第7話 こんなに大きくなりました

 


 イワスヒメのおかげで、土壌問題は解決できた。


 どうも俺の下の地面を丸ごと変えてしまったみたいだ。


 どれだけ栄養を吸ってもどんどん溢あふれてきた。


 さすがは神様パワーだ。


 これを使っていいのかと思わないでもない。


 しかし生きている植物として634mを目指すのは、神様の助けを借りてなお厳しいだろう。


 伸びるのとは別のところにも投資する必要があるし。

 耐火性に葉の射出関連のあれこれ。

 人がいなかったらいらなかったのになあ。


 さて、今日は俺の体を支えるギミックについて話しておこう。


 なぜ、普通の木の樹高は世界最高でも100mほどで止まってしまうのか。


 それには二つほど理由がある。

 一つは水だ。植物は水を根っこから汲み上げている。


 もちろん雨から手に入れる手段もあるが、絶えず雨が降っているわけじゃない。


 当然、下から組み上げなくてはだめだ。


 100mの高さに水を組み上げるというのは人間であっても難しい。

 植物は蒸散により吸収力を得ている。


 そして、小さな仮道管かどうかんや道管を水分の通り道としてひとつなぎの水柱を作り引き上げているのだという。




 神様のところで読んだ本に書いてあったのの受け売りだ。


 この姿になってみるとそれが正しかったことがよくわかる。


 樹皮の少し下に何万本もの水柱が上へ向かって伸びているのだ。




 蒸散によって生まれた負圧ふあつによる吸い上げと連動して水が供給されていく。




 普通の木に比べて、特異な成長も可能な俺は、その負圧も上手く利用していた。


 最大限に利用して300mまで水を組み上げることに成功している。




 だが、流石にこれ以上水を汲み上げていくことはできない。


 400mの領域に踏み出すに当たって、一番の問題はそこだった。




 この水の汲み上げ限界というのが、100mを超える木がなかなかない理由の一つだ。



 もう一つは言うまでもないかもしれない。


 てか、確か言ったことがある。


 木の倒れる原因ランキング不動の一位のあれだ。


 強風である。


 海岸線に高い木がないのも、山の上に行くに従って木の高さが低くなるのも全てはこれが原因だ。


  生きている枝が折れるだけで、そこから病害虫が入ってくる可能性がある。




 それが積み重なって弱った木にまた強風が吹き付ければ、当然倒れてしまう。


 太く長い根っこに折れない枝、さらに病害虫への耐性。




 この要素を兼ね備えることのできる木はほとんどない。


 長くなれば折れやすい。

 テコの原理で習ったはずだ。てこの発揮する力は、距離かける力。


 樹高が高ければ高いほど、上空で吹き付ける風によって幹全体にかかる力は大きくなってしまう。


 こうして倒れる確率は上がるのだ。


 ある程度まで高くなったら今度は幹回りだ。


 太く簡単には倒れない幹を作る。


 ついでに根っこにもかなりの投資をしている。


 イワスヒメの土は根っこの通りも程よくて助かっている。


 だが、そこまでやっても全木未踏ぜんじんみとうの領域に踏み込んでいる俺の高さを維持するのはギリギリだ。

 やはり世界樹という種族に転生すべきだったのでは。


 地球転生の時点で負けている。⋯⋯選択肢が樹木しかないことには目をつぶろう。




 俺は人間だったはずなんだけどな。


 今は弥生時代。なかなか農耕に移らなかった関東平野も、そろそろ畑作が始まる頃だ。


 俺の下の村もいつの間にか環濠集落となっていた。幼稚な戦争も始まっている。




 正直攻め寄せてくるのを見るだけで震えがくる。


 一周めの死亡案件を思い出してしまうのだ。


 このころの戦いに不安になる要素はないとわかってはいる。


 それでも、怖いものは怖い。


 人間といえば、俺の足元を踏み固めるのはやめてもらえないだろうか。


 神の加護を受けた土だからなんとかなってるけど、普通の木だったらかなりのダメージだぞ。


 縄文杉だって観光客が増加しすぎてこの保護のために根元に近寄れなくなったんだからな。




 いくら平地だからって、そんなことが許されてたまるものか。


 てか、俺が倒れてくるとかは考えないのかね。お前ら絶対死ぬぞ。




 そんな俺の思いなど知らぬげに、いつの間にか俺の下には祠が立ち、村人は毎日拝んでいた。


 崇められるのは悪い気がしない。


 ただ、この信仰力パワーがカヤノヒメの方に行きそうなのは複雑だ。




 俺の方の成長力にも回してくださいよ。


 通じてはいないだろうが、俺も祠に向かってそう祈っておいた。


 弥生時代の関東は平和だ。


 邪馬台国やまたいこくに九州説と畿内説しかないことからわかるだろう。


 当時の関東は後発地域で、王権も発達していなかった。


 見えるのは竪穴式住居ばかりである。


 まあ、富士山も浅間山もまだ暴れているので仕方がない面はあるだろう。


  俺の周りはいざ知らず、関東ローム層は基本的に農耕には向かないからな。

 俺は背丈を伸ばすべくたゆまず努力をしていた。


 それとは関係なく時代は進んでいるようで、いつの間にか古墳がたくさんできていた。


  古墳時代になったらしい。まあ、俺がいる時点で目立っているとは言い難い。


 むしろ俺が一番目立つ。


 努力の甲斐あって俺の高さは今や550m。


 目論見通りだ。


 これからは伸びるための活動は最低限にする。

 水の汲み上げもなんとかなった。


 途中に水だまりを作ったのが英断だった。


 そろそろ人間たちの活動が活発になる。


  妨害工作に力を入れるべき時間だ。

 目立っている俺に着目してここに古墳を作ろうという発想に至ったものがいた。


 根を圧迫する場所の工事だけ葉っぱを飛ばして妨害した。


 最初はうまく当たらなかったが、夜中にこっそり練習した。


 眠る必要もないし、技量はどんどん上がっていく。


 妨害していたら聞き分けが良くなった。


 結果的におおよそ俺に被害がない墳墓になった。


 これは後世にまで残るな。

  まあ、俺の方が残るんだけど。


 あと何千年生きてられるかな。


 普通に西暦三千年くらいまでは大丈夫な気がする。


 いくら養分を吸っても大丈夫な土地があるのが大きい。




 イワスヒメにはいくら感謝しても仕切れない。




 あの後、彼女たちが姿を現すことはなかったけれど。

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