第12話 ふたつの嘘

翌日の午後、僕は彼女の入院している病院にいた。

もちろん彼女に会うためだ。


病室は事前に彼女のお母さんからメールで聞いていた。


彼女に会うのは何日ぶりだろうか。

僕の心の中は嬉しさと不安が入り混じっていた。


病室の扉の横にある名札を確認する。


 ――ここだ。


病室の中の覗くと、カーテンで仕切られたベッドが部屋の四方に置かれていた。

わりと広い四人部屋だった。


僕は奥の窓際のベッドで本を読んでいる彼女すぐに見つけた。

胸がきゅっと締め付けられた。


声を掛けようとした。

なのに声が出ない。


 ――あれ? なんでだろう?


僕は振り絞るように声を出した。


「あの・・・こんにちは!」


病室内に僕の声が大きく響いた。

その声に病室にいたみんなが一斉にこちらを見た。


 ――あ、まずい・・・っていうか恥ずかしい。


「あっ、すいません!」

僕はすかさず謝った。


彼女がびっくりした顔でこちらを見ていた。


「え? 名倉くん?」


「あっ、ごめんね。久しぶり・・・」

「来てくれたの?」


彼女は慌てている僕を見ながら笑った。


「相変わらずいいキャラしてるね。君は」

「ごめんね。うるさかったよね」


危険な目に遭わせてしまった僕を怒ってるんじゃないかと、ちょっと不安だった。

でも僕を明るく迎えてくれたのでホッとした。


「ごめん。君に連絡したかったんだけど、お母さんに携帯使わせてもらえなくて連絡できなかったんだ。よく部屋わかったね」


「ああ、学校で教えてもらったんだ」

「そう・・・」

僕は下手な芝居をした。


「あの・・・今日家族の人は?」

「大丈夫。お母さんが来るのは朝と夕方だから。さっき帰ったところだから今日は夕方まで来ないよ。そうだよね。うちの両親とかち合ったらまた何か言われちゃうもんね。ごめんね、いろいろ言われたんでしょ。みんな私が悪いのに。一所懸命説明したんだけど・・」


「僕のほうは全然大丈夫だよ。鈴鹿さんこそ、体は大丈夫なの?」

僕がそう訊くと、彼女はゆっくりと俯いた。


「私の病気のこと・・・聞いた?」

彼女は探るようなトーンで僕に訊いてきた。


「え? お母さんからは昔から体が少し弱いってことは聞いたけど、あとは・・」


僕は精一杯に嘘をついた。


彼女はまたしばらく黙っていた。


「私ね・・・心臓があまりよくないんだ。生まれつき・・・」

「そ・・・そうなんだ」

僕はそのまま平然を装った。


「海に行った時は、薬を学校のカバンの中に入れっぱなしで、持っていくの忘れちゃったんだよね。私ってドジだから・・・ごめんね、心配かけて」


そうか。あの日はカバンを持たずにそのまま学校を出てきちゃったから。


「もしかして電車に乗る前に学校に戻ろうとしたのは、薬を忘れたのを思い出したからだったの? 僕、何も知らなくて・・・本当にごめん」


僕は自分のしてしまったことの重大さを知った。。

僕は取り返しのつかないことをしてしまうところだったんだ。


「ううん、違うよ。あの時は私のわがままに君を付き合わせたら悪いなって本当に思ったんだ。薬も一日くらいなら平気かなって思ったし・・・。

でも君に手を引っ張ってもらった時は本当に嬉しかったよ」


僕は・・・何も言えなかった。


「あー、そういえばさっき私のこと『鈴鹿さん』って言ったでしょ。名前で呼ぶ約束だよね」

彼女は頬を膨らませた。


「あ、ごめんね。でも確か、君もさっき僕のこと『名倉くん』って言ったよ」

「あー、君こそ今、私のこと『君』って言ったよ」


何だかよく分からない押し問答が続いた。


「ごめんね。なんかのがうつっちゃったよ」

「フフッ、影響されやすいんだね、


「うん、そうみたい。でも『君』って響きも、何か悪くないかもね」

「そうでしょ」


さっきまで拗ねていた彼女がやさしく微笑んだ。


「あのさ・・・大丈夫・・・なの」

「え?」


「その、心臓の病気って・・・命にかかわる・・・とか・・・」


 ――何を言い出すんだ、僕は。


言葉に出してしまったあと猛烈に後悔した。

訊いてはいけないことを訊いてしまった。


でも、それを聞いた彼女は、いつもの眩しい笑顔をしながら答えてくれた。


「えー心配してくれてるの?  嬉しいな。大丈夫だよ。そんな大袈裟なもんじゃないよ、私の病気は。ちゃんと薬を飲んで、運動とか、食事とか、お医者様の言うことを聞いて無理しなければ大丈夫って言われてるから」


そう言ったあと、またニコリと微笑んだ。


彼女も・・・嘘をついている。

二人の間に嘘が交錯していた。


彼女はどんな気持ちでこの嘘をついているんだろうか。

そう思うと心が張り裂けそうになった。


「ごめんね」


「また謝ってる。別に君が謝ることないでしょ」

彼女は大きく笑った。


「携帯やスマホが無いと全然連絡できないから不便だよね」

彼女は困ったように言った。


「でも昔はみんなそうだったからね」

「そうだよね」


「僕らの父さんや母さんの時代はどうやって連絡取り合ってたのかな?」

「やっぱり電話か手紙じゃない?・・・あと交換日記とか?」


「今はラインとかあるから交換日記なんかする人はいないんじゃないかな?」


それを聞いた彼女が黙ったまま上目遣いで僕のほうを見た。


「私、雄喜と交換日記したいな」

「僕が日記を書いたら、きっと理屈っぽくて論文みたいになっちゃうよ」


僕は彼女の言葉は軽い冗談だと思い、軽い答えで返してしまった。


「ねえ、雄喜はなんで小説家になりたいって思ったの?」

「うーん、そうだね。物語って読む人をいろんなの世界に連れてってくれるじゃない。冒険の世界、恋愛の世界、スポーツの世界、そして未来の世界も。みんなワクワクするよね。僕もたくさんの人をそんな世界に連れていってワクワクさせたいって思ってるんだ」


彼女は優しい顔で僕を見つめていた。


「すず・・・咲季は絵本作家だっけ・・・」


「うん。小さい時から絵を描くのが大好きだったんだ。たくさんの子供たちをいろんなメルヘンの世界に連れていってあげたいなあって思ってた」

彼女はまるで幼い子供のような顔で嬉しそうに話した。


「物語ってすごいよね。人を喜ばせたり、笑わせたり、悲しませたり、真面目にさせたり、いろんなことで感動させてくれる。そんな物語を雄喜なら書けると思う。

私ね、前から思ってたんだ。雄喜は人を幸せにできる人なんだよ」


「ハハ、そんなの。僕になんて無理だよ」

「ううん。私には分かるんだ」


「どうしてそんなこと分かるの?」

「んー、何でかな? なんとなくそう思う。それじゃダメ?」


「なんとなく・・・か。うん。咲季にそう言われたら、なんだか本当になれる気がしてきたよ」

「そうでしょ」


「そう言えば、鈴鹿さんの夏休みの課題の絵、県のコンクールで銀賞を獲ったことあったよね。あれ、すごく綺麗だった。」

彼女の絵はとても幻想性が高く、それでいて暖かな感じがする不思議な絵だった。


「えー、あれ見てくれたんだ。嬉しいな。中学の時からけっこう絵本描いてるんだよ」

「へえ。咲季の描いた絵本、見てみたいな」


彼女はちょっとびっくりした顔をすると、嬉しそうにニコッと微笑んだ。

そして黙ったまま引出しからスケッチノートを取り出した。


「じゃあ、雄喜にだけ見せてあげる。家族以外にはまだ誰にも見せたことないんだよ」


僕は彼女からそのスケッチノートを受け取った。

かなり使い込んでいるのが感触的に伝わる。


「見てもいいの?」

彼女は黙って微笑んだ。


ゆっくりそのノートを開く。

それはまさに絵本のようになっていた。


タイトルは『海の大空を飛んだ鳥』


可愛い小鳥が主人公のようだ。

水性の絵の具とクレヨンを合わせた柔らかいタッチに彼女の暖かさと優しさが滲み出ているようだった。


話の内容はこうだ。

ある日、とある島で、渡り鳥の親から数羽のヒナ鳥が生まれた。

主人公はこの兄弟たちの中の一羽で、名前はピイちゃんと言った。

ヒナ鳥の兄弟たちは、だんだんと成長していき、いよいよ初めて飛び立つ日がやってきた。


兄さん鳥、姉さん鳥はどんどんと大空に向かって飛び立っていく。

だけどピーちゃんはなかなか飛ぶことができなかった。


ピイゃんは一所懸命に飛ぶ練習をした。

だけどやはり飛ぶことができなかった。


弟鳥や妹鳥もどんどんと飛び立っていき、ピイゃんは最後に一羽だけ取り残されてしまう。

兄弟鳥たちが空の上で心配してピイゃんを見守る中、ピイゃんはみんなに別れを告げる決心をする。


「僕は一人で大丈夫だから先に行って。みんな元気でね! さようなら!」

ピイちゃんは一羽だけ残され、島に一人ぼっちとなった。

ピイちゃんは空を見上げる。


「僕はダメな鳥なのかな・・」


ピイちゃんは下を向いて俯いていた。

そこでピイちゃんの目に映ったのは、すぐ前にあった広大な大海原だった。

ピイちゃんは、何も考えずに海に飛び込んだ。


「なんだろう、この感覚は。すごく気持ちがいい」


ピイちゃんは海の中を早く、そして自由に飛び回った。

「広い! それになんて気持ちいいんだ! 

これが『飛ぶ』ということなのかな?」


そう、ピイちゃんはこの時、『海』という名前の壮大な『大空』を飛んでいた。

ピイちゃんにとって、『空』とはこの大きな『海』だったのだ。


そして、ピイちゃんはそのままペンギンという鳥になった。


読み終えた僕はとても不思議な気持ちになった。


まず、このストーリーのラストは何なのだろう。

笑わせるつもりだったのだろうか?


いや、僕はこの物語の中にもっと奥の深いメッセージを感じ取った。

話の内容や絵の上手さとかのテクニックではない。


『ひとつのことがうまくいかなくても、そこから別の方向性に進むことによって道は開ける』そんなことを示唆している物語だ。


そう、これは人の生き方そのものだ。


この絵本の中からは

『どんな逆境でも負けないで頑張ろう』

という病気と闘う彼女のそんな思いが伝わってくる気がした。



「あは、どうかな? 笑っちゃった?」

彼女にしてはめずらしく、とても恥ずかしそうな顔をしていた。


「いや・・・何て言えばいいのか・・ごめん。すごくいいと思う」

「フフッ、ありがとう」


こんな照れた彼女を初めて見た気がする。


 ――あれ?


僕はいろいろな思いが交錯するうちに無意識に目の中が熱くなっていた。


「え? そんなに感動してくれたの? 嬉しいな」


不覚だった。

涙が目の中に潤んでいた。

なんで涙が出るんだ?

この絵本のせい?

分からない・・・。

でもダメだ! 今、僕がここで泣いては・・・。


僕は懸命に溢れ出てくるものを抑えた。


「咲季も、きっといい絵本作家になれるよ」

彼女は何も言わずに優しく笑った。


「そうだ! 将来、私と雄喜の物語を書いてよ。病気のヒロインとネクラな消極男子の恋なんてテーマどうかな?」

「何それ? 売れなそう」

「だよね!」

病室に二人の笑い声が響いた。


「そうだ。海に落ちた時に私が買ってあげたスエットどうしてる?」

「ああ、今は僕の愛用の部屋着になってるよ」


「ホント? 嬉しいな。私も一緒におそろいの買っておけばよかったな」

「また今度一緒に買いに行こうよ。今度は海に落ちないようにするから」

「うん、そうだね。約束だよ」


彼女は嬉しそうに笑った。

僕は彼女のこの笑顔こそ人を幸せにできる、そう思った。


少なくとも僕を幸せな気持ちでいっぱいにしてくれていた。







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