第13話 新学期
今日は四月の最初の登校日、いわゆる始業式の日だ。
僕も今日から三年生になる。
これからは大学受験で勉強も忙しくなりそうだ。
そういった緊張感をよそに、もっと緊張することが僕にはあった。
クラス替えの編成だ。
もちろん彼女と同じクラスになれるかどうかという期待だった。
ドラマや漫画だったら、こういう場合必ずに同じクラスになるものだ。
でも僕は常に悪いほうを考えてしまう。
漫画じゃないんだから、そううまい話は無いだろう・・・と。
まずはみんあ二年の時の古いクラスの教室へと集まる。
ここで新三年のクラス編成表が張り出され、自分の新しいクラスを確認してからその教室へと向かう仕組みだった。
前の教室に入ると、大勢の二年の時のクラスメートが黒板に張り出されているクラス編成表を見ながら歓喜していた。
喜ぶ生徒、悔しがる生徒、その中に混じりながら僕もクラス編成表を覗き込んだ。
――僕の名前は・・・。
A組・・は無い。
B組・・も無い。
C組・・・・・・も無い。
なかなか自分の名前が見つからず少し不安になる。
まあ合格発表ではないので最後まで見つからないことはありえないのだが。
――D組・・・『名倉雄喜』あった!
ここに自分の名前を確認する。
そしてあらためて僕の心に緊張感が走る。
そう、もうひとつの名前がどこにあるのか・・・。
最初に同じD組から捜し始めた。
するといきなり僕の心が思わずガッツポーズをした。
『鈴鹿咲季』・・・
この名前が同じクラスの枠内にあることを確認した。
――やった・・・やった!
心の中で僕は連呼した。
こんな喜びは高校の合格発表の時以来、いやそれ以上かもしれない。
僕は新しいクラスの教室へと足早に向かった。
新しい教室に入ると、すでに多くの生徒が集まっていた。
でも顔の知っている生徒は四分の一程度もいないだろうか・・・。
元々人の顔の名前を憶えるのが苦手な僕は、ほとんどが知らない生徒のように見えた。
だがそんなことはどうでもよかった。
彼女と同じクラスになれた。それだけで十分だ。
教室内にはもちろん彼女の姿はなかった。
教室の奥のほうで彼女のことを話している五、六人のグループがいることに気づいた。
恐らく彼女の二年の時のクラスメートだろう。
彼女が春休み中に入院したという話をしている。
どうやらみんなで彼女のお見舞いに行こうという話らしい。
僕は二年の時はクラスは別だったので、当然声は掛からないだろうと思っていた。だが、そのグループの中の男子から声を掛けられたのでびっくりした。
見覚えのある顔だった。
「確か名倉君…だったよね? 今、鈴鹿さん病気で入院してるんだ。
明日みんなでお見舞いに行くんだけど、よかったら一緒に行かないか?」
声を掛けてきたのは彼女の元彼である武田君だ。
まさかの誘いだった。
僕は学校の帰りに病院に寄ることにした。
彼女と同じクラスになったことを一刻も早く報告したかったから。
お母さんとかち合わない時間はお母さん本人から既にメールで連絡を受けている。
「こんにちは」
僕はいつもと変わらない挨拶をする。
「や! 真面目くん。相変わらずタイミングいいね。
さっきお母さん帰ったとこだよ」
彼女もいつも通り明るかった。
「あ、そうだ。今日三年の始業式だよね。クラス替え・・・どうだった?」
彼女も新しいクラスはやはり気になるようだ。
「ああ、僕はD組だったよ」
僕のその言葉に対し、彼女はもの言いたげな顔でこちらを見つめた。
「僕・・・は? で、私・・・は?」
「あ、ごめんごめん。君のは見てこなかった」
彼女は腹を空かした虎のような目で僕を睨みつける。
「嘘だよ!」
僕は慌てて答えたあと、ニッと笑った。
「え、ウソ? もしかして、もしかした?」
僕はピースサインを出した。
「うん。僕ら今年からクラスメートだよ」
「えー嬉しい! 雄喜も嬉しい?」
「もちろん。ああ、でも咲季と同じクラスになったら、ちょっとうるさそうだな。昼休みに会うだけ程度のほうがちょうどいいかもしれない」
「酷いね君。もう一度海に落ちてみる?」
今度はスベるんじゃなくて突き落とされるかもしれない。
「あともうひとつ報告。僕、今日で十八になったよ」
「あっ、そうか。今日は四月五日だね。雄喜の誕生日だ。おめでとう!」
「ありがとう。ようやく咲季に追いついたよ」
「ようやくって、たった二週間じゃん。でもよかった。これで君よりおばさんじゃなくなったよ」
彼女は嬉しそうに笑った。
「あっ、そうだ。ごめん、私、誕生日プレゼント・・・」
「ああ、もう貰ってるじゃない」
「え? 何?」
「これ!」
僕は海で一緒に買って、交換したペンギンのストラップを見せた。
「え? それで・・・いいの?」
彼女は申し訳なさそうに言った。
「これがいいんだ!」
僕がそう言うと、それを聞いた彼女はククッと笑い出した。
「え? 何?」
「いや、今の、なんか、ちょっとだけカッコよかったよ」
「ちょっとだけ、なの?」
僕は皮肉っぽく訊いた。
「うん。ちょっとだけだよ」
彼女は当たり前だと言わんばかりに答えた。
僕は思わず吹き出して笑った。
彼女もまた笑い出した。
「ああ、それから、クラスの有志で明日、咲季のお見舞いに行こうって話が出たんだけど聞いてる?」
「あ、聞いてるよ。お母さんのところに今日連絡が来たみたい。
もしかして雄喜も一緒なの?」
「うん。僕は二年の時はクラスが違うから誘われないと思ってたんだけど、あのサッカー部の彼・・武田君だっけ。彼が僕を誘ってくれたんだ」
「へー克也がね。よかったね。早速新しいクラスで友達ができて。私のおかげだよ」
「別に、まだ友達になったわけじゃないけど・・・」
「そうなの? まあいいか。じゃあ明日待ってるね。久しぶりだなあ、みんなと会うの」
彼女はとても嬉しそうな顔で窓の外に目を向けた。
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