第9話 彼女への不安

この日は朝から雨が降り続いていた。


雨の日の昼休みは屋上へは上がることはない。

よって、屋上で彼女と偶然(?)に会うこともなかった。


雨は放課後になっても降り続いた。


今日は部活の日ではあったが、雨で外で練習ができないため、部室でのミーティングとなった。

結局、簡単な打ち合わせのあと、解散となった。

僕はラッキー、と思いながらカバンを取りに自分の教室へと向かった。


校内の生徒はすでに帰宅してしまったようで、どの教室も人は疎らだ。


A組の教室の前を通った時だった。

後側の扉が開いていたため、一瞬だが教室の中が目に入った。


そこに女子生徒が一人、教室の奥の席で座っているのが見えた。


 ――あれ、鈴鹿さん?


後ろ姿ではあったが、僕にはすぐ分かった。


扉から教室を覗き込む。

どうやら他の生徒はみんな帰っていて、彼女以外誰もいないようだ。


 ――どうしよう・・声を掛けようかな・・。


僕は思い切って教室の中に入った。

僕の姿が見えてないのか、彼女は気がついていない。


声を掛けようと思った瞬間だった。下を俯いている彼女の目に光るものが見えた。


 ――泣いてる?・・・。


僕はそれを見て、そのまま動けなくなってしまった。


 ――どうしたんだろう?


何も言えず固まったまま、しばらくの時が過ぎた。

すると彼女は急に上を向いたと思うと、スッと立ち上がった。

「・・・」

もう一度声を掛けようと思った瞬間、彼女は振り返ってこちらを向いた。


「えっ!」


彼女はびっくりした顔で僕を見た。当然だろう。


「名倉くんじゃん! どうしたの?」


「あっ、ごめんね、脅かすつもりじゃ。今日は部活が雨で休みになったんで帰ろうと思ったんだけど、鈴鹿さんが見えたから・・・」


彼女はあっけらかんと笑っていた。

さっきのは僕の見間違いだったのだろうか?


「あのさ・・・今、泣いてた・・・?」

「え? 私が?」


彼女は大きな声で笑い出した。


「なんで私が泣かなきゃいけないの?  あっそうか、失恋したとかで・・・フフ」


やっぱり勘違いだったのだろう。

いつもの鈴鹿さんだ。


「名倉くんて、何部だっけ?」

「ごめんね、テニス部だよ」


「フフッ、謝んなくてもいいよ。そっかあ、テニス部か。

ケイ君目指してるとか?」

「なれるわけないでしょ!」

「だよね」


彼女のいつもの眩しい笑顔だった。

うん。やっぱりいつもの鈴鹿さんだ。

僕は何かホッとしていた。


「ね、テニスって楽しい?」

「うん、そうだね。練習はちょっと辛い時もあるけど。でも自分の思い通りのショットが打てた時はすごく気持ちいいよ」


「そっかあ、私も今度やってみたいな」


「鈴鹿さんは何かスポーツやるの?」

「ううん。私、運動苦手だから」

「実を言うと、僕も運動はあまり得意じゃないんだよね」

「うん、そんな感じするね」


「え? ここは普通、気を使って

『そんな感じに見えないよ』

って言ってくれるところじゃないの?」


「ああ、だよね。ごめんごめん。私も会話能力無いね」

また彼女らしくケラケラと笑い出した。


彼女は教室の正面にある時計のほうに目を向けた。


「ごめん。私もう行かなきゃ。じゃあ名倉くん。またね」

「うん。またね」


彼女が帰ろうと扉のほうに向いた時、僕は思わず彼女を呼び止めた。

「あの・・・一緒に帰らない?」


「え?」

彼女はびっくりした顔で振り向いた。


 ――あれ? 僕、何言ってんだろう・・・。


言った僕自身びっくりしていた。


彼女は困った様子で少し考えたあと、めずらしく悲しそうな顔になった。


「ごめん、今日はちょっと寄るところあるんだ」


「あ・・・そう。ごめんね、じゃあ駄目だね。また・・・明日」

僕はちょっと苦笑いをしながら別れの挨拶をした。


「じゃあね・・・」


彼女は一言そう言うと足早に教室を出て行った。


僕にしては一大決心の誘いの言葉だったのだが、脆くも崩れ去った。

でも断られたショックよりも彼女の悲しそうな顔のほうが気になった。


 ――鈴鹿さん、何かあったのかな?


静まりかえった一人きりの教室は、寂しさと共に僕を不安にさせた。




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