第8話 ヤマトタケル
豪族が幅をきかせるようになった。
この570mの高さからは関東平野が一望できて、ところどころに屋敷が見える。
目で見ているわけではないからだろう。
人間だった時は到底見えなかった遠くの場所まで目に入ってくる。
いいのか悪いのかは微妙だろう。
見たくないことも目に入る。
盗賊が女を襲っている様子なんて、何が悲しくて見なくちゃいけないんだ。
葉を射出すれば助けられないこともないけど、そんな事件一年で何百とあるのだ。
一人助けたところで意味はない。
全員助ける覚悟があるのならいいだろう。
でも、自分の樹勢を弱めてまでやることじゃない。
人間のやっていることなんて木の俺には関係ないからな。
それでも俺に祈りを捧げた人の危機には、少しばかり助太刀をすることにしていた。
葉っぱであるツボをつくと動けなくなる。それを発見してからは捗った。
関東一円は流石に無理だけど、半径10kmくらいなら俺の勢力圏だ。
そんなことをしていたらお祈りしにくる人が増えた。
因果関係はわからないはずだけど、何かしらの評判になったのだろう。
少し照れ臭い。人間とのつながりは俺がかつて人間であった証のように思えた。
そろそろ言葉がわかるようになってきた。
公的な言葉は古文で聞いた覚えのあるものが多かった。
話し言葉も徐々に現代に近づいている。
「なんでも西の方から王子がくるそうだよ。」
「なんだってこんな辺境に。」
「なんでも王に強制されたとかなんとか。蝦夷の方に行って蛮族を退治してくださるという話だから、ありがたいことではあるけどね。」
そんな噂を耳にした。
西といえば、京都。そういえば最初の頃の天皇家って武闘派だったな。
ならそういう関係だろう。東征ってやつだ。まあ、俺を燃やさないのならなんでもいいが。
しばらく経った。
「なるほどこれが音に聞くヤマト杉というやつか。」
俺の近くでそんな感心した声がした。偉そうな口ぶりだ。偏見かもしれない。
下を見ると見るからに武装の質が違う男が腕を組んでいた。
かなりの美青年だ。
もう少し若ければ男の娘で通っただろう。
⋯⋯ん? 男の娘。天皇家。東征。なるほど。
俺の知識の中に該当する存在がある。
これだけ揃ったら間違いない。ヤマトタケルだ。
この美しさなら女装することで熊襲くまその懐に潜り込んだというのも頷ける。
この辺りに立ち寄った記録はないはずだ。
でも、この歴史には俺がいる。
一度見て見たいと思っても不思議ではあるまい。
てか大和杉とか言われてるのか。
勝手に名前をつけられていた。
人間の頃の名前がわからない関係上、もうこれで通して行くしかないんだろうか。
一周目の時にこんなイベントがあったかどうかはあまり覚えていない。
もう三千年は前のことだ。
こんな男が来た気もするがヤマトタケルだとは思わなかった。
そうして興味深く見ていたのだが、彼にばかり注目していたのがいけなかったのだろうか。
いつもの俺なら絶対に気づいていたはずだ。
いつの間にか、周りの草原が炎に包まれていた。
天空から見下ろすと俺を包むように炎の輪が迫っている。
火をつけたらしき集団が散っていくのを確認した。
とりあえず葉っぱを飛ばして経絡秘孔的な何かをつっついておく。
全員倒れた。
俺を焼こうとは不届き千万というものだ。
⋯⋯しかし、まずい。
まだ耐火性を限界まで上げているわけではない。
耐えられるか否かと言われると微妙なところだろう。
「くっ。
ヤマトタケルがそう呟いているのが聞こえた。
とばっちりかよ。
そんなので俺も一緒に焼くなよ。
残してたら世界遺産間違いなしだぞ。
「
彼は腰の剣をすらりと抜いた。
装飾は最低限だったが、木である俺の目から見てもとんでもないオーラを放っていた。
あれが、三種の神器の一つか。凄まじいものだ。
彼が剣を振るうたび、草原に残っていた草が一面に斬り飛ばされる。
斬撃を飛ばしているのか。
なんというファンタジー。
ついでに炎の勢いまで弱めているようだった。
なんだあれ。
喉から手が出るほど欲しい。
いまの俺に喉はないけど。
周りは全て焼け野原。
だが、もうあれほど燃え盛っていた炎は影も形もない。
ヤマトタケルは最後に一回剣を薙ぐと腰に戻した。さすがは日本神話最後の英雄。
こんなところでは死なないか。
「騒がせてすまなかった。」
彼は俺に向かって一礼をして去っていった。
なんという好青年だ。
木に対しても礼儀を忘れないとは。
面倒な事態を引き起こしたことで下がった俺の好感度は上限あたりまで回復した。
結局自分で解決していたしな。
迷惑はかかっていない。
彼の先行きに幸あらんことを。
故郷にたどり着けず白鳥となった最後を持つ男だ。
彼に祈りを捧げた。御神木からの祈りだ。受け取ってくれ。効果はあるかもしれないぞ。
数刻後。
倒れていた放火犯をいい笑顔でいたぶっている美青年の姿は見なかったことにしたい。
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