第33話 毘沙門天の侵攻


 44歳となった氏康は隠居し、家督かとくを子の氏政うじまさに譲った。


 年若くして家を継ぎ、苦労した自分の経験をもとにした行為だろう。


  氏康はしっかりと後見をしていた。軍事も政治も氏康が一度目を通してから決められた。


 家督は譲ったと言っても心配だったのだ。


 そんな北条家に二つの情報がもたらされる。


 一つは同盟を結んでいた今川義元が桶狭間で織田信長に討たれたと言うもの。


 もう一つは、越後の龍、長尾景虎が三国峠みくにとうげを越えて関東に侵攻してきたと言う情報だった。


 今川の領内は乱れていた。氏真うじざねには荷が重い。


 彼には氏康の娘を嫁がせている。救いたいところだった。


 しかし、景虎の進軍はそれを許さない。


 上野こうずけの諸城を攻略し、なおも勢いは衰えない。


 それを見た関東諸将は景虎の味方として集まっていった。


 北条に全力で媚を売っていたのが信じられないくらいの変わり身の早さだ。


 戦乱の多い関東では、小さな家はこうして大勢力の間を綱渡りしながら生きるのが伝統だった。


 そこまで間違っていないのでタチが悪い。




 景虎はなおも攻め続け、北条の本拠地である小田原城を包囲した。


 河越夜戦後、景虎に身を寄せていた山内上杉の当主、上杉憲政うえすぎのりまさ


 彼は関東管領という役職を持っていた。


 とうの昔に有名無実化したその官職。


 だが、関東に関係のない景虎が大義名分として掲げるには十分だった。


 上杉憲政の養子となり、名を上杉政虎と改めた景虎は、関東管領を受け継ぐこととなった。


 なおも小田原城包囲は続く。北条もこれで終わりだと思われた。




 だが、ここで武田信玄が動く。長年景虎とその領有をかけて争っていた川中島に城を築き始めたのである。



 なかなか落とせない小田原城に、関東諸氏の間にも厭戦えんせん気分が広がっていた。


 景虎は越後に引き上げることとなった。


 北条は首の皮一枚で生き延びたのであった。




 ●




 上杉謙信が来るらしい。


 小太郎が報告してくれた。




 何度か戦って、これは敵わないと思ったらしく北条は小田原城に籠城するそうだ。


「あるじ様の近くで戦わせるわけにはいきませんから。」


 などと言っていた。部下が有能で嬉しい。

 小太郎たちも万一に備えて、小田原城に籠こもるそうだ。


 兵糧攻めされても、小太郎がいれば簡単に運び込めるだろうからなあ。


 小田原城を落とすのは骨だろう。


 上杉謙信は頑張ってくれ。


 なんかいろいろ名前あるらしいけど、もう謙信に統一しよう。


 分かりにくい。


 どうせ後世には謙信で伝わってるんだからな。




 謙信はわざわざ俺の元まできてお祈りしていた。


 いいの?


 俺の下に祀られてる神様、八幡大菩薩だよ。


 毘沙門天びしゃもんてんじゃないよ?




 なにはともあれ、信心深いのはいいことだ。俺はいいやつじゃんという評価をした。


 そのあと輝夜が集めた情報によると、上杉軍は村々を略奪して回ったらしい。




 ⋯⋯うん。いいやつじゃないや。


 俺の関東に何してるんだよ。




 許さんよ。


 俺の下で戦うのなら一方的な虐殺をしてやろうじゃないか。




「戦国時代に入ってから思考が物騒になってるわよ。」


「そんなバカな。」


 そうかもしれない。いや、でもみんなずっと戦ってばかりだし。


 人間の本分は戦争にあるんじゃないかと思い始めてしまったぞ。


「私たちには関係ないでしょう。」


「確かに。」


 言われてみれば、俺を燃やさない限り別に人間が戦争しようが何しようが問題はなかった。


 もっと木として、超越的な視点を持たなくてはならない。


「あなたの目標はもっと未来でしょう。私も待ってるから。」


 俺が人間に戻るまで。


 たどり着けるかわからないはるか未来。


 それを輝夜は見据えていた。


 俺は頷いた。いや、頷けなくて、黙って樹液を生成した。


「いつもありがとう。これからも一緒に頼む。」


「もちろんよ。」


 輝夜は優しく頷いた。ついでに俺の樹液を美味しそうに飲んだ。



 樹液生成という、味が良くなるというだけの機能に投資することになるとはね。


 輝夜が美味しそうだから、俺はそれだけで満足だけど。







 上杉謙信軍は小田原城を攻略できなかった。


 腹いせに俺に火をつけようとしている。


 祀ってあるのが毘沙門天じゃないと気づいたのだろうか。


 誰がそんなこと許すかよ。


 この頃さらに息があって来た輝夜と一緒に追い返す。


 今宵の俺の葉っぱは血に飢えているぜ。


 リーフインジェクション!リーフインジェクション!


 リーフインジェクション!




 ひたすら葉っぱを射出し、倒していく。



 フハハハハ。圧倒的じゃないか。これが俺の力だ。


 人間風情が、俺を燃やそうとするんじゃねえ。


 いや、ダメだ。ダメだ。俺は人間に戻るんだ。


 木としての思考に染まりきったらまずい。


 俺と輝夜の攻撃により、上杉軍は俺を迂回するように北上していった。


 天罰だという噂が流れている。


 うんうん。天からの葉っぱだからね。


 間違いなく天罰だね。もっと崇め奉ってくれてもいいよ。




 調子に乗っていたら大和杉に近づくと祟られるという噂が流れた。

 訪ねてくる人が減った。解せない。


 愛と輝夜が諜報を使って新しい噂を流してくれた。


 大和杉の祠は家内安全戦勝祈願商売繁盛なんでもござれ。

 とにかくご利益がすごいらしい。


 盛りすぎじゃないかと思ったが、やり過ぎなくらいがちょうどいいくらいだった。杉だけに。


 おい、輝夜。なぜ微妙そうな笑いをしてるんだ。つまらない? ⋯⋯そう。


 俺にギャグの才能はないな。諦めよう

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