第14話 クラスメートのお見舞い
翌日、放課後にクラスメートのみんなで待ち合わせ、彼女の病院へと向かった。
僕が知らない生徒も数人いた。
三年では別のクラスになったクラスメートもいるようだ。
みんなの話を聞いていると、彼女の入院については
『ちょっと風邪をこじらせたが大事を取って入院した』
程度とのことで、それほど大きい病気とは伝わっていないようだった。
もちろん僕は余計なことは言わなかった。
病院へ着くと、まずは病院の一階にある売店でお見舞い品を買うことにした。
「今はお見舞いにお花ってダメなんだよね?」
「そうだよね。何がいいのかな?」
――え? 花ってダメなんだ。知らなかった。
病院のお見舞いというと映画でよく見る“花”が定番なのかと思っていたが、最近の病院は感染症の問題とかで花のお見舞い品は禁止のところが多いそうだ。
「そうするとやっぱりお菓子? 食事制限とかあるのかな?」
「だったらゼリーあたりが無難じゃない?」
女子生徒のこの一言でお見舞い品は決まった。
大きなロビー内は診察を待つ患者さんとお見舞いの人で込み合っていた。
総合案内でクラスの女子生徒が部屋番号を言って病室の場所を尋ねた。
僕は彼女の病室の場所を知っていたが、もちろんこれも黙っていた。
エレベーターに乗り、病室のあるフロアで降りる。
「あった。あそこだよ」
女子生徒の一人が彼女の病室番号を見つけた。
病室に入ると彼女はベッドで本を読んでいた。
お母さんが横でゆっくり会釈をした。
彼女の目が僕の目と一瞬合ったが、言葉は交わさなかった。
「きゃー咲季! 久しぶりぃ、元気?」
彼女の姿を見るなり女子たちが手を上げながら叫んだ。
「元気なわけないじゃん! 私いちおう病気で入院中だよ」
病室内にみんなの笑い声が響く 。
そういえば僕はクラスメートと喋る普段の彼女をほとんど見たことが無かった。
とても楽しそうに笑っていて、まさに天真爛漫な女の子といった感じだ。
でもなぜだろう?
美術の授業の時にも感じていたが、彼女のその笑顔に違和感を感じていた。
僕といる時とは何かが違った。
僕の知らない彼女がいるような感じだった。
僕自身はとりわけ喋ることは無く、ずっと後ろにいてみんなの会話を聞いていた。彼女も特に僕のほうを見たり、話し掛けてくることもなかった。
少し寂しい気もしたが、とても楽しそうに笑っている彼女を見ているだけで、僕も楽しい気分になれた。
――早く元気にしてあげたい。
僕は心底そう思った
「あんまり長居しても迷惑になるから、そろそろ行こうか」
女子生徒の一人が切り出した。
「えー、もう帰っちゃうの?」
名残惜しそうに彼女が言う。
「退院したらまたみんなで遊びに行こうね」
「あの・・また、来てもいいかな?」
そう言い出したのはあの武田君だ。
彼女はちょっと戸惑った顔をしたあと、しばらく黙っていた。
「ありがとう。でもそんな長い入院になるわけじゃないし、大丈夫だよ。みんなも受験で忙しくなるし、私の病気もそんな大袈裟なもんじゃないから。 退院して元気になったら、またみんなで遊びに行こう」
彼女がそう言うと、武田君は少し寂しそうな顔をしていた。
でもすぐに笑顔で顔を上げた。
「そうか。そうだね。退院したらまたみんなで遊びに行こう」
――なんだろう。この複雑な、なんとも言えない気分は。
今、彼女が言ったこの言葉に、とても安堵している自分に気づいた。
僕はみんなを先に送るようにしながら一番後ろで病室を出る。
歩きながら最後に彼女ほうを見た。
すると彼女は僕のほうを見てクスッと笑い、みんなから見えないように小さく手を振ってくれた。
何か二人だけの特別なサインのようで、ちょっといい気分になった。
病室を出る直前に武田君が突然、足を止めた。
彼は何か思いつめたような顔をしている。
「ごめん、みんな。俺、鈴鹿さんに話があるから、ちょっと先に行っててくれる?」
そう言うと武田君は彼女のほうへ引き返した。
――え? 何?
「おいおい、こんなとこで告白かあ?」
他の男子が冷やかし始める。
「いいから、頼むよ!」
「分かったよ。じゃあ行こうみんな。外で待ってるぜ」
病室を出る間際、また彼女と目が合った。
今度はちょっと不安そうな顔をしてこちらを見ていた。
こういうのを後ろ髪を引かれる、というのだろうか。
そう思いながら僕はみんなと一緒に病室を出た。
「克也のやつ、鈴鹿とヨリを戻したがってたからな」
――え?
一人の男子生徒の思いがけない言葉は僕を焦らせた。
「でもさ、普通、病院で告る?」
もう一人の女子生徒が言った。
――ヨリを戻すって・・・?
言いようもない不安な気持ちが僕の心を襲った。
僕たちは病室の近くの談話コーナーで武田君を待つことにした。
武田君はなかなか病室から出て来なかった。
実際は五、六分しかたっていなかったかもしれないが、僕には異常に長い時間に感じられた。
僕は徐々に増幅してくる不安な気持ちを抑えられなくなっていた。
――いったい何を話してるんだろう? 二人で。
「克也遅くね?」
クラスメートの男子が痺れを切らしたように言った。
「おいおい、二人で抱き合ってキスでもしてんじゃねえの」
――ちょっ、ちょっと待ってよ・・・。
津波のような猛烈な不安感が僕を襲った。
「オレこっそり覗いてこようかな」
もう一人の男子生徒が言った。
「止めなよ」
女子生徒が止めに入ったが、その男子生徒は病室のほうへと向かっていった。
男子生徒がこっそり病室のドアを開けようとしたその時、ガラリとドアが突然開いた。
「おう! なんだ?」
武田君は何事も無かったように出てきた。
「おう! どうだった?」
男子生徒も何事も無かったように訊いた。
「フフフ!」
武田君は不敵な笑いを浮かべた。
「何だよ、その笑い?」
――何? どういうこと?
「みんな、ハンバーガー食いに行こうぜ! おごったる!」
武田君が明るくみんなを誘った。
「おいおい。ホントかよ。おごってくれんのか?」
そして武田君は僕のほうを見てニイッと笑った。
「名倉君も来るだろ?」
突然の誘いに僕は戸惑った。
「あ、ごめんね。今日はこれから用事があって・・・」
「そうか・・分かった。じゃあ、またな」
僕は思わず断ってしまった。用事なんかないのに。
でも彼の誘いに乗ったら、何か負けたというような気分になる気がしたのだ。
武田君は複雑な表情をしていた。
その表情を見て、僕はさらに複雑な気持ちになった。
――彼女と何を話したんだろう? まさか、また彼女と・・・。
何なんだ、このモヤモヤした気持ちは。
女々しく考え込む自分にイライラした。
だったら
そう自分を叱咤した。
――でも、なれるわけないか・・・。
心の中で呟き、失笑した。
そうすぐに諦めてしまう自分がいやになった。
僕はとても落ち込んだ気持ちを引きずったまま病院をあとにした。
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