」
猛抗議するシゲを馬鹿にしたように青い目の薄らハゲが鼻を鳴らして、青い目の薄らハゲもまた退室する。部屋のドアが施錠される音が聞こえた。
監視の目がなくなると、途端にシゲはおとなしくなった。抵抗していたのはその場のノリというやつでしかないのだから、観客がいなくなれば中止するのはシゲにとって当然のことである。
怪我はとうに錬金術で癒えたものだし、その気になれば逃げるのは簡単だ。
拉致犯は、どうやらシゲをシゲだとは認識していないようだった。シゲを「錬金術師」だと知っていたのならば、こんなにも適当な拘束で放置はしないだろう。
そして、手足を縛り猿轡をされたが、目隠しはされなかったことから、拉致犯らはシゲを生かして帰すつもりがないのだろうことも理解した。
さて、どうしよう。
ついその場のノリでこんな所にまで運ばれて来てしまったが、特に考えがあってのことではなかった。
とりあえずは拘束でも解くかと身を捩り、強化版錬金術で手袋を外す。
布屋特製手袋は高価な代物だから、こんな失い方をするのを惜しいと思わないではなかったが、所詮は金には困っていないシゲである。
極端な話、錬金術を使えば稼がなくても充分に生きていける一芸持ちとしては、芸術肌である布屋の作品を失うのが惜しいと思ったまでである。
自由になった手で猿轡を外し――少し考えて、シゲは手袋を外したままでいることにした。
そして、身支度が整ったところでシゲは部屋の片隅に転がされたそれに気が付いたのだ。
「うわあ」
転がっていたのはなんと、血まみれのリクである。シゲが気にかけるマサオを残して逃げた、あの血も涙もないリク少年なのである。
最低限の清潔感と顔の晴れ上がり具合や衰弱具合を見るに、リク少年はあの日、下っ端ヤクザから逃げ伸びるのに失敗して、そのままここに放り込まれたものであるらしい。
瑞々しいお年頃のシゲと飢えた男子高校生を同室にするだなんて、非道極まりない真似はしないでもらいたいものだったが、生かして帰す気がなさそうだったことを思い出してため息をつく。
「あー、やだやだ。早く片付けて帰ろっと」
偉大なる天才錬金術師、シゲ様の方針は決定した。
六、
とりあえずシゲは、錬金術でリクの傷を治してやった。
ついでに、監視カメラが作動していないことを確認して、さらについでに入口のドアを解錠して少しだけ開けておく。
そうして、ようやく親切心を思い出したシゲは、リクの顔をつま先でつついて起こしてやったのである。
「……、はっ!!」
目を覚ますなり状況を把握して、当然のように逃げようとするリクを、シゲは錬金術で足止めする。
コンクリートに足を取られたリクは、無様に転げた。
今度は、逃さない。
見逃してなどやるものか。
「どうして、リクがここにいるの。マサオはどうなってるの?」
「し、知るかよっ。何なんだお前……!」
リクはなぜ自分が転んだのかが理解できないらしく、しきりに足下を見ては気味悪そうに首を傾げている。
「何って……まあ、通りすがりの「錬金術師」かな?」
「な、」
絶句したとでもいうように、驚愕の面持ちでリクが動きを止めた。ゆっくりと、顔がシゲの方へと向き直る。
なぜ、どうして知っているのだとでも問うつもりか。
シゲは口角を吊り上げて、笑った。
コンクリートに転がっていた服の切れ端のようなものを拾い上げて、指先で錬成した白い小粒を握り込んだ。
錬成した白い小粒をどうするのかを迷い、手中で弄ぶようにして転がす。
「マサオは、どこ?」
「知るかよ!」
なおもまだ、逃げようとするリクに呆れた気分になる。
どうしてマサオは、よりによってリクなんかと友達でいられたのだろう。彼ら二人は、こんなにも性格が違っているというのに。
「は、離せっ」
「ねえ、リク? もしかしたらマサオが死んじゃうよ。あいつらに、殺されちゃうかもしれないんだよ。それでも良いの?」
「うるさい! あんなゴミみたいな男が死のうがどうでも良いに決まってるだろう! 君は、誰だ!? いちいち偉そうに僕に説教してくる君は、何なんだよ!?」
そこにはもう、マサオの前で気弱そうにしていたリクの姿はない。
傲慢でどうしようもなく利己的な、思春期の少年の姿があるだけだ。
罪を罪と知りながら目をそらし、利益だけを貪ろうとする姿は、ヤクザもののそれと何ら変わらない。シゲが一番よく知る人間の姿だった。
シゲにとって、基本的に人間というものは醜い。
だからこそ、シゲは美しいものが好きだったし、尊いとも思う。
「私も、私が何なのかなんて知らない。今さら、知りたくもない」
「何だよ、それ」
「ほんと、何なんだろうね。ところで、リク? 私からの提案なんだけどさ。ぜーんぶなかったことにして、マサオと仲直りする気とかはあったりするの?」
「はっ」
鼻で笑われてしまった。
リク少年は生意気である。
「例えば、ここにね? 万能薬があります。万能薬は、あらゆる身体の傷や病気を治癒できます。よって、偽物の錬金術師が作った効果を正常に戻すことができます」
「何を言って、るのか」
「……戻すことが、できます」
何かを言いかけるリクの言葉を強引に遮って、シゲは錬成した小粒をリクの手に握らせる。
――結局リクは、それを受け取った。
手の中に握りしめてそして、リクは逃げ出した。
半笑いで、よくわからない言い訳を呟いたりなんかして、それでもリクは逃げることを迷わなかった。
シゲはただ、そんなリクを黙って見送った。
「あーあ。行っちゃったね?」
呟いて、シゲは首を傾げる。
これで良かったのか、シゲがしたことに意味はあったのか。
考えてみるも、答えはない。ただ、ひと仕事を終えた疲労感に身体の重みを感じた。
リクが逃げ出した以上は、シゲとてこんな場所に用はないのだ。リクのあとを追うようにしてシゲもまた逃げ出した。
後日、携帯端末でマスコミの動向に注目するも、連日の薬物報道に変化はなかった。やれどこぞの政治家が、やれどこぞのアイドルが、などと大衆の下世話な興味を引いているばかりで、リクの動向についてはわからず終いだった。
シゲとて、たった一粒の万能薬が、リクやマサオが置かれた状況をどうにかできるだなどとは思っていない。
だがおそらく――それ以前にリクは、シゲが作った万能薬を使わなかったのだろうと思った。ある意味では、予想通りの展開だった。
つまらないなと思うし、これで良かったのだとも思う。
単純な話だ。
初めから錬金術師は、二人いた。よって、「痩せ薬」なる白い錠剤もまた二通り存在していたのだ。
一つは、リクが海外から取り寄せて荒稼ぎをしていたという小粒。
そしてもう一つは――シゲが依頼人に応えて作り出したそれである。
七、
今回の依頼人は、金払いがすこぶる良かった。
それは大変すばらしいことなのだが、金払いが良い分だけ注文が多い客でもあった。手間がかかったし、微調整の回数も多かった。
扱い辛く気難しい客を相手にシゲは苦労の連続であったが、それも今日で終わりだ。そう考えるだけで、シゲは世界中に笑顔を振りまきたくなるほどに晴れやかな気分になった。
そんな、シゲ的ハッピーフィーバータイム中のことである。何日かぶりに訪れた、丸徳印のファミリーレストランからの帰り道でのことだった。
見覚えのある少年が、ビルとビルの隙間に転がっていた。
見れば顔が腫れあがり、唇は切れて血が流れている。爪のない両手の指はそれぞれの方向へと自由奔放に折れ曲がり、足首もまた明後日の方向を向いている。どこもかしこもズタボロで、生きているのが不思議なくらいの有り様だった。明らかに、素人の仕事ではなかった。
少しだけ考えて、シゲは声をかけることにする。
「死んでる?」
すると、相手はうっすらと目を開けたではないか。
――マサオは、ぱくぱくと口を動かす。
「……あのさ。どうしてこんなことになってるの」
もしかして、またリクに何かされたの?
無邪気に問いかけそうになった言葉を、シゲは飲み込む。
今さらだった。おそらくはもう、シゲにできることは何もない。
白い錠剤は在るべき者の手へと渡り、シゲが請け負った依頼はつつがなく終了し、配役たちはそれぞれの持ち場へと移動した。
何より、あの掃除屋が動いたからには、結末はとうに見えていたのだ。
目をそらしてもそこに在り、シゲは立ち会ってしまった。
頭でわかってはいても、それで良いのかと、マサオを救う手立てはなかったのかと自問する。
シゲは野垂れ死にそうになっているマサオの傍らへと歩み寄り、ボロぞうきんのようにうち捨てられた存外に華奢な身体を見下ろす。膝を抱えてしゃがみ込んだ。
人の気配を察知したのか、マサオの目がシゲを捉える。
「……また、お前かよ……」
弱っている。それどころか、死にかけている。
馬鹿でどうしようもない相手だと思うのに、そんなマサオを罵ることがシゲにはできない。
錆色の流れが黒いアスファルトの表面を潤して、てらてらと鈍い陽の光りを反射していた。
少しずつ、少しずつ、マサオの命だったものが失われていくのが見える。
シゲにとって、基本的に人間とは醜いものでしかない。だというのに、どうして時折こんなにも尊いと思える存在に出くわしてしまうのだろうか。
まるで、シゲの考えを否定しているかのように美しく、儚く、それはシゲの心を惹き付けて止まないのだ。
「な、んで……来た……泣くな、よ……」
「血が、いっぱい出てるよね」
「そ……う、だな。これ、やばいくらいに、痛ぇんだ、ぜ?」
「マサオは、死んじゃうのかな」
「死ぬ……の、かもな」
「他人事みたいに言うんだね。むかつく」
「はは……わ、笑わせるな、よ……オレん家は、リクん家とは、違ってて……すげえ、貧乏、でさ。オレは、勉強もできな、いバカ……だし。でも、あいつだけ、だったんだ。オレ、オレのこと……を、一度も、バカに、したことが……なかった……」
それはおそらく、たまたまそうなっただけだ。少なくともシゲから見たリクは、あからさまにマサオのことを馬鹿にしていた。対等には見ていなかった。
だけど、そんなことをマサオには言えない。
言えないことばかりで、ふいにシゲは息苦しさを覚えた。
シゲの中で、重く沈み込む秘密だけが積み重なっていく。
だからシゲは、希望を持って考えてみる。
本当にリクは、マサオを馬鹿にしていたのだろうかと。マサオの前で見せていた姿もまた、リクの本性だったのではないかと。
リクは、確かにシゲの前で醜悪だった。小物で、どうしようもなくて、不愉快なものだった。
けれども、少年二人の友情物語に登場するシゲは、あくまでも部外者でしかないのだ。当事者はマサオとリクの二人であり、マサオの前でだけ本当のリクがいたのだという可能性は少なからず存在しているはずだった。
「私は、シゲ。お前じゃなくてシゲって呼んで」
シゲは、自分の受付として機能する人間にしか名乗らない。それがシゲが自分で決めたルールだった。
シゲは、一度名乗ったからには神の腕に招き入れ、大切にする主義だ。
だから、リクには名乗らなかった。
マサオにだけ名乗って、覚えていて欲しかった。
たとえそれが、束の間のことでしかなかったとしても。
「シゲ……? お前、男……なの、かよ」
「女だってば。見たらわかるでしょ」
こんな姿になってまで強がって、減らず口を聞くマサオが愛おしいと感じてしまうのは、きっとシゲの頭がおかしくなってしまったからなのだろう。
だから、これから実行しようとしていることだって、シゲがおかしくなったからに違いないのだ。
シゲは手袋を外し、マサオに向かって手を伸ばそうとして――だが。
それは、シゲが予定していたよりも少しだけ遅かったのだ。
「マサオ!?」
いつの間に手負いのマサオが口にしていたものか、溶けきらない白い小粒が口の端から覗く。
いつから服用していたものか。もしかして、シゲが通り掛かる前からだったのか。いずれにしろ今の、こんな状態で薬物を口にするだなどと、正気の沙汰ではない。
シゲは、マサオの身体が弛緩して、意思無きものとなり果てるのをただ見ているしかなかった。
澄んだ目が、濁っていく。沈んで、逝く。
「私は女だよ。ばーか」
手の甲で涙をぬぐい取って、ぐっと奥歯をかみしめた。
もう、遅い。
予め想定できていたならば何とかできなくもなかったのかもしれなかったが、さすがにシゲの錬金術には死者を蘇らせられるほどの性能はない。死者を蘇生する――それは、言うなれば魔女の領域だった。
シゲは踵を返そうとして、そして。
まさにその瞬間、劇的な変化は訪れたのだ。
「………………えっ?」
ぽかんとした、シゲの間抜けな声音が響き渡った。
八、
珍しく現金購入した大型テレビの電源を入れてみると、裏社会と芸能界、それに加えて政界にまで及ぶ大規模な薬物事件で賑わっていた。
ライバル女優が麻薬騒動で降板して、急激に痩せたベテラン美人女優が台頭。痩せてからは奇跡のスタイルだともてはやされるようになったその美人女優は、嫣然と微笑み、記者会見にて舞台への意欲を語ってみせる。最近では同性の支持を集めてダイエット本を出したりと、絶好調の様子である。近々映画への出演も決まっているのだと言っていたのは、つい先日のことだった。
シゲとしては、元の姿をリアルに知っているだけに、調子が良さそうで何よりと自らの「痩せ薬」がもたらした結果に満足する。
”続きましては……”
ニュース画面が記者会見の様子から切り替わった。
次もまた、麻薬関連の報道が続いた。注目を集めている事象が関連して取り上げられるのは、よくあることだ。
ぼんやりとキャスターの進行を聞きながら、シゲは今回の顛末について思いを馳せる。
有名大学の学生による大規模不祥事があった。
マスコミ各社は競うようにして学生犯罪の悪辣さをあげつらい、いつの間にやら舞台は宗教家の私立高校とは無関係の有名大学へと移っていて、その迅速極まりない情報操作っぷりにきな臭いものを感じずにはいられなかった。
主犯は二十歳過ぎの優秀な大学生なのだそうで、テレビニュースの報道でそれを知ったシゲは思わず「初耳っ!」と叫んだほどだった。
件の優秀な大学生とやらが宗教家が経営する某学園高校卒であるあたり、舞台といい、犯人といい、世間は欺瞞と虚飾に満ちている。
「それにしても……掃除屋の爺さんが、あのよぼよぼで死にそうで、凶悪な歩く最終兵器なのに……まさかのエリートってそれどういう……?」
今回受け取った報酬でシゲが購入したのが、85インチの大型テレビだった。買い物などほぼしないシゲだったから、らしくもなく胸を弾ませてテレビの電源を入れたならば――そこにいたのが、やけに見覚えのある掃除屋の爺様のご尊顔だったわけである。
テレビ画面の枠の中でのうのうと弁舌も滑らかにおしゃべりあそばす萎びた姿を見た時には、危うくシゲの心臓が止まりかけたほどだった。
会えば親しげに通称で呼び合うも、詳しい素性を知らないのはお互い様だ。もしかすると今回のように偶然必然を問わずして内情を知る者もいるのかも知れないが、界隈では誰しもが示し合わせたかのように互いの素性に口を噤んでいるのが現状だった。
マサオが息絶えようとしていたあの日、またもや都合よく居合わせたのが、言わずと知れた掃除屋のくそじじ……歩く疫病神……近頃では己の寿命を悟った掃除屋は、掃除屋の特殊能力の根源にして、数百年を生きる化け猫様の御眼鏡に適う人間を後継者として探していたのだと云う。
そこにたまたまシゲが居合わせて、掃除屋の依頼により顔をいじられ別人になったマサオは、意識不明のまま掃除屋の爺さんが指示を飛ばす黒服男どもに運ばれて行ってしまった。
掃除屋は「坊主を悪いようにしない」と言った。
それでもしきりに心配するシゲに向かって、そうして初めて掃除屋は己の目的を白状したものである。
顔変え、資金と指導者を得たマサオは、掃除屋の支援のもと大学進学する予定であるらしい。
順当に官僚として出世することすらも、すでに掃除屋の爺さんの中では決定しているのだと云う。
勉強とは、しなければ向上しないものだ。そもそもが、勉強するという行為そのものに意義があるのだと知らなければ、それはもうどうしようもない。
多くの者が目に見える金銀財宝にはわかりやすく目の色を変えるが、目に見えない本当の財産をそれと知る者は少ない。
人とは生きて学び研鑽し、苦しみ、時に喜びを得る生き物だ。
記憶を司る猫神様の新たな主人となった時、マサオは何を思うのだろう。シゲが次にマサオと再会する時、過去を現在を未来を見通して経験を得たマサオは、それはきっと見違えるような男へと成長しているに違いない。
面倒見の良いマサオのことだ。他人に起こった出来事であっても自分のことのように苦しむことだろう。苦しんで、そうして弾き出した何かしらの答を聞いてみたいと思う。
――あの日、シゲが錬成しリクへと手渡した小粒が、マサオの命を救った。
通りすがりの友情物語の結末に満足して、シゲは笑む。
翼を得た籠の鳥は、傷を癒し飛び立った。
そう遠くない未来に、掃除屋は代替わりすることだろう。
了
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