第6話 杉は話に混ざれない

 目立っているはずなのに目立たない。


 そんな少女に興味を引かれて、俺は地上へ意識を向けた。


 地上のことは俺の身から見たら小さすぎて、普段は気にすることもない。


 その状況を変えさせたんだから大したものだ。


 俺は地面の方に意識を集中した。


 見える景色が一変する。


木々が高い。


 人間の頃はこの視点でしか見れなかった。懐かしく思う。


 彼女はやっぱりどこかおかしかった。


 木になってから人間に注意を向けることはあまりなかったので、気のせいかもしれない。


 だが、人間に銀糸のような髪など備わっていただろうか。

 彼女は神秘的だった。髪色ばかりに注目してしまうが、よく見たら服もおかしい。


 砂のようにさらさらと流れていて、ひところに定まってはいない。


 確かに服の形をしている。


 だが、体を隠しているのかと言われればそんなことはなくてまるで肌を晒しているかのようだ。

 砂を纏っている。そんな表現が正確だ。

 そんな少女が優しげな顔で俺を撫でている。人間だった頃なら確実に顔が赤くなっただろう。


 それほど彼女は美しかった。


 例えるならば精霊のような。そんな雰囲気だ。


 こんな昼日中から精霊が出てくるというのは解げせないけど。


 夜ならば、もっとそれっぽかっただろう。


 この世のものとも思えないが、さりとてこの世のものでないはずはない。


 彼女の手のひらの感触は確かに樹皮に感じられる。


 何か話しかけようと思うのだが、木としては無理だ。


  もしかしたら念じると通じるのかもしれない。


 人が木になったなんて信じてもらえるのか。


 そもそも何を話せばいいのか。


 俺はひたすらためらった。


  人付き合いなんてここ4000年はやってない。


 神様の件はあるが、あれをコミュニケーションというのは乱暴だろう。




 好き勝手に言われただけだ。双方向とはとても言えない。




 そうして、俺は何もできないでいた。



「おかしいわ。鹿屋野比売神カヤノヒメったらどこにいるのかしら。」


 ぼうっと彼女は口を開いた。ぽわぽわしている。見た目から想像できる優しい声だった。



 俺の中から光が射した。それは扉を形作る。


 扉が開いた。俺の体から、誰かが出てくる。

 長い藍色の髪に豪華な花飾り、着物を着たその人は忘れもしない。


 俺をこんな状況に放り込んだ神様だ。


  目つきの悪さが少し改善されている気がしたが、気のせいだろう。


 えっ。あの人俺の中にいたの? 


 全然気づかなかったんだけど。




 もしかして俺の思考は筒抜けだったのだろうか。


 割と悪口言ってたけど⋯⋯。


 聞かれてなかった方に賭けよう。


「よう。石巣比売神イワスヒメ。久しぶりだな。」


 そんな俺を無視して、神様はもう一人に声をかけた。


 えっと。俺を転生させた神様がカヤノヒメで、もう一人の方がイワスヒメなのか。




 神様の名前は初めて知った。聞いてなかった。


 神様で十分通じたし。


 となると、もう一人の少女も神様なのだろう。


 二人とも聞き覚えのある神様ではない。


 俺がわかる神話なんてギリシャとかケルトとかがせいぜいだ。


 日本神話ならアマテラスとスサノオだけ押さえとけばいいと思っていた。


 聞き覚えがなくても仕方ないか。


 この体で干渉できるわけも無し。

 なんで神様たちがここに姿を表したかだけを聞いとけばいいや。

 傍観者としての立場で俺は話を聞くことにした。


「どうだ? この子はすごいだろう!」


 カヤノヒメが俺を指差して胸を張る。自慢げだ。


  彼女が俺を自慢しているというのは複雑だ。


 俺が成長したのは俺の力だと自負している。


 だが、神様の力も作用しているのは確実なので何も言えない。


 言っても伝わらないだろうし、それ以前に話せないのだが。


「ええ。本当に。」




 イワスヒメはおっとりと頷いた。


 感心しているだけのようだ。

 カヤノヒメはただ自慢するためだけにこんなことをしたのだろうか。


 それは随分と子供っぽいような。


 俺をこんな立場にしたというのもただの思いつきみたいだった。


 神様だからって全てを見通しているわけじゃないんだろう。


 植物の神様にそんな大層な力はいらないはずだしな。




 二人はかなり仲が良さそうだった。


 タイプは全然違うのに、不思議なこともあるものだ。




 カヤノヒメは普通に友人に自慢したかったのだろう。




 神様なら、あの神様空間で会えばいいのにと思わないこともない。


  何か用事がないと会えないとかだろうか。


 用事って言ったって、俺を自慢する用事なんて認められる気がしないんだけど。




 なんだかんだとおしゃべりは長引いて、いつの間にか日が落ちる時間となっていた。




「そろそろ帰るか。じゃあな。色々楽しかったぜ。」




「ええ。私も。」




 最後まで和やかに、二人は別れた。




 カヤノヒメは俺の中にまた扉を開いて戻っていく。




 イワスヒメは、そんな彼女の姿を微笑みながら見送った。




「カヤノヒメも変わらないわね。」




 呆れたような口ぶりだったが、確かな愛情が感じられた。二人の間には確かに絆があるのだろう。




「あら、そういえば、あなたの土、ちょっと元気がないわね。」




 彼女は少し驚いたようだった。土に触って確かめている。




 関東ローム層の栄養素の少なさは、今の俺の一番の課題だ。




 それを指摘されるとは思わなかった。


 なんの神様なんだろう。




「カヤノヒメが悲しむのは見たくないから、私がこっそり力を貸してあげようかしら。」




 彼女は地面に手を当てた。




 どくん。

 地面が脈動する。


 彼女の体が光って見えた。銀糸の髪がキラキラと光って綺麗だった。


 地面から何かが登ってくる。




 俺が今求めてやまないもの。




 成長するのに必須と言える栄養素が、大量に含まれていた。

 今、彼女は何をしたんだ。土の調子が全然変わっている。


  まるで何万年も森の下にあった栄養たっぷりの地面が俺の下に突如やってきたようだ。




 貧栄養の土が全くの別物に変わっていた。




「砂の神の私が加護を与えたのだから、これで心配はいらないでしょう。」


 彼女はそうひとりごとを言った。




 すっかり暗くなったこの時間。銀糸の髪に砂を纏う彼女の姿は月の光を浴びて神秘的の一言に尽きた。




「ありがとうございます。」




 聞こえないかもしれないけれど、俺は思念を送った。


 お世話になった。それが正直な思いだった。


 俺の悩みを解決してくれたのだ。当然だろう。




 性格もいいみたいだし、どうせなら彼女の下で転生したかったな。


 今更遅いけど。


 彼女は一人、頷いて姿を消した。


 どうも地面に潜ってしまったらしい。


 下の方へ体が移動していくのが見えた。




 月明かりが無人の俺を照らし出す。


 神様の密会を見ていたのは俺とそのお月様だけだった。


 もしかしてツクヨミさまとかが見てたりするのだろうか。

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