悪魔を作る。天使を作る。




 どうか私に愛をください、神よ。





一、


 愛しの狼に記念すべき十人目の子供が生まれたらしい。

 狼と共通の知り合いである魔女から伝え聞いたシゲは、それを聞いた日からずっとやさぐれている。

 どれだけやさぐれているのかといえば、それは普段ニートを全力で漫喫しているはずのシゲが、うっかり出歩いたりなんかして、無意味にハート型のクッションなんぞを購入してしまったほどだった。

 そして、その持ち帰ったクッションがどうなったのかといえば、部屋に戻るなりシゲは力任せに引き裂いてしまった。

 非力な自分では絶対に出来ないだろうと高をくくっていただけに、シゲは驚いたものだった。

 案外、自分のことは自分が一番知らないということなのかもしれない。

「くーやしー」

 ひと言、呟いてみるも、無機質に響く声音に嫌気が指すだけの結果に終わる。

 全てが虚しく、世界がどんよりとしている気がしてならなかった。

 フローリングの床の上を意味もなくコロコロと転がってみたりして、綿の飛び出たクッションを抱きしめた。

 そうこうしているうちにクッションはもごもごと奇妙に蠢いて、星形をした新品同様の状態になる。

 するとまた嫌気が込み上げてきて、シゲはついにクッションを投げ捨てた。

 愛しの狼に十人目の子供が生まれた。

 だからシゲは、珍しくも狼が仲介していない依頼を引き受けることにしたのである。




二、


 ずずずず、と極太ストローでクリームソーダを吸い込みながら話を聞いていた。

 全国チェーンの丸徳印ファミリーレストランは、今日も盛況なようで平日の昼最中だというのにほぼ全ての席が埋まっていた。

 ずずっと吸い込んだ拍子に妙な違和感がして、口の中で何かを噛み砕く。すると違和感の正体はタピオカであったものらしく、シゲは内心でそうじゃねえだろ、それは違うだろと突っ込みを入れた。

 依頼人の彼女は、タピオカに全力で脳内説教中だったシゲに向かって「貯めたお金を使って美人になりたい」と言った。

 痩せこけて不幸そうな顔つきをしていた。化粧っ気はなく、着ているものは見るからに安っぽい。

 依頼人が思いつめたような顔をしていること自体は、シゲの元へと紹介されてくる人物の人相としてはさして珍しくもないのだが、ただし普通っぽいというか、こういういかにも一般人に見える人間は珍しい。

 普段は魔女だとか宗教家だとか、やくざだとか、警察だとか、教師だとか。

 まったくもって、シゲの周りには碌な人間がいないのである。

 ちなみに今回の受付担当をした人間にしても、もちろん碌でなしだ。

 今回の受付担当は、シゲの特別な白手袋を作った布屋だった。あらゆる生地を客の要望に合わせて縫い合わせる、ただそれだけのシンプルな技能だけで生き長らえているのが布屋だ。世界中のセレブとやらを顧客に持ち、嘘か誠か某魔女の衣装すら製作しているのだというのだから恐ろしい。

 とりあえず、シゲは布屋の仕事の腕前だけは認めなくてはいけないと考えているが、人格までは認めていない。

 シゲの知る限り、布屋とはこの世に存在してはいけないものの筆頭に上げて差し支えないような人間なのである。そもそも人間かどうかすらも怪しんでいたりする次第だ。

「そう。今回は布屋の受付なんだってね。私と一週間くらい一緒に行動することになるけど、大丈夫?」

「も、問題ないです! …あ、大声出しちゃってごめんなさい」

 彼女は視線を彷徨わせながら身を縮込ませて、気恥ずかしげに俯く。

 物珍しいものを見た思いで、シゲはまじまじと彼女を観察した。

 シゲ自身もそうだが、現在シゲの周りにはふてぶてしい輩しか生息していないため、不意を突かれたような思いだった。

「これ、本当に大丈夫なのかな……?」

 あまりの一般人ぶりに、シゲは少々の不安を覚えたのである。




三、


 依頼人である彼女に案内されたのは、エレベーターがない四階建てアパートの最上階だった。

 彼女に付いて行ったシゲは、当然のように四階まで一緒に自分の足で登る羽目になり、常日頃目をそらしていた自分の運動不足を自覚するに至った。

 階段を登り切った時の達成感といえばそれはもう例えようもないほどで、ぷるぷると震える足腰は、しばらくの間シゲの中でほんとにあった辛い話、不動の第一位として取り扱い注意警報が発令されることだろうと思われたほどだ。

 アパートの四階から眺める景色に目新しいものは何もなく、建物が一般的な構造であるらしいことだけは察することができた。

 目的の部屋は奥の角部屋で、彼女が鍵を差し込んで回すと、ドアの向こうに待ち構えていたかのようなタイミングで部屋側にいた男と鉢合わせした。

 ずいぶんと姿の良い男だった。

 いっけんして大抵の者がイケメンの審判を下す程度には顔立ちが整っていて、女からの注目を集めるにふさわしいと云える。

 もっとも、シゲの好みかと言われればそうでもなく、何処かで見たような気もするから、わりとありふれた顔ではあるのだろう。

 知らないうちにありふれた男なる認定をされたイケメンは、彼女を見て次にシゲを見た。

 そして、イケメンはシゲを認めるなり嫌そうに顔をしかめやがったのである。

「何だよこの骨みたいな貧相な身体の目デカ女は。気持ちわりぃな」

 良い度胸である。

 知らないって怖いね、知らないって最強かもね、とシゲは内心で相手を高く評価した。

「そういう貴方はイケメンなのね。でも私の好みじゃないわ。なあに、そのうっすい胸板は。女の子かと思っちゃった!」

「あ゛ぁん?」

「やだ、ガラ悪ぅ~い。しゃべっちゃヤだあ」

「え、え、ええ? あの、その、二人とも、ちょっと……」

「お前、女のくせにオレを舐めてんのか。マチが大人しいからって、図に乗ってんじゃねぇぞ」

「だからぁ、しゃべらないでってばぁ。こわぁ~い」

「こいつっ」

「やめてよ、ユウト。彼女、今日からしばらくうちで暮らすことになったから!」

「あ゛あ゛? オレは聞いてねえぞ」

「とにかく、そういうことだから……」

 彼女、マチはうつむく。

 その後、現場に横たわった不自然な沈黙。

 こうして、三人の共同生活の火蓋は切って落とされたのである。



四、


 波乱の一夜が明けた翌朝、朝食を食べながら仕切り直しとなった初対面のやりとりにて、リビングのソファーにふんぞり返って座る男は、ユウトとだけ名乗った。

 シゲはなぜだかテーブルを挟んでユウトの向かい側にマチと並んで座ることになり、何だろうこれは、と内心で首を傾げた。

「それで? お前、名前は?」

「好きに呼ばせてあげるわ。特別だよ」

「んじゃ、ブスな。よう、ブース」

「なあに? ヒモ」

「なんだと!」

「こわぁ~い、馬鹿っぽぉ~い」

「えっと、だから……」

「マチちゃん、このサラダとっても美味しい。料理が上手なんだね。良いお嫁さんになれるよ!」

「ありがとう? あ、あれ? 違う、そうじゃなくて」

「ち、むかつく。何なんだよ、この女は!」

「ブスでえーす!」

 イエーイ、と間抜けなポーズまで追加してやる程度には、シゲはユウトのことが嫌いだった。

 初対面から二十四時間も過ぎていないが、こういうことに時間は関係しないものだ。

 結局のところ、本能や直感を捨てきれずにいる人間もまた動物の枠組みに収まりきるものであるらしいと、シゲは考える。

 ユウトは顔を怒りに赤く染め上げたが、意外にもそれ以上のことは言わなかった。

 殴られるかも、くらいの覚悟はあったシゲとしては、拍子抜けする思いだった。

 もしも殴りかかられていたらどうなっていたのか? それは、乙女の永遠の謎だということにでもしておく。

「くそが……おい、マチ。金を寄越せ」

「……また、パチンコに行くの?」

「今日は玉が出そうな気がするんだよ。スロットがいいのかもな。オレの勘は完璧だぜ。稼げたら奢ってやるよ」

 俺様すごい、と顔に但し書きしたユウトは、それまでの苛立ちが嘘のように意気揚々と右手の指先を動かして、催促する。

 マチはため息を吐いて立ち上がり、棚に置いてあったバッグから取り出した財布をユウトに差し出した。

 ユウトは、受け取った財布から諭吉の札を何枚か抜き取って満足したのか、乱暴な足取りで部屋を出て行く。

 その有り様は恐ろしいまでに様式美めいていて、娯楽映画に登場する強盗さながらだ。

 流れるような一連のやり取りに、シゲはぽかんとした顔になって、ユウトとマチの間に降り積もった短くない時間を感じ取った。

 過ぎ去った時間は巻き戻ることがないゆえに尊く重く儚いものであるのだが、はたしてこの場合はそれで良いものなのか。

 いっそうのことひとまとめに丸めて固めて、ゴミ箱へ捨て去るべき案件ではないのか。

 遠くに玄関のドアの開閉音を聞き終えてから、シゲはテーブルの上に身を乗り出しすようにして、マチに問い掛ける。

「で、あれのどこがそんなに好きなの?」

 ユウトの姿が見えなくなるなり笑顔を打ち消したシゲは、真顔になってマチに迫った。

 マチは予想外のことを聞かれた、というような顔をしていて、それを見たシゲも同じような気分になった。

「その、ね? あたしを好きだって、そう言ってくれたから」

 真っ赤な顔をして、マチが言う。

 続きを待つ態勢だったシゲは、しかしどうしたことかそれ以降マチの口からは何も語られなかったことに驚愕する。

「え、まさかそれだけ!?」

「そんな言い方しないで。あたしはとっても嬉しかったんだから」

「いや、だって。昨夜だって私がリビングで寝ているの知ってたよね? なのにアレだったわけだし」

「あ、ごめんなさい……うるさかった?」

 マチは再び真っ赤な顔をしてうつむいた。

「いいけど。幸いにも間取りが良いから、そんなには聞こえてないよ。立地も良いし……良い部屋だね?」

「このアパート自体が……えっと、隣の棟もそうなんだけど。彼の、ご両親の持ち物なのよ」

 そこで羞恥心に限界が来たのか、マチは両手で頬を押さえたまま逃げるようにしてリビングを出て行った。

 一人で取り残されたシゲは、思わずため息を吐き出す。

 ふと見ると、食べかけの朝食の合間でユウトに札を抜き取られたマチの財布が、所在無さそうに置き去りにされていた。

 まさか全財産が入っているとまでは思わないが、それにしても出会って二日の他人の前に放置するとは無用心に過ぎるというものだ。

 くたくたになるまで使い古されて持ち主にすら放置された財布が、シゲの中でマチの姿と重なって見えた。

「美人になりたい、ねえ」

 万感の思いがこもった、マチの願い。

 シゲには願望がないからなのか、理解も同感もできはしない。

 金で叶える願いの価値は、果たしていかほどであるものか。




五、


 美しいとは何だろうと考える。

 人には人の数だけの規準があり、好みがある。単純に顔の美醜を論ずる者がいれば、手の美しさを愛でる者がいる。心の美しさをこそ至上であると知ったかぶりにうそぶく者がいる。

 美しさについて人の数だけ千差万別の基準が存在し、人は自分の立ち位置を模索する。

 同居三日目の朝であった。

 勝手知ったる他人の家でニート生活を満喫中のシゲがソファーで目覚めると、すでにシゲの分まで朝食を用意してくれていたマチが、ユウトがいないのだとシゲの足元に座り込んでうなだれていた。

 断片的な会話から推測するに、女の所へ出掛けたまま帰らないものであるらしい。

「しかも、浮気相手が一人だけじゃないとかさ」

 ユウトに好感を持てないでいるシゲの口調は、自然と尖ったものになる。

 その言葉の鋭い切っ先は当のユウトに届くことはなく、暗い顔をするマチに着弾した。

「別に、結婚してるわけじゃないし。あたしじゃユウトを縛れないもの……」

 マチはそんなことを言って、暗い顔で嘆息する。

 平凡で地味な顔立ちのマチ。

 凡庸なはずのその仕草が、息遣いが、どきりとするほど艶めかしく映って、思いがけずシゲの気を引く。

 どんな人間であっても、美しく見える一瞬というものがある。

 角度、仕草、表情――そんなものでは言い表せない何かがあって、シゲの中でもやもやとしていた何かが固まっていく。

「それでいいの?」

「良くはないけど……」

 マチは最後まで言わなかった。

 けれども、マチが一瞬だけ覗かせた表情が、すべてを物語っているのだろうとシゲは思った。




六、

 

 七日目の夕暮れ時だった。

 いよいよ本日、依頼を達成する日が訪れた……快適なニート生活もついに今日で終わってしまうのである。

 一週間の基準は実をいうと厳密に守るものではなく、ただシゲの中の何かがかちりとハマりきるまでの時間でしかなかったが、今回はたまたまそれが一週間だっただけの話だ。

 シゲが玄関付近へ通りかかかると、ドアノブが音を立てて激しく回されているのに気が付いた。

 こんな時なのに例によって部屋に住人は一人も居らず、居るのは押しかけニートなシゲ一人だけだ。

 無視しても良かったのだが、一応覗き穴を覗いてみると、そこにはユウトの見慣れたけれども見たくなかった顔があった。

 ユウトは酷く酔っ払っているようで、玄関のドア越しであってもアルコールの匂いが漂ってきた。

 このまま見なかったことにしようかと思うも、いやいや家主はこいつだったと憮然となりながら思い直す。

 なんといっても、仕事は今日で終わるのだ。寛大な気持ちで対処してやろうではないかと考えた。

 玄関の鍵を開けてドアノブを引くと、微睡んだ目をしたユウトと目が合った。

 シゲは嫌味の一つも言ってやろうと口を動かしかけた時だった。

 ユウトに強く腕を引かれて、前方へつんのめるようにして身体が傾倒した。そうして、噛み付くようにして唇を奪われたのである。

 呼吸すらも奪われ尽くすような激しさに、シゲの鼓動と息が上がり、視界が意識が世界が、怒りの鮮烈な赤に染め上がる。

 まったくもって、節操が無さすぎる。

 しつけのなってないケダモノには、罰が必要だ。

 よってシゲは、護身術の基礎を実行することを瞬時にして意思決定し、人体において鍛えることのできない急所の一つたる弁慶の泣き所を踵で容赦なく踏み抜いた。

「!?」

 声もなく崩れ落ちるユウトに溜飲を下げて、せせら笑う。

 錬金術を使わないだけの情けはかけてやったつもりだった。

「馬鹿じゃないの。相手が違うでしょう」

「て、め……」

「あら? 意外と元気ね。仕方がないわね。貴方が悪いのよ?」

 悶絶するユウトに足払いを仕掛けて……失敗し、シゲはユウトが油断したところを見計らってもう一度足の甲を踏み抜いた。

「!! っ、!」

 今度は念入りに、ぐりぐりなんかもしてみる。

 顔を上げると、遠くで無表情で立ち尽くすマチがいた。

 シゲが見ているのに気がつくと、マチは弾けるように身体を反転させて、シゲとは逆方向に走り出した。

「待って!」

 シゲは、逃げるマチを追いかけるために駆け出す。

 人目がないのを良いことに、裸足だったはずのシゲの足はいつの間にやらちゃっかりとスニーカーに覆われている。色はショッキングピンク。左足が星マークで、右足がハートマークだ。当然ながら意味はない。

 走って走って、日頃の運動不足が祟って息切れがした。

 だがそれはシゲだけのことではなかったらしく、前方を行くマチも少しずつ速度を落としていって、大した距離を行かないうちにシゲは依頼人を捕獲することに成功した。

「いや! 放して!」

 マチは酷い顔になって泣きじゃくりながら、闇雲に暴れた。

 それはそうだろう。無表情が本心なわけがない。シゲだって、もしも狼のあんなシーンを見たらと想像しただけで、死にそうな気分になれる。

「もう一度だけ聞く。……ユウトなんかのどこが好きなの?」

 シゲが問いかけると、マチは射殺しそうな凶悪な目を向けてきて、躊躇なく叫んだ。

「顔が好き! 大好きなアーティストにそっくりなのよ! 悪い!?」

 それは、あるいはマチの悲鳴だったのかもしれない。

 耐えて堪えて、我慢をし続けて、弾け飛んだマチの心の欠片だったのかもしれない。

「別に、悪くない。じゃあ、もしもユウトを独り占めできるとしたら、マチは嬉しいと思うの?」

 シゲが重ねて問いかけたのは、ずっと考えていたことであり、提案であり、疑問であった。

 満を持してシゲが放った問いかけは、狙い通りにマチの本音を引き出すことに成功する。

「本当にそれができるのなら、死んでもいいわ」

 そう言い切って見せたマチの顔には、弱々しさはどこにも見当たらない。代わりにそこにいたのは、弱々しい振りをして強かに生きる一人の女だった。

 マチの答えを聞いて、シゲは笑った。

「そっか。わかった」

 せとぎわになって、初めて吐露された歪で不可解なマチの情熱。

 あの世までもあきらめる気になれない想いとは、いかほどのものなのか。

 地獄へも行く覚悟があるというならば、シゲが手を貸そうではないか。

 すべてをなげうってでも諦めきれない想いの行き着く先を、シゲは見てみたいと思った。




七、


 秋晴れの青い空の下、結婚式が執り行われていた。

 花のアーチをくぐって姿を現した新郎新婦は、純白のドレスを着た新婦が新郎の車椅子を押していた。新婦は輝くような笑顔である。

 近親者席では、突然新郎に訪れた不幸が払拭されるようだと大袈裟に喜ばれているようであった。

 どこにでもあるような、ありふれた幸せな結婚式の光景がそこには在った。

 少しだけ普通と違っているのは、新郎が突然全身麻痺となり介護が必要な身体になったことと、新婦が飛び抜けて美しいことだろうか。

 式の出席者の間で密やかに新婦の美しさを讃える声がする――ということはなく、「整形って怖い」「別人じゃん」「私もしようかな」「いくらかかったんだろう」という口さがない言葉ばかりが目立っている。

 けれども、雑音が聞こえない距離にいる新婦の笑顔は時を追うごとに輝かしさを増していて、自分に待ち受ける最高の未来を信じ切っている様子である。

 新婦が参列者の後方にいたシゲに気が付いて、幸せでたまらないといった笑顔を向けてくる。

 新婦の手で天へと投げ上げられたブーケが弧を描いて空を舞い、そうして形作られた笑顔で新婦を眺めていたシゲの足下へと落下する。

 雨上がりの土はぬかるんでいて、白いブーケはたちまちの内に泥に塗れた。

 シゲはそれを見届けると踵を返して、歩き出す。

 顔に貼り付けていた笑顔を消して、考える。

 新郎の実家は、大層な資産家であるらしい。新郎は歩くことも話すことも出来ないありさまで、もはや労働などできる状態ではないにも関わらず、新婦の手には遠目からでもそれとわかる貴石の輝きが在った。

 不幸の形が様々であるように、人の幸せの定義は人それぞれだ。

 花嫁の幸せがどこにあるのかは、他人でしかないシゲにはわからない。

 それでも晴れの日だからこそ、シゲは願う。

 花嫁の未来に幸あれ、と。




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