第4話 彼氏

まさしくスカイブルーの空。

ぽかぽか陽気の暖かな日だった。

その日、僕はいつものように屋上の給水塔の上で文庫本を読んでいた。


前と少し違っているのは、何かを待っているという感覚だ。


 ――待ってる? 何を? 誰を?


そう、僕は彼女とまたここで会えるのではないかと期待を知らず知らずに持っていた。


でも、彼女は現れなかった。


 ――僕は何を期待してるんだろう。


いつの間にか落ち込んでいる自分に苦笑する。

この前は偶然ここに来ただけなんだから、来なくて当たり前なのに。


いつも期待しないで生きる、それが僕という人間だったのに。

今日は午後に美術の授業がある。

それは彼女のいるA組との合同だ。


授業は人数の多いA組の教室で行われる。

僕はいつものように美術用具を持ってA組の教室へと向かった。

教室に入るなり、僕は自然と彼女の姿を捜していた。

すぐに賑やかに話をしている男女数人のグループの輪の中に彼女を見つけた。


 ――いた!


僕の心臓の鼓動がキュッと高鳴る。

彼女はとても楽しそうに笑いながら喋っていた。


グループの中でも一番テンションが高いのではないだろうか。きっとクラスの中でもけっこう目立っている存在なんだろう。

声が大きめなので会話がの内容まで聞こえてくる。


「その顔なら絶対イケるよ克也!」

「バカ言ってんじゃねえよ咲季!」


深い内容はよく分からないが、他愛ない楽しそうな会話が続いていた。


 ――とてもあのグループなかには僕は入れない。


僕は本能的にそうに感じた。


でもなぜだろうか。

みんなと笑っている今の彼女の笑顔に違和感を感じずにはいられなかった。


「おう名倉、何ボーとしてんだ?」

隣の席にいたB組のクラスメートに声を掛けられ、ハッとなる。


「え? ボーとしてた?」

「してたよ」

「いや、ごめん。別に・・・」

どうやら知らず知らずのうちに僕は彼女に見入っていたようだ。


その時、彼女の視線が一瞬こちらに向いた。

僕の存在に気づいたと思った。

手を挙げて挨拶をしようと思ったのだが、彼女はすぐに友達のほうに向き直り、何事も無かったように友達と喋り続けていた。


 ――あれ? 僕に気づかなかったのかな?


結局、その日は彼女と話をすることなく、合同の美術の時間は終わった。


僕の心の中にモヤモヤ感が残った。

しかし、この感覚の正体が何なのか、自分でもよく分からなかった。


放課後になると、僕は部室へと急いだ。

今日は部活の日だ。

体を動かせば少しはこのモヤモヤ感がすっきりするかと、今日はいつもより懸命に体を動かした。

けれども、やはり心の中に燻るモヤモヤ感は抜けることはなかった。


練習の終わりに、学校の近くにある中央公園までランニングをすることが日課になっていた。

テニス部員十数人が大きな掛け声と共に校門を抜け、中央公園へと向かう。

学校内では特に気にならないのだが、学校の外で大きな声を上げることにはちょっと抵抗があった。


公園内の遊歩道に入ると、帰宅途中の生徒が多く歩いていた。

その時だ、見覚えのある女子生徒の後ろ姿が僕の視界に入った。

まだ遠目であったが、それを彼女だと認識するのに時間はかからなかった。


だが、同時に強いショックが僕の心を襲った。

彼女の横に親しそうに男子生徒が並んでに歩いていたからだ。


僕は反射的に彼女から見えないように反対側の列に移り、隠れながら走った。


テニス部員の列は二人を追い抜いていく。

その瞬間、僕はちらりと二人のほうに目をやった。

二人とも話に夢中で、僕に気づく気配はなかった。


彼女はとても楽しそうに笑っていた。

二人の歩いている距離感とその笑顔の様子から、かなり親しげな関係であることが僕でも分かる。

その男子生徒は見覚えのある顔だった。確かサッカー部だ。


 ――やっぱり彼氏いたんだ・・・。


僕はあらためてショックを受けていることを自覚する。


 ――何?


何で僕はショックを受けているんだ?

何かを期待していたのだろうか?

あんな明るくて可愛い子なんだから彼氏がいて当たり前だった。

そんなことは分かっていただろう。

いや、僕だって彼女に対してどうこう想っているわけではなかったはずだ。


そうだ。

別になんとも思ってない・・・。

悪いこともしていない・・・。

関係ない・・。

僕は必死に自分にそう言い聞かせ続けた。




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