岐路

 風呂に入りながら今日のことを思い返すと、またもや顔がにやけた。好きな子と電話番号を交換できたのだ、変な顔になってしまうのも仕方ないと分かってもらえるだろう。


 「ふんふんふふーん♪」


 ご機嫌に鼻歌を歌う。悪戯電話もあったが、逢坂と話ができたことを考えればなんとも些細なことだ。水に流してやるさ。お風呂だけに・・・な!


 「お兄ちゃーん。鼻歌歌わなくていいから早く上がってー」


 妹の声が扉越しに聞こえてきた。どうやらもう帰ってきていたらしい。鼻歌を聞かれていたのかと、ちょっと恥ずかしくなった。


 「おー悪い、今あがるわ」


 妹は運動部に入っている。遅くまで練習して疲れているだろうし、何より早く風呂に入って汗を流したいだろう。待たせちゃ悪いと思い、僕はすぐに風呂から出た。


 服を着てドライヤーで髪を乾かしているところで、再び妹が洗面所の扉を開けた。


 「珍しいね、お兄ちゃんがこんな時間にお風呂に入るなんて」


 「まぁたまにはなー。風呂に入っていい気分に浸りたい日だったんだよ」


 「ふーん?何かいいことでもあったの?」


 「さぁ、どうだろうな」


 「どうだろうなって・・・そんなにやけた顔で隠してるつもりなの?」


 「おっとっと」


 慌てて口元を抑える。頬をもにもにと揉んでできる限り顔の形を正常に戻した。

 現在の時刻は六時半。普段は九時過ぎに入っているので妹の言うとおりかなり早い。夕食前に風呂に入ったのはかなり久しぶりだ。


 「お風呂入るから出てって」


 「へーへー、もうちょっとで乾かし終わるから待てや」


 わしゃわしゃと髪をかき回して乾かす。俺は髪が長いので若干時間がかかる。


 「あ、そうだお兄ちゃん、ちょっと頼みがあるんだけど」


 「ん?何だ?」


 「今度さ、大通りのアクセサリー店で欲しいのが出るんだけどさ、お金貸してくれない?」


 「ん?アクセサリー?それって今日じゃないのか?」


 「今日のはもう帰りに買ってきたんだ。でも今度また新しいのが発売されるの。で、それも欲しいんだけど今日でお金ほとんどなくなっちゃったから貸してほしいなーって。嫌なら別にいいんだけど」


 「ああそういうこと。まあ別にそれくらいいいぞ」


 「ホント?ありがとーちょう大好き」


 「はっはっはー、もっと感謝しなさい」


 「あ、もう乾いた?じゃあそろそろ出てって」


 「おい!人にものを頼んでおいてそれかよ!」


 髪を乾かし終わり、俺は洗面所を出た。


 ・・・そうか、また新しいのが入荷されるのか。・・・・・逢坂に話してみようかな。いや、でもなんか電話するの恥ずかしいし。さっきの今でなんか馴れ馴れしいような・・・いや!逢坂ならそんなこときっと気にしない、と、思うけど・・・うーん。


 頭の中であーだこーだと情けない自分が騒ぎ立てる。この感じ、非常にうざい。それでも俺は男か。


 悩んだ末、結局俺は逢坂に電話をかけることにした。好きな女の子と電話をする緊張よりも、「逢坂に喜んでもらえるかもしれない!」という下心が勝った。散々迷った挙句最後の決め手がこれである。ここまで情けない男がいたものか。


 部屋に戻った俺はすぐさまケータイを手に取った。さっき登録したばかりのホヤホヤのその番号を見つめる。そこで再び「本当にかけてもいいものか」と逡巡してしまう。メールで済ませてしまおうか・・・でもこうして電話できる口実ができたわけだし・・・うーん。


 あまりの優柔不断さに、流石に自分で自分を殴りたくなった。というか実際に殴った。右手で右頬をバスン!と一撃。しかし、気合を入れるためのパフォーマンスのつもりだったのだが、狙いが悪く頬骨に当たってしまった。予想以上のダメージを受ける。なんだか涙が出そうなくらい悲しくなったが、おかげで覚悟が決まった。


 意を決してその番号に電話をかける。数回のコール音がした後、逢坂が電話に出た。


 「はーいもしもし?」


 「あ、逢坂?俺だけど」


 「うん?誰?」


 「え・・・い、いや、誰って酷いな、はは」


 「ん?・・・あ、その声は赤坂かな?」


 「そうだよ、変な冗談やめてよ。不安になるじゃないか」


 「・・・・・え・・・・・何で赤坂が私のケー番知ってるの?」


 「・・・・・・・・・・・・え?」

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