第5話 富士山って噴火するんだ
西の空は火柱に染め上げられて真っ赤になっている。
富士山噴火だ。俺は直感した。
忘れていた。
そういえば1周目もこんな音が聞こえたことがあった。
あの時は周りの木々に遮られて見えなかったが、こんな凄まじいことになっていたのか。
ズガ——ン
ドンドンドンドン
太鼓のような音が断続して響く。
流星のように黒い物体が飛んでいた。
富士山の噴石だろう。
ここまで飛んでくることはないだろうが、それでも恐怖はある。
最初から巨木としてスタートした二周目。
一周めと違って、死んでしまうという恐怖を味わうことはなかった。
ただどっしりと構えていさえすれば、超越した存在でいられた。
その余裕が消え失せる。
地球という活動の前には、どんな巨木でも無力だ。
いつの間にか噴火はやんでいた。
今はただ噴煙がもくもくと上がっているだけだ。
火山灰は高度2000mあたりを占拠している。
これが積もって関東ローム層になっていくのだ。
関東ローム層は地味が弱いから歓迎できないのだが、仕方がない。
噴火を止めるのは流石に無理だ。
火山灰は日光を遮った。
浅間山の天明噴火の時は、全世界で不作となったという。
今回も同様になるだろう。
一周目はひたすら耐えるしかなかった。
⋯⋯いや、待て。あれにはなんて書いてあった。俺は機能ウィンドウを呼び出す。
念じれば俺の前に文字列が浮かび上がる。
→耐火性
樹高
幹周り
強度
しなやかさ
葉の数
葉の鋭さ
葉の射出
根
*光合成効率を変える際はここを押すこと。今の属性は陽です。
どこを強化しますか
→1〜100m
101〜200m
201m〜
変化はない。
だが、大事なのは、この意味のない*の設定だ。
200mという高い場所で太陽の恵みを受け取れる関係上、属性は陽一択に決まっていた。
だが、今は、火山灰で太陽が覆い隠されている。
まさかの光合成効率属性、陰の出番だ。
ただの嫌がらせトラップだと思っていたが、有用だった。
驚きだ。神様もたまにはいいことをする。
属性が陰に変わったのを確認してホッとする。
これでこれでこの厳しい気候でも成長を続けていけるはずだ。
●
この後も富士山は度々噴火し、俺を苦しめる。
それでも、あの秀麗な形が出来上がっていくのを見ているのは楽しかった。
いつの間にか海岸線は俺のいる場所から離れ、南へ移っていた。
富士の火山灰が降り積もるとともに、地形変動が起こっているらしい。
もう、縄文時代も終わりに近づいているのだろう。時が経つのはあっという間だ。
さて、噴火の影響についてだ。日光に関しては光合成効率の属性を変えることで対処できた。
だが、もう一つの問題が足を引っ張る。
それは、土に栄養がなくなっていくということだ。火山灰は栄養価に乏しい。
絶えず噴火を続けた桜島によって鹿児島はシラス台地となった。
土の栄養が足りず、サツマイモを作るしかなかったというのは有名な話だ。
弥生中期になっても関東には稲作が入って来なかった。
これはこの火山灰のためだろう。
肥料でもないと水田にするには栄養不足だったのだ。
そして、俺にはそれがぶっ刺さる。光合成だけでは必要な栄養を確保することはできない。
窒素リン酸カリウムの肥料三要素は必要なんだ。
必死で耐えるが、木の力が弱まっていくのを感じる。
一周目はまだ小さかったからなんとかなったが、今の300m超の体では栄養が足りない。
どうにか解決策がないかと知恵を絞ったが、思いつかない。
肥料が生み出されるのは1800年代。
干鰯などの原始的な肥料でもあれば随分違うはずだ。
だが、まだ木を育てるという発想に至ってはいないのだろう。
むしろ農業すらしている様子がない。
どこかに俺と言葉を交わせるような存在がいないだろうか。
そしたら楽になるのに。
例えば、エルフみたいな種族はいないのか。
いるわけないか。
そんな種族がいたらもっと噂になっているはずだ。第一ここはただの日本だ。
そんなファンタジーじみたことなど起こるはずがない。
何か、何か解決策はないのか。
このままではジリ貧だ。
せっかく300mまでは行けたのに、ここで枯れるなんてシャレにならない。
だが、俺は木だ。動くこともできないし、だれかに相談することもできない。
人間だった頃にできた行動は全て封じられている。ただ、考えることができるだけだ。
俺は頭が良くない。
高卒で林業従事者になったほどだ。
神様のところで読んだ本は必要に迫られたからかすっと頭に入ってきた。
でも全く新しい物事を思いつくような頭の良さはない。
必死で考えても、答えが見つからない。
真綿で締められるようにどんどん俺は弱っていった。
●
珍しく富士の噴火があまり起こらない年の春。
遠くの方では山桜が斜面を彩っている。
空はもやもやと霞んでいたけれど、うららかな日和だった。
いつの間にか、俺の幹を一人の女が触っていた。
縄文人にも俺の姿は神秘的に見えたようで、御神木のごとく祀られている。
そのため、触れようとするものはいないと言ってもいい。祟りがあるとでも勘違いしているのだろうか。
そんな中、少女は何も気にしていない風に俺の体を撫でているのだった。
俺の周りの集落でも人の出入りはあるのだが、誰一人彼女に気を止める様子はない。
一体、何者なのだろうか。
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