第6話 龍の血

『おああ! 当たる! 当たるって!』


 威嚇のために吠えた。逃げてくれればいいと思った。途中まではうまくいったはずなのに。最高のタイミングでを潰そうとしてしまっている。


『ぬぉぉぉぉ!』


 渾身の力を籠め、巨大な手の向きを無理矢理ずらす。何とか当てずに済んだが、勢い余って地面を強打。大地は爆裂し、土砂が辺りに飛び散る。中には石や鉱物もあったのか、硬めの物が鱗を貫こうとする。自分には問題なかったが、人間には一大事であろう。手当たり次第に不作為にあたった結果、人間の体は不規則な回転を強要され、血や肉を撒き散らす。

「どしゃり」と大地に落下した人間は、ピクリとも動かなかった。


『……おい。おいってば』


 人間の大きさほどの爪で、当たり障りなさそうなところをつつくと、わずかながら身じろぎした。そのまま覚醒まで至ったのか、わずかに瞼を開く。

 焦点が合わず、顔はこちらを見ているが、おそらく認識していないだろう。どうする? このまま死なせるなど『風龍王』の肩書にかけありえん! 龍生長いのだ。下らん殺しなどする気はない。


 あーでもないこーでもないと腕を組みうろうろするが、ナイスアイデアは浮かんでこない。たまに人間を見ると、わずかに開かれた瞼も閉じようとしている! ……ん? 何か口が動いているな。顔を寄せて聞くことにした。……ひょっとしたら遺言になるかもしれん。ここは清聴すべきだろう。


「……死に……たくな、い……」


 ……オーライ。今の言葉でピンと来たことがあった。あれは、いつだったか……そうだ、長老と話していた時のことだった。どんな話の流れで、そこへ至ったのかは忘れてしまったが、今の状況を打破できるありがたい言葉を頂いたのだ。


 ”龍の血には、どんなケガも治せる成分が含まれているらしい”と。


 もう時間がない。最終確認をせねば。死にたくないと言ってはいるが、実は死にたいと思っているかもしれない。あとで「どうして死なせてくれなかったんだ!」と言われるのもなかなかツラい。


『おい、おいってば』

「……う、ん?」


 おぉ! 意識はまだ保たれていたか!


『お前は本当に生きたいのか?』

「……」


 やはり死にたいのか……? それほど痛いのか? それともツラい人生だったか? もう話す元気がないのか? 俺には分かる術はない。だが人間は確実に口を動かし、言葉を紡いだ。


「い、き……たい!」


 語尾が強い。力を振り絞ったか? 目を見ればいつの間にか焦点が定まっている。間違いなくこちらを認識している。ならば……もはや迷うことなどあるまい!


『ならば俺の血を飲め』


 ―――ブシュアアアアアア!


 あっ! しまった! やりすぎた! 指先をわずかに傷つけるつもりが、指一本吹き飛ばしてしまった。指はすぐ再生するからいいが、指先からどくどく流れる我が血液が、どばどばどば! とこぼれていき、びちゃびちゃびちゃ! と人間にかかっていく。


 ……あれっ? 血をんだったっけ? ……まぁ、こんだけ血まみれになったら、口から入っていくだろ。何だったら傷口からでもOKなんじゃね?


 とりあえず血が止まるまで浴びせていたら、やがて―――


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


『ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!?』


 人間が尋常ではない勢いで苦しみだした。あれっ? やっぱり間違えたか!? とりあえずだ! あれだ! 励ましだ!


「がんばれ! がんばれ! 人間!」


 もはや残された手段はこれしかない。『応援』だ。






 何やらいろいろと浴びせられかけ、自分でもかつてないほどの生命の危機を感じられたワタル。目の前のもやもやが何かは分からなかったが、心配してくれている雰囲気は感じられた。


『お前は本当に生きたいのか?』


 目の前の存在に問われ、ワタルは己の内に問うた。


 ―――死にたいのか?


 ―――否


 ―――ならば生きたいのか?


 ―――保留


 ―――このまま死んでもいいのか?


 ―――否


 わずか3問で答えは出た。死にたくはない。だが、このまま生き延びたところでベルダに居場所などない。体は瀕死であるはずなのに、思考はクリアである。死にたくないとは少し違う。


『死ぬわけにはいかない』だ。


 こちらに来て変わってしまったあの連中に、目に物を見せてやりたい。勇者などとおだてられて伸びに伸びた鼻っ柱をへし折ってやりたい。その方法はまったくノープランだが、それでも!


「い、き……たい!」


 声にできたかどうかはわからない。目の前の何かに伝わったかどうかはわからない。だが、ワタルは意思を示した。






 何かをかけられている。とても生臭い。そう感じるとともに、


「ちょっと多すぎない?」

「息が苦しいんだけど?」


 心でそんなことを思いながら、ちょっとどころか背中が何か生臭い液体でビチャビチャになっていると感じていると、


 ―――ズグン


 心臓が飛び跳ねるように鼓動しだした。


 ―――ズグン!


 体を巡る血がはっきりと認識される。


 ―――ズグン!!


 体中にあるであろう傷からが入ってくる。


 ―――ズグン!!!


 心臓の鼓動はさらに高まり、呼吸がままならなくなってくる。ワタルの細胞全てに、何かが浸食してきている気がする。


 やがて……


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 痛みに、気持ち悪さに耐えられなくなったワタルの口から、咆哮のような悲鳴が上がった。

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