第7話 風龍王”ゲオルシュナ”

「イタイイタイイタイイタイイタイ!!!」


 出せる限りの全力の声を上げながら転げまわる、龍の血塗れのワタル。『えらいこっちゃ!』とおたおたする風龍王。


『なんで? 龍の血って薬になるんじゃねえの?』


 疑問が風龍王を駆け巡るが、目の前のワタルは胸をかきむしり、あぶら汗を垂らし、必死にこらえているように思える。薬など飲んだことがない風龍王ではあるが、どこからどう見てもワタルは苦しんでいる。


 そんなワタルを覗き込む風龍王。指が一本ない手を胸の前で組み、何やら心配そうな目でワタルを見つめる姿はまるで女子のよう。一方苦しんでいるワタルはと言えば……


「んっぐぅぅぅぅぅぅぅぅ……」


 ―――イタイ


 ―――ツライ


 ―――キモチワルイ


 死ぬわけにはいかないと、生きたいと思ったものの、ところどころで何かがはじけるような体中を這う痛みや、異物感に早くも心がくじけそうになっていた。


 目をつむりこらえていたワタルだが、異物感や痛みには波があった。そうしてやや波が引いたときにうっすら開いた瞳に映ったのは、何ともこちらを心配そうに見つめる優しい瞳。姿かたちははっきり認識できなかったが、その瞳だけははっきりと感じ取ることが出来た。


「……そういえば」


 心で思っているつもりのワタルだが、口がしっかりと仕事をしている。


「こっちに来て優しくして、もらったの、は……はじめて、か」


 人さらい同然……というかもう誘拐といってもいいこの状況。他の4人と接点などほとんどないが、ここまで冷たい目に合わせられるほどの関係性などないにもかかわらず、まるで汚物のように扱われる始末。いわれのない差別に耐える生活を半年も強要された挙句、囮としてここに捨てられた現状。ここがどこだかわからない異世界で、本当の意味で孤立していたワタルにとって、今こちらに向けられている視線はとても心地よい物だった。


 何やらしてくれたことで、今の不快感があるのもわかるが、なぜか目の前の存在が憎いとは思えなかった。


「ヒー、ル」


 こちらの魔法は、魔法名を言えば取り込んだ魔法陣に勝手に魔力が流れ、その現象を引き起こすというもの。ワタルには異世界ものでよくある、”勇者ではないが、魔力の量はそれらを上回る”というチートもなかった。本当にただの一般人で、向こうで誰でも知っている人体の知識があったのみ。しかし、それでもこちらの支援系魔法は起動した。その中には回復系もあり、今現在使っているのもそれの1つだ。


「せめ、て……あがく……」


 ヒールヒールヒールヒール……とうわごとのように唱えるワタル。少し治っては肉がはじけまた治す、といったことを続ける。






 そのうちワタルの周囲に変化が現れる。見た目の姿は何も変わらないが、まみれていた血が少しずつ減っていった。それに従い、ところどころで起こっていた肉の破裂が少しずつ収まる。相変わらずぶつぶつとヒールを唱え続けるワタルのそうした変化に、ずっと見続けていた風龍王は気付いた。


 動揺していて気付かなかったが、ワタルをビチャビチャにしていた風龍王の血が、明らかに減ってきている。どこへ行ったのかと探してみても、周りで何かが起こった様子もない。強いて言うなら―――


『……? なんだ? 少しずつ人間の気配が……』


 目の前のワタルから”龍の気配”が感じられた。風龍王の頭に『?』が浮かぶも、なぜかが良くわからない。


 ワタルをしばらく見つめ続けると、あることに気付く。


『……血を、取り込んでるのか?』


 傷口が治る瞬間、わずかに周りにこびりついていた血がなくなっている。それが続くうちに、ついにあれほどあった風龍王の血がほとんどなくなってしまった。そして……


「ヒール!」


 力強き宣言と共に、ワタルは目を覚ました。「くわっ」と。






「……生きてるのか? 僕は……」

『……おい』

「え?」


 寝た状態から長座の姿勢に移行して、両掌を見つめていたワタルが、自分を呼びかけているような声を感じてそちらのほうを向くと、


 ―――自分を威嚇していた大きな緑龍と目があった。


「……」

『……』


 一瞬の沈黙の後、


「ぎゃああああああああああああああああ!!!!!」


 ぱたりと気を失った。






『本当に失礼な子だな、キミは』

「……面目ない」


 どうしたもんかと考えた風龍王。「無事そうだし起きるまで待とう」と即座に判断し呑気に待ち続けた。何千年も生きる龍王に、数分だか数時間だか数日だか、大した時間ではない。そうして待つこと15分、ワタルはようやく起きた。

 先ほどの展開がもう一度リピートされそうだったので、風龍王は威圧してワタルを動けなくし、状況を説明した。


 それでようやく誤解が解けたと思われたやり取りが、先ほどのものである。


『あぁ、そうだった』

「? なんです?」

『名前だよ、な・ま・え。名乗ってなかったろう?』

「そっすね。聞いてないっす」


 体育会系では無かったワタルだが、目上の人(?)ならこんな感じで話しておけばいいだろうという浅はかな考えではあったが、そんなもの龍王にとってはどうでもいいらしい。


『私の名前は”ゲオルシュナ”。七大龍王の中で『風』を司っているものだ』

「……」


 頭に手をやり「さーせん」感を出し下を向いていたワタルは、その一言に固まった。

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