第8話 龍気

「ななだいりゅうおう?」


 何だかよくわからないが凄そうという、アホな感想を抱くワタル。ただ目の前に胡坐をかいて座るデカいトカゲの目には、間違いなく知性が宿っている。ちなみにワタルは正座だ。なぜか? なんとなくである。


『そうだ。ここにいたのはたまたまだがな』


 ワタルが名を名乗った後、ゲオルシュナは説明をしてくれた。別に聞いてないと思ったワタルだが、首が痛くなるほど見上げなければ、全容が分からないほどの体格だ。楯突くなんて考えつかなかった。


 ここ『龍ヶ峰』は大陸の中央部を縦断しており、下位の”竜”が住みつくところで、人間の住む東部と精霊種と呼ばれる人間以外が住む西部を隔てるものだという。この大陸はリボン状に中央部が絞れており、峰が長く続くということはない。せいぜい300kmといったところである。

 ちなみにだが、”龍”とは知性あるドラゴンのことであり、”竜”は獣に近い本能のみで生きるドラゴンという違いがある。


 説明によれば、最近大人数で龍ヶ峰を昇って来ては、竜にちょっかいを出す人間がいるのでちょっと何とかしてくださいよという、舎弟感満載のお願いがあったらしい。なにやら下位竜のトップ『ワイバーン』からのお願いであり、ちょっと威嚇したくらいじゃ人間は引かないらしく、”妙な鎖”を使って同胞を次々と攫って行ったとのこと。流石に看過できないが、あの鎖がある以上自分たちでは手に負えないので何とかしてほしい。

 その陳情がとある龍たちの住処に届き、一番若手のゲオルシュナが様子を見に来たところ、ワタル達と遭遇。先ほどの血だまりの地獄絵図へとつながるのである。

 なお本能で生きる下位竜ではあるが、ドラゴン同士では意思疎通ができるらしく、そういった陳情などもできるようだ。


『……というわけだ。お前はツイてなかったな』

「……そうっすね」

『む? どうした? 調子が悪そうだが』


 お気遣いはありがたかったワタル。だが調子が悪いのは自分のせいである。


 ―――正座がしんどい


 そんな法事とか葬式でありそうなしょうもない理由だった。地面で正座なので、骨がゴリゴリとされてどうにもたまらなかった。






「……というわけでして」

『……はぁ、下らん理由だな』

「おっしゃる通りで」


 正座を崩し、龍ヶ峰へ来た理由を告げたワタル。ただドラゴンというものに興味があった。ベルダが何やらあって龍ヶ峰に用があったので、勇者と共に連れて来られた。後方待機を命じられたが、興味が勝りこっそりと登ってきた。ゲオルシュナに一掃されて、すたこらさっさと逃げ出した。ワタルだけは囮にされてここにいる。流れ的にはこんなもんである。


 足を崩す許可を得て胡坐に移行したワタルは、色々と冷静になって話した。


『……すると、ベルダ王国とかいうところが龍ヶ峰を制定して何かを企んでいる……ということかな。ここを足掛かりに精霊種に何かよからぬことを企むとか』

「何をするかまでは分かんないすけど、『人間至上主義』とかいう考えに染まっているのは間違いなさそうっすね。亜人を根絶やしに! とか平気で言ってましたし」

『……なにをかんがえているのやら。世界が精霊種なしに維持できると思っているのか……』

「え? どういう意味……?」


 何やらゲオルシュナが不穏なことを言いだしたので、確認したかったワタルだが、それを遮るように緑龍は、大きな声を上げた。


『それより!』

「ひぃっ」

『おっとすまんな。ワタルよ、体は大丈夫か?』

「え? 別にどこも……どこも?」


 よくよく考えれば意識を飛ばすくらいに、痛みにうなされていた覚えはある。なのに……

 ワタルの恰好は、学校指定のブレザーに安っぽい使い古した革の胸当てのみであった。一応持ってきていた野営の道具などは逃走の際にバラバラになっており、今身の回りにはない。

 だが、今はいつか見たゴブリンのように、汚い腰みのみたいになってしまった制服のズボン一丁。裾は破けて半ズボンの状態である。「フォー!」と叫んでもいいかもしれない。


「おああああ!」

『気づくのが遅いな……』

「これからどうすれば……こんな格好で……」

『そこじゃねえよ!』


 ゲオルシュナ的には、ワタルが纏う『気』のほうに注目してほしかった。思わずツッコんでしまったが、ワタルは「え?」という顔をしている。


『……はぁ。ワタルよ、お前は今『龍気』を纏っていることに気付いているか?』

「龍気、ですか? いや、まったく」

『ぶっちゃけダダ漏れなんだが……ちょっと何でこんなことになったのかわからんな』


 ぶつぶつ言いだしたゲオルシュナを黙って見つめることしばらく。『よし!』と名案を思いついたとばかりに掌に拳を置いた。


龍の楽園エデンに行こう』

「エデン……っすか?」

『あぁ。正直私の手に余る。せっかく回復したんだ。面倒見させろ』


 そういうと胡坐を解き、くるりと背を見せた。


『さあ、乗れ』

「え?」

『グズグズしてないで乗れ。乗っけてってやるから』


「さぁ!」と気軽に言うゲオルシュナ。龍の背中って認めたやつしか乗せないとか、ファンタジーだといろいろあったなと思うワタルだが、どうせベルダにも帰れないし、ゲオルシュナは案外話しやすいしと判断材料は少なかったが、まぁいいかといそいそと乗せてもらって、ゲオルシュナは飛び立つ。


「うひゃあ!」

『しっかり掴まっておけよ!』


「どこにだよ!」と叫んだところですでに空中に飛び立ち、後には引けない状態になっているワタル。翼が動くたび背中の筋肉が蠢き、置いていた手がずらされる。羽ばたくたび乱気流がワタルをあおる。「ふぃ、フィジカルブースト」と力なくつぶやき、魔法が決まると、目の前にあったはがれかけの鱗へと、かろうじてしがみつくことに成功した。


 こうして、ワタルは安定していない空の旅人となる。なお下を見る余裕はなかった。


 なお恰好は未だボロボロなままである。

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(未完)Dragon Blood お前、平田だろう! @cosign

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