通信選択

青葉 千歳

0回目

17:00前

 ある日の下校途中、偶然にも俺が好意を寄せている女の子と出会った。


 「あれ、赤坂あかさかじゃん。家こっちの方なの?」


 「ん、まあな。逢坂あいさかこそこっちの方だっけ?」


 あまりに唐突に出会ってしまったものだから、俺は言葉が出てこなくなってしまった。おかげで俺の方が先に相手を見つけたのに、声をかけるのは彼女の方が先、ということになってしまった。


 そんなわけだから内心かなり動揺していたのだが、俺は出来る限り平静を装った。動揺しているところを見られたくないという、言わば男の見栄のようなものだ。ましてやその相手が好きな女の子なら、なおのこと。


 「いやぁ、私はちょっと買い物にね。ここのお店にしか売ってないアクセサリーが欲しくてさ」


 そう言いながら逢坂はすぐ後ろのお店を指差した。ちょうど彼女がそのお店から出てくるところを俺は見ていたのだが「ああ、そうなんだ」と知らない振りをして相槌を打った。というのも「お店から出てくるところを見ていた」なんて言ったら、なんだかストーカーみたいだと思ったからだ。まあ彼女の手に紙袋が握られていることを考えれば、彼女が買い物帰りであることは明白ではあるが。


 逢坂は俺の隣に並んで歩き始めた。俺もそれに合わせて一度止めた足を再び進めた。体温が上昇したような気がしたが、多分それはなんら勘違いではないだろう。もしかして顔まで赤くなっているんじゃないかと、俺は逢坂から顔を逸らして深呼吸をした。その程度で実際に体温が下がるかどうかは知らないが、少なくとも気休めにはなった。


 「だけど赤坂がこっちの方に住んでるなら代わりに買ってきてもらえばよかったかなー、あはは。そうすればわざわざこっちの方まで来る必要もなかったのに」


 確かに彼女の住んでいるところからここまではかなり遠い。というか全くの逆方向だ。


 ところで、何故俺が彼女の住所を知っているかは気にしないでほしい。偶然彼女が友達に話しているところを小耳に挟んだだけであって、やましいことは何もない。それこそストーカーの言い訳に聞こえるかもしれないが俺は潔白だ。本当に。


 「そうだなぁ、言ってくれれば買って、学校に持っていったのに」


 彼女が言っているのはあくまでも冗談、ということは分かってはいたが、彼女と仲良くなるチャンスかもしれないと思った俺は半ば本気で、その冗談に答える。するとそれが功を奏したのか、


 「あ、ホント?」


 「う、うん」


 「と言っても私、赤坂のケー番知らないしなぁ」


 「あー・・・まあ、それもそうか」


 「そうだ、じゃあ交換しとこうよ。今度また新しいのが入荷されたときには頼むからさ」


 「!」


 と、自分から言い出せない意気地なしの俺に代わって彼女がそう言った。言いながら、彼女はケータイを取り出す。それに倣って俺も「ああ、そうだね」と言いながらケータイを取り出した。


 「ああ、そうだね」と素っ気無いような、興味がないような返事をしながらも、この時俺は内心めちゃくちゃ喜んでいた。自分から言い出せなかったことは情けなく思ったが、それでも飛び跳ねたいくらいの気持ちだった。


 俺らは高校生らしいテキパキとした操作で、互いのケータイの番号を交換した。電話帳の一番上に逢坂の名前が表示され、思わず顔がにやけてしまった。五十音順なので逢坂の名前が一番最初にくるのは当たり前と言えば当たり前なのだが、ただ逢坂の名前があるというだけで幸せな気持ちになれた。安い幸せである。


 と、ケータイの番号を交換した直後、俺のケータイに電話がかかってきた。逢坂が確認の為に電話をかけたのかと思ったがどうやら違ったようで、画面には見覚えのあるようなないような番号が表示されていた。しかし、電話帳に逢坂の名前を登録したように、知り合いの番号は全部登録してあるので、名前が表示されてないところを見ると、やはり知らない番号のようだ。


 俺は知らない番号の電話は出ないことにしているので、この時僕は電話を無視した。


 「どうしたの?気にしないで出ていいよ。電話だったんでしょ?」


「いや、大丈夫。気にしないで」


 「ふーん?あ、じゃあ私こっち曲がるから。それじゃまた明日ねー」


 「ああ、また明日」


 逢坂と手を振って別れた。何となく名残惜しい気持ちがあったが、引き止める理由も話もない。俺は逢坂の後ろ姿を見送った。


 と、その時、再び俺のケータイに電話がかかってきた。ポケットから取り出して画面を見れば、さっきかかってきた番号と同じだった。当然出る気はないので無視した。何処の誰の悪戯だと憤りながらケータイを仕舞うと、間髪入れずに三度目の着信が入った。画面を見ればやはり、同じ番号。


 「なんだよもう」


 今度は憤りよりも呆れを感じた。電話の向こうの相手はさぞかし暇なのだろう。当然それに付き合ってやろうなどと、死んでも思わないが。


 その番号を着信拒否に設定して、少し乱暴にケータイをポケットに仕舞いこんだ。そういう悪戯は俺とは無関係な、どこかの誰かにやってくれ。


 電話の向こうの相手が一体どんなやつだろうと想像しながら、俺は帰路についた。

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