第12話 竹取物語 結

 かぐや姫たっての希望により、大和杉への旅行が行われた。


 帝の寵愛にふさわしい物々しい警備がなされ、まるで中宮や皇后のようであった。


「しかし、姫よ、なんでいきなり大和杉に行こうと思い立ったんだい?」




 翁は首を傾げた。




「ちょっと興味があったから。」




「そうかい。まあ、姫の望みならワシはなんでも叶えるつもりじゃ。」




 牛車に揺られる彼女の心は複雑だった。


 確かに愛の言うことには頷けることも多い。




 それでも木によって生み出されたということなど信じたくなかった。

 窓のない牛車の中でも、その木の気配というものがかぐや姫には感じられた。



 最初はただの普通の木だと思っていた。


 しかし、近づけば近づくほどにその大きさには果てがないようだった。


 彼女は圧倒されてしまう。




 大木といっても30mがせいぜいだと考えていた。


 だが、この木はその20倍はありそうなほど大きい。




 なんという迫力だろうか。


 直接見ていなくてもこれほど心を動かすのだ。


 見てしまったらどうなるのだろう。




 そんな期待と不安が彼女の中で絡み合う。


 牛車の御簾が上がった。正面に大和杉の木肌が見える。




 何千年もの間風雨に耐えてきたはずなのに、若々しい。


 そんな鮮やかな茶色だった。




「よくきたな、輝夜。」




 頭に直接声が響いてきた。厳かで、どこか懐かしい。




 かぐや姫はいつの間にか自分が泣いているのに気づいた。




「えっ、私。どうして⋯⋯。」




 訳も分からず涙を流す。そんな彼女に慌てたのは女官たちだった。


 御簾をあげたと思ったら姫が泣き出したのだ。


 失礼があったのではないかと戦々恐々としてしまう。




「姫、どこかお加減が悪いのですか?」




 女官長が恐る恐る尋ねた。




「いいえ。決してそんなことは。」




「一人で放り出して悪かった。だが、俺にはお前が必要だ。俺の元にこい。」




 なおも声は響いてくる。他の人には聞こえていないようだった。


 猛烈な慕わしさが湧き上がる。彼女は彼から生み出された森人だ。




 それは刻みつけられた本能のようなものだっただろう。


 かぐや姫は理解した。自分の定めを。


 どうして誰とも結婚する気にならなかったのかを。




「後日、天人の王に扮した小太郎が迎えに行く。覚悟を決めておいてくれ。」




 彼のその言葉を聞いたところで、女官によって御簾が降ろされた。




「かぐや姫さまはお気分が悪いようです。帰りましょう!」




 翁はその言葉に頷いた。




 それ以上の滞在は無用だった。彼らは自分の屋敷へ帰って行く。


 かぐや姫は自分の体を抱えて震えていた。


 これまで育ててくれた翁への思いが揺れた。


 屋敷に帰ってしばらくして、彼女は翁に相談する。


 天人などという連中が自分を狙っていることを。


 彼女の中では葛藤がおこっていた。彼に従うべきか否か。




 杉だということがネックだった。




「だって、木じゃない⋯⋯。」




 その言葉につきた。木材系主人公全否定である。


 かぐや姫の言葉を聞いて、翁は素早く帝に連絡した。




 帝も重く受け止めてすぐに兵士たちを派遣した。


 2000人もの大軍である。帝のかぐや姫に対する本気度が伺えた。




 そうして時はやってくる。


 子の刻。真夜中だ。




 小太郎は軍勢召喚を行った。彼と同じ紅毛碧眼の男たちが現れる。




 雲乗りを発動し、筋斗雲のごとく操って彼らは一瞬で翁の家に到着した。




 小太郎の技能「全体麻痺付与」により2000人の軍勢はそのほとんどが動きを止めた。


 あくまで普通の兵士に小太郎の相手は荷が重い。




 技能「軍勢召喚」により呼び出された軍勢は、一騎当千とまでは言わずともかなりのツワモノぞろい。




 麻痺が効かなかった兵の放つ弓矢を弾く。抵抗する兵は徐々に減っていった。




「かぐや姫。私とともに来なさい。」




 小太郎は生来の気質を隠して、偉そうな身振りで招く。




「許してください。天人様。かぐや姫は、娘は私の宝なのです。いなくなったら生きていけない。」

 翁の嘆きは深い。誰であろうと哀れを催さずにはいれないほどだ。


 生来優しい気質の小太郎はいたく心を動かされたようだった。




 それでも首を振って役目を果たそうとする。彼の忠誠心は比類ないのだ。




「ここはお前のいるべきところではない。もっとふさわしい場所がある。」




 意図的に翁を無視し、彼はかぐや姫を雲に乗せてしまった。




 彼女は抵抗しなかった。こうなってしまった以上、これが自分の運命なのだと信じたのだ。




「翁、今までありがとう。帝にも感謝を伝えておいてね。」




 振り返った彼女の瞳は光っていた。涙にはならない。


 代わりにとびっきりの笑顔を残した。


 育ての親として深い愛情を注いでくれた翁へできる最後の贈り物だった。


 小太郎の合図で天人の軍勢はかき消えた。




 雲か霞か。




 今は影さえ残らない。




 翁の悲痛な泣き声が夜空に響いていた。




 帝もたいそう悲しんだ。



 逢ふ事も なみだに浮かぶ 我が身には きみの夢すら 定かならずや






 このような和歌が残されたそうだ。




 時が経ち、当事者たちは死んでしまったが、この話を元に日本最古の物語が作られたのであった。


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