第3話 支援魔法

 持っている武器はノーマンたちのほうが圧倒的に有利だ。何せ槍を持っている。質的には所詮量産品ではあるが、のワタル相手ならば何の問題もない……はず。

 それはワタルもわかっているだろうと推測されるが、未だに脳裏にこびりつく不甲斐ないワタルの姿が、2人に慢心を抱かせる。


「フィジカルブースト」


 笑みをすでに消したワタルがポツリと呟いたのは、身体強化の魔法「フィジカルブースト」である。主に筋力を底上げし、スピード、並びにパワーを魔力の運用によって無理矢理引き上げる魔法。こう言えばずいぶんと便利そうな魔法だと思うだろうが、一つ欠陥が存在する。

 それを知っているセドリックは、ワタルを見てまたも顔がにやける。


「おいおい。アイツ、『フィジカルブースト』使ってるぞ。やっぱり所詮はオマケだな。丸腰でいったいあの魔法が何の役に立つのやら」

「……支援魔法と言えばある意味勇者様たちが使魔法だぞ。それを使えるんだから、そんなデメリット知らないはずが……」


『フィジカルブースト』を含むいくつかのブースト系の欠点として、”体の強度は強化されない”というのがある。強化された筋力で相手を殴れば、拳のほうが耐えられずに肉が裂け、骨が飛び出ることは間違いない。


 ―――防御力には直結しない。


 それがブースト系支援魔法の欠点なのである。

 あくまで使うのは人間。肉体自体は脆弱なものだ。方式をいじり、それを解消しない限りは。『フィジカルブースト』は支援なのだ。なのにワタルはそれを自分にかけた。セドリックにはそれが一か八かの特攻にしか見えなかった。


 にやけるセドリックは、さらに追い打ちをかけた。


「なんなら、先手は譲ってやるよ。それが通じないことに絶望しながら滅多打ちになればいいさ」

「お、おい……コイツなんか隠し持ってんじゃないのか?」

「何言ってんだよ。コイツはオマケだ。俺らにすら太刀打ちできないってことは、すでに知ってんだろ? 「そんな馬鹿な!?」って顔した奴をボコボコにするって気持ちいいよなぁ~」

「……」


 完全に優位に立っていると思っているセドリックを、窘めることが出来ないノーマン。このままでいいのかと悩んでいると、ワタルは一言口を開く。


「では、遠慮なく」


 目の前からオマケとバカにしていたワタルが消えた。






「おごっはぁぁぁ!……」


 セドリックは、腹を中心に前かがみになり腹を押さえ必死に呼吸をしようとする。


(何だ!? 何が起こった!?)


 目の前には下から拳を打ち上げるワタルの姿。現代社会で言うところの『アッパー』である。目に見えないスピードでセドリックの目の前にダッキング気味に突っ込んだワタルは、拳を思い切りセドリックの腹に鎧の上から打ち上げたのだ。兜をかぶっているものの顎は丸出しのセドリックは呼吸を求めて顔を上げてしまった。


「っはぁっ!」


 止まった呼吸が再開され、空気を吸い込むことが出来たセドリック。しかし、吸って吐いてと腹筋が緩んだ瞬間をさらにワタルは打ち上げる。


 ドゴォ!


「う……っ」


 再び空気を求める羽目になったセドリック。わずか二撃で足が力を失っている。生まれたてのなにかのように、プルプルしている脚でかろうじて立っている状態のセドリックの顔面を、ワタルは左フックで打ち抜いた。


「あがぁっ!」


 歯を飛ばしながら、先ほどと同じように横向きに吹っ飛ぶセドリック。打ち抜いたままの姿勢で、隙なく注意を払うワタル。

 一方で、ノーマンは今のやり取りに割って入ることはできなかった。何せスピードが桁違いで目に見えなかったのだ。


 残身を解いたワタルは、セドリックが動かなくなったことを確認した後、ノーマンの元へと向かった。


 ―――ざっ


「来るな……」


 ―――ざっ


「来ないでくれ……」


 ―――ざっ


「許してくれ……」


 ―――ざっ


「だぁ~め」


 ガゴォ! とおおよそ人の頭部から聞こえないような音が、ノーマンに響いた。






「はぁ」


 一息つくワタル。倒れ込むベルダの槍持ち達を見て、感慨にふける。


「こんなに弱かったなんてなぁ」


 ベルダの城にいたときは、どうして僕にはチートがないんだと嘆いた。勇者たちにはできない支援魔法が使えたとしても、どうにも中途半端な欠陥品。差別され蔑まれたワタルに植え込まれたのは強烈な劣等感。おおよそ、日本では味わえないであろうものであった。そんな劣等感を一気に吹き飛ばすような、今の一幕。使ワタルの今の全力……でもないが、それなりの力を叩きこんだのでそうそう、リカバリーするとは思えないが、一応連中に注意を払う。


「……ふんじばっとくか」


 龍王たちから持たされたカバンから、龍のヒゲで作られた……というかヒゲそのもので手首と足首を縛って転がしておいた。


「後は……」


 未だ隠れているエルフたちとディスカッションできるかであるが、あんまり期待できそうになかった。


「がるるるるるる……」


 エルフなのに獣っぽい唸り声を上げる侍女エルフをどうしたもんかと悩むワタルであった。

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