第25話 奪還

 妙は桃と、相部屋の自室に戻ると紙片を取り出し、七羽のカラスを折り、呪を唱え式神と化したカラスを夜空へ放った。桃はその様子を横目で見ていたが気にする様子を見せなかった。

 名曳は一階に戻ると妓夫(男性従業員)を数人呼び寄せ何事かを指示する。

指示を受けた妓夫達はすぐさま妓楼を後にし、夜の闇に消えていった。

 牛一は信長の元を下がると疲れのせいか早々に寝付く。

 信長を力丸を次の間に追いやり、一人思案を深めていた。力丸はそのまま信長の寝ずの番をした。


 翌朝、信長は牛一を南信濃から北上させ情報収集するよう指示し先行させる。

 短気な信長だが、気長に情報が集まるのを待っていた。


 三日後、妙の式からの情報や名曳の一族の情報によると、信濃、浅間山に近い、佐久に怪しい者たちの目撃証言があったり、夜半にうろつく大きな荷物の目撃があったり、怪しい瘴気の気配を感じたりする情報が集められる。

 報告を聞き終えた信長は決断を下す。

 「皆の者、佐久に向かう。飛騨を越えまずは、深志城を目指すぞ。強行軍で行く。名曳は牛一に繋ぎを付け深志に来るよう申せ。力丸、馬引けい出るぞ。」


 井ノ口より飛騨高山へ二日半の移動、さらに高山から深志までの二日の移動だった。

強行軍のせいで、妙は息も絶え絶えだったが、最も元気だったのは徒歩移動の桃だったのかもしれなかった。


 深志城下に入った信長一行は名曳の繋ぎもあり牛一と合流した。

牛一は信長の命により深志城下町外れに宿をとり、深志城城代へ挨拶に行く。

 深志城は木曽義昌の領有地であるため、無用ないざこざを避けるためにも必要な措置であった。

もちろん、信長の密命を受けての調査で上野へ移動している最中という説明をしてだが。


 高山で妙は更にカラスの式神を放っていた。

 傀儡一族の情報と妙の式神の情報が深志の宿にもたらされる。

佐久の大井城跡に得体の知れない者が集まっているとの情報が得られる。

 だが、信長は動かない。

 「妙、そちの術で、婦女子の集められている場所の探索は可能か。」

 信長は、妙に率直に聞く。


 「わかりました。なんとかやってみましょう。ただ、情報を得るまでに、一日の猶予をいただきたいのですがよろしいですか。」

 妙は信長に返事を返す。


 「よかろう、ただし、正確な情報を頼むぞ。」

 信長はそう答えを妙に返す。


 妙は、頷き、その場で今までより少し大きめの紙片を取り出し、カラスを折るが、足が三本のカラス、八咫鴉を折り上げ大空に放つ。


 妙の一連の作業を見届けた信長は口を開く。

 「又助、大井城跡を物見せよ。もう少し状況が定まったら我らも向かう。」


 「御意にございます。又助、お役目必ずや果たしまする。」

 牛一は大仰に返事を返し、即座に部屋を出て大井城跡に向けて出立した。


 一日をかけ大井城跡、近くに歩みを進めた牛一は、偵察を始める。


 大井城は佐久地方の実力者、信濃守護代だった、大井氏によって築かれたが、武田信玄の侵攻によって攻略される。現在は、廃城となっていた。


 大井城跡といっても、土塁や空堀などは残されており、仮の門や門周辺の柵、生活空間たる仮設の建物などが見受けられる。

 時より、城に荷物を運び込む荷馬車が到着し、城内にほ破落戸や野党、傭兵崩れなどが二十人程度見受けられた。武具は、組織的なものは見受けられず、個人個人の手持ちの武具に頼っている様子であった。

だが、建物の規模から察するに人質を留め置くような余裕はないように見受けられた。

出入り口は正面の門しかないように見えるが逃げ出そうとすれば、柵のない部分が大部分なので、逃げ出そうとすれば四方から空堀に逃げそのまま逃げ出せそうだった。

 牛一はそれらのことを大井城の面々に気取られることなく偵察をした。



 深志城下町の宿に残っている信長一行は、妙の報告を待っている。

 昼近くにようやく、妙の放った八咫鴉の式が戻ってきた。


 「三郎様。ご報告いたします。」

 妙は桃を連れ信長の部屋を訪れる。


 信長は大きく頷く。信長、力丸、妙、桃が部屋に集まっている。

 「であるか。」


 「情報によりますと、大井城跡に、女性の気配はありません。ただ、大井城跡より南に一里弱の場所、川沿いの洞窟に多数の女性の気配と、多数の邪気を見つけました。おそらくここに女性たちがとらわれていると思われます。」

 妙は肩に乗せた八咫鴉の式に指を近づけると、式は嘴を指にこすりつける。


 「よし決まった、今より妙の報告の場所に向かうぞ、力丸は妙を馬に乗せ共に駈けよ。妙は案内をせよ。」

 信長は決断を下した。


 「では、八咫鴉を放ちます。八咫鴉が案内を致しますので、追ってください。」

 妙はそう言うと再び、八咫鴉を空に放つ。


 信長は馬を走らせ八咫鴉を追い、力丸は妙と一緒に騎乗し信長を追い、桃は走ってついて行く。


 丸一日の工程を時には馬を降り徒歩になり、馬の疲れが癒えたら再び馬に乗り、八咫鴉を追って佐久、大井城跡に遠巻きに近づき南に方向を転じる。途中、牛一に発見され牛一も馬を駆け信長一行に加わった。


 目的の洞窟近くになると、八咫鴉は上空を旋回し始めるが、いきなり黒羽根の矢が八咫烏を貫いた。

黒羽の矢に貫かれた八咫鴉は紙片に戻り、ゆっくりと地面に落ちていく。


 一部始終を見ていた信長は、馬をそのまま駆けさせ、洞窟に近づきながら、鞍の鉄砲に弾を込め火薬を詰め、火縄に懐中火種から火を点火し、二十間先の洞窟前の者に発泡した。

 いきなりの発泡に一人倒れると、虚を突かれた洞窟前にいた十人ほどの者達は、狐の頭を表した。

 「いくぞー!!」

 信長は叫ぶ。

 牛一は馬上で矢を放つ、桃は走りながら石礫を放つ。

 力丸は馬上槍を構え、片手投げに投げる。

誰ひとりとて、放った武器を外すものはいなかった。瞬く間に。一匹は矢に倒れ、一匹は槍に貫かれ、一匹は片眼を石礫で潰した。

 信長は馬から飛び降りると即座に宗三左文字を抜く。力丸は馬を止め妙を下ろす。牛一は騎乗のまま更に弓を射り、力丸の援護をする。桃は脇差を抜く。

 更に洞窟の奥より狐頭の物の怪、すなわち妖狐が十体ほど出てきた。これで、残り十七体だった。

 信長一行を囲もうとするが、牛一は馬を操り、包囲を崩す。

 信長は妙を力丸に託し、力丸は妙を守りながら向かってくる妖狐を切る。牛一は力丸を援護しながら包囲させまいと馬を駆る。

 信長は積極的に妖狐を切り、桃も信長の左右で脇差の冴えを見せつける。

 瞬く間に妖狐は数を減らし、信長の目の前に立ちはだから一体だけになっていた。

 信長は無造作に近づく。妖狐は右の鋭い爪を信長に振り下ろすが、信長の早い太刀捌きに振り下ろした腕ごと、頭から股までの唐竹割りに切られた。

 殺された妖狐達は、青い炎となって消えていった。


 警戒しながら牛一が先頭となり力丸があとに続き、洞窟の奥へと進む。洞窟はぼんやりと緑色に光っており真っ暗闇ではなかった。奥の方に木製の格子状の柵が壁一面にある。

牢屋であった。その中をよく見ると、女性ばかり二十人ほど閉じ込められている。

 ほとんどの女性は意気消沈していて、寝ていた状態だったが、ただ一人だけはしっかりと端座している。


 「皆様、助けに参りました。私は織田家、家臣、太田牛一です。いま一人は、同じく森力丸長氏です。皆様ご安心ください。」

 牛一がそう言うと、力丸が牢の鍵を壊しにかかった。


 「織田の家中の方ですか。私は、武田信玄の娘、松でございます。三位中将様のお招きにより、美濃、岐阜に参る途中でしたが、このような所で囚われの身となってしまいました。共に従ったものは、ここにいる侍女二人のみとなりました。できましたら、岐阜までの道案内なりをお願いできればと思いますれば、お頼みできますでしょうか。」

 武田の松姫と名乗った、女性は薄暗い洞窟の牢で牛一に向かった頭を下げた。


 牢の鍵を壊し中の女性たちを助けだした牛一と力丸は、女性を牢の外に案内し、洞窟を出る。


 二十人を超える女性を一度に郷里に返す訳にもいかず、宿場の宿を一軒借り受け避難させ、信長一行も宿に移動する。

 宿に着き、信長は牛一に甲斐、躑躅ヶ崎館、川尻秀隆に護衛の兵五百を連れて、佐久にくるよう信長直筆の書状を持たせ馬をかけさせる。


 ここに、信長と松姫の対面がかなう。


 「織田三郎信長である。武田の松姫と聞いたが相違ないか。」

 信長は目の前で平伏している松姫と名乗る女性に話しかけた。


 平伏したまま松姫が答える。

 「はい。法性院機山信玄が六女、松にございます。この度、縁ありまして再び、三位中将様の元に参る途中でございました。」


 「であるか。難儀なことよのう。このようなあばら家に避難せねばならんとはのう。」

 信長は少し意地悪な事を言う。


 「いいえ、上様もこのような所でお忍びとは、ご苦労様でございます。」

 松姫はそう言うと頭を上げニッコリと微笑んだ。


 「よかろう。そなたを織田家の嫁と認めよう。だか、ここで起きたこと、儂と会ったことは言うまいぞ。」

 信長は松姫に言うと膝を叩いた。


 「御意にございます。三郎様。滅んだ哀れな武田の姫に過分な申し出ありがたき幸せにございます。」

 目に涙を浮かべながらも頭を下げた。


 「ゆっくりと休め、大したもてなしなどできようもないが、三日もすれば川尻秀隆の軍がやってきて、そなたを岐阜まで送ってくれように。」

 信長はそう言うと面会の時が終わったことを告げた。


 松姫は作法通り信長の元を去ると、自分に当てられた部屋に控えていた侍女と共に戻った。松姫の顔は晴れやかで、婚約破棄以降こんな晴れやかな顔は見たことないと侍女たちは話し合った。


 信長の言ったとおり、秀隆、自らが八百の兵を率いて佐久に行軍してきた。


 信長は極秘裡に秀隆と面会する。

 「上様、明智の乱、ご無事で何よりでした。しかし、このような所でお忍びとは、まだまだお若い限りです。」

 秀隆は頭を下げる。


 「そちも自ら、兵を率いてくるとは、退屈そうに見ゆるわ。」

 信長も秀隆に返した。


 「上様のおかげにて甲斐、信濃は滞りなく平穏でございます。この度は、護衛と伺いましたが、上様の護衛ではなさそうですね。」

 秀隆は訝しげに尋ねる。


 「そのことよ。実は、城介の嫁を岐阜まで護衛してもらおうと思うてのう。」

 信長は無精ひげを一本抜いた。


 「は、三位中将様の嫁ですと。それはどなたですか。」

 秀隆はニンマリとした。


 「武田の姫、松じゃ、頼むぞ。」


 「は、委細承知仕りました。秀隆、一命にかけて使命果たします。」

 秀隆はそう答えると頭を下げ、信長はその場を立ち去った。


 秀隆は輿を用意し松姫を乗せると岐阜へと行軍を開始する。信長一行は秀隆の行軍を確かめると、佐久より上野の地に旅立った。


 大井城跡にいた破落戸どもは、秀隆の行軍を察知すると蜘蛛の子を散らすようにいなくなっていた。


 無人となったはずの大井城跡に虎面の男と右腕を無くした酒呑童子と女鬼が現れ、信長の行方をただ、見つめていた。


 信濃には秋の風が吹いていた。

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